第5話 一族 <日出 卯の刻>

近親婚によって生まれた者は

その体質や性質に異常をきたすという。

夜霧の者達を見ていると

それは強ち間違いではないことがわかる。

ここでそんな夜霧の者達を

簡単に紹介しよう。



まずは夜霧家の現当主である夜霧八爪。

御年四十二。

肩の下まで伸びた髪と細く長い眉毛、

そして口髭と長い顎鬚は真っ白だった。

大きな目と大きな鷲鼻が特徴的な

好々爺だった。

八爪の口には歯が一本も生えてなかったが、

これは生まれつきだった。

八爪は八人兄妹の四番目に生まれた。

上には兄が一人と姉が二人。

下には四人の妹がいた。

八爪も当然、

夜霧の掟に従い生き残った一人だった。



その八爪と夫婦となり

今の夜霧の子供達を生んだのが

末娘の八卦(はっけ)である。

八卦は八爪との間に八人の子供を産んだ。



長男である一槍斎。

歳は二十一。

銀色の頭髪は短く刈られていて、

切れ長の目と父親譲りの鷲鼻に厚い唇。

顎に生やした無精髭が

彼を実年齢よりも大人っぽく見せていた。

彫りの深い整った顔立ちにはどことなく

強者としての風格と威厳があった。

身に付けている若菜色の着物には

「芒に雁」

の柄が刺繍されていた。

一槍斎は敷地内の南西にある

坤の宅で暮らしていた。

『夜霧の者は人にあらず』

この男の最たる特徴はその内面にあった。

一槍斎には感情が欠如していた。

故に何の躊躇いもなく標的を抹殺してきた。

人を殺すために生まれてきた兵器。

八爪は彼をそう呼んで

幼き頃より目に掛けてきた。

一槍斎は九歳の時に

一度死にかけたことがある。

毒草の煎じられた茶を

誤って飲んだのである。

その時の後遺症で彼は左目の視力を失った。

以来、

その左目を隠すように

鍔の眼帯を付けていた。

そしてその時、

一槍斎の命を救ったのが

次女の一二三である。



次女の一二三は二十歳。

小さく丸い鼻に同じく小さな口。

その幼い顔立ちは綺麗というよりも

可愛らしいという表現が相応しかった。

夜よりも暗い長い黒髪は腰まで伸びていて、

その肌は雪のように白かった。

小柄で細身の体に

身に付けている胡粉色の着物には

「杜若に八橋」

の柄が縫い込まれていた。

そんな彼女には痛覚が欠落していた。

それは強みでもあり弱みでもあった。

痛みがない故に怪我をしても気付かない。

それは戦いにおいて時には

命に関わることもある。

故に彼女は常に冷静で用心深く、

慎重な性格をしていた。

そして。

彼女は痛みに対して貪欲だった。

彼女は他人の苦痛から痛みを知ろうとした。

彼女は獲物を簡単には殺さない。

ありとあらゆる苦痛を与えて、

その悲鳴と苦痛に歪む表情を

熱心に観察した。

彼女の拷問を受けて口を割らない者は

数えるほどしかいなかった。

いつの頃からか拷問は彼女にとって

研究という名の娯楽となっていた。

彼女の住んでいる

東の卯の宅には唯一の地下室があり、

そこが拷問部屋として使われていた。

そしてもう一つ。

彼女は生まれながらにして

左手の指が六本ある多指症の持ち主だった。



次男の孤独は十九歳。

彼は先天的な無毛症だった。

ぎょろりとした大きな目は父親譲りで、

大きくて丸い団子鼻は

あらゆる匂いを嗅ぎわけることができた。

根は臆病だったが、

それを隠すようにその言動は攻撃的で、

常に他者より優位に立たないと

気が済まない質だった。

そしてそれは

彼の小さな体躯のせいかもしれなかった。

孤独は十歳で体の成長が止まっていた。

背丈は四尺三寸、

体重は十貫しかなかった。

孤独はいつも

自分を大きく見せようとしていた。

それを象徴するかのように

小豆色の着物には

「桐に鳳凰」

の柄が織り込まれていた。

元々。

母の八卦が彼の名前に当てた字は

「小毒」

であった。

そしてその字の通り

彼が殺しに使うのは毒である。

孤独は北にある子の宅に住んでいて、

その裏庭で様々な毒草を栽培し、

猛毒を持った蛇、蜘蛛、蛙、百足など

