三章 そして二人いなくなった

隅中 巳の刻

密談

朝食を終えると、

別宅に住む者達はさっさと本宅を後にした。

午の宅の掃除で遅れた二郎も

急いで飯を掻き込んで、

酉の宅へと戻っていった。


本宅では生成の面をつけた闇耳が

一人で後片付けをしていた。


夜霧家では

朝と晩は本宅に集まって

皆で食事をとるのが習わしだった。

食事の支度は孤独の役目だが、

それ以外の雑用はすべて予見と闇耳の仕事だった。

予見が死んだ今、

その仕事は

すべて闇耳が一人でしなければならない。


目の見えぬ闇耳の動きに

躊躇いや不安は見られなかった。

事情を知らぬ者が見れば

まさかその目が光を失っているとは

気付かないだろう。

そういった意味では

闇耳もやはり夜霧の血を引く者と言えた。


片付けを終えると闇耳は

本宅の酉の間にいる八爪のもとへ茶を運んだ。


どこかで鳶が「ピーヒョロロ」と啼いていた。



闇耳の持ってきた茶を一口啜ってから

八爪が徐に口を開いた。

「・・どうするのだ、闇耳?」

畳の上で正座をしていた闇耳が微かに首を傾げた。


「予見の死は始まりにすぎぬ。

 お前も覚悟はできているだろう。

 これは夜霧に生まれた者の宿命だ」

闇耳が小さく頷いた。

「闇耳。

 お前は兄妹の中で最も非力だ」


生成の面から覗く闇耳の暗い瞳が

偶然にもじっと八爪の口元を見つめていた。


「だが戦においては

 必ずしも非力で弱い者が敗れるとは限らぬ。

 一槍斎は王道を行くが、

 感情がない故に人の心がわからぬ。

 そこが奴の弱みでもある。

 孤独は夜霧の名を継ぐには

 その性質に問題がある。

 策を弄し、人を欺く者は

 当主の座に相応しいとは言えぬ。

 陰陽は夜霧の人間の中では邪の道を歩む。

 何より何を考えているかわからぬところがある。

 陰陽は

 お前が最も警戒せねばならん男かもしれぬ。

 二郎は憎めない男だがあの通り頭が弱い。

 当主としての資質には欠けている

 と言わざるを得ないだろう」

八爪は一度口を噤んでから闇耳の反応を窺った。

面を付けた闇耳はただ静かに座っていた。

「フッ」と溜息を吐いてから八爪は続けた。

「お前の進む道は一つしかない。

 今のようにただ静かにひっそりと暮らすことだ。

 自ら戦いの渦中に飛び込むな。

 兄達の前では牙をむく狼ではなく

 尾を振る犬となれ。

 そうしておけば

 しばらくの間は生き延びることができよう。

 その間に姉達と話せ。

 女は味方になる」


生成の面をつけた闇耳が

ゆっくりと首を縦に振った。

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