を飼っていた。



三男の陰陽は十八歳。

肩まで伸びた長い黒髪に

二重瞼のつり目と長い睫毛。

すっと通った鼻筋に薄い唇。

一目では女と見紛っても不思議ではないほど

美しかった。

瑠璃色の着物には

「柳に道風」

の柄が刺繍されていた。

無邪気で人当たりが良かったが、

常に冷静沈着で

一槍斎とはまた違った意味で

感情が読み取り辛かった。

陰陽の目は四白眼だった。

その瞳は人の心の内を覗く。

陰陽には隠し事や嘘は通用しない。

そして。

彼は鏡や数珠、扇子などを用いて

占術という妖の術を使った。

その力は天候をも操ると言われていた。

陰陽はその浮世離れした外見と相まって、

夜霧家の中で最も不気味な存在として

兄妹達からも一目置かれていた。

陰陽は南東の巽の宅で暮らしていた。



三女の狐狸は十七歳。

彼女は北西にある乾の宅で暮らしていた。

赤い髪と褐色の肌を持って生まれた彼女は、

残念なことに醜い容貌をしていた。

大きく腫れた瞼に、

潰れてやや曲がった鼻。

鱈子のような分厚い唇。

幼き頃より孤独から

その容姿について随分と揶揄われていた。

しかし。

きめの細かな褐色の肌と

しなやかな筋肉に包まれた彼女の肉体は

成長するに従って

女らしい美しい曲線美を作り上げていた。

そしてそれは雄の本能を刺激するには

十分すぎる色気を醸し出していた。

そんな彼女に

夜霧の血が与えたモノは声だった。

彼女はありとあらゆる声を使い分けた。

人の声音は当然のこと、

動物や昆虫に至るまで、

果ては草木や風の音色までをも

真似することができた。

彼女は体と声を武器に男達を誘惑し、

必要とあらば女さえも落とした。

性格は自由で奔放。

悪く言えば我儘。

ある意味、

孤独と似ていて常に自分が一番でなければ

気が済まなかった。

彼女は

「藤に不如帰」

の柄の入った今様色の着物を着ていた。

そんな彼女を慕っているのが

四男の二郎だった。



四男の二郎。

歳は十六歳。

ボサボサの頭に太いげじげじ眉。

やや垂れ気味の目に豚鼻と大きな口。

ちょっと間の抜けた顔をしていたが、

その体は兄妹達の中で誰よりも大きかった。

背丈は七尺二寸、体重は五十貫もあった。

その体に似合わず動きは素早く、

当然、力は兄妹の誰よりも強かった。

二郎の芥子色の着物には

「桜に幕」

の柄が刺繍されていた。

二郎は物心つく前から

あらゆる物を口に入れていた。

「三度の飯よりも飯が好き」

というほどに食べることに執着していた。

二郎を食に走らせているのは

その体質だった。

二郎には味覚がなかった。

何を食べようとも味がわからない。

だからこそあらゆるモノを口に入れた。

そしてそれは

二郎が何でも噛み砕く頑丈な歯と

あらゆるモノを消化する強い胃袋を

持っているからこそなせる業だった。

二郎は欲望に忠実だった。

食べたいときに食べ、

眠くなれば寝る。

彼の夜霧家における主な役割は

掃除係だった。

二郎は西にある酉の宅に住んでいた。



そして今朝、

亡骸となって発見されたのが

四女の予見である。

予見は本宅に与えられた部屋で

暮らしていた。



末弟の闇耳は十四歳。

生まれた時から病弱で、

三歳の時、

流行り病に罹り三日三晩、

生死を彷徨った。

この時に闇耳は視力を失った。

視力を失って以来、

闇耳は本宅の部屋に閉じ籠り、

笛を吹いて過ごすようになった。

同じ本宅で暮らす予見とさえ

滅多に話をすることはなかった。

当然、他の兄妹達とも

ほとんど口を利くことがなく、

部屋を出て皆の前に姿を見せる時には、

面をつけて素顔を隠した。

視力を失った闇耳は

夜霧家の中ではお荷物だった。

それがわかっていたからこそ、

闇耳は心を閉ざし、

兄妹達から距離を置いていた。


闇耳と予見は同じおかっぱ頭をしていた。

それは母の八卦が

二人の髪を切っていたからだった。

しかし。

母の八卦は

闇耳が七つの時に亡くなった。

自殺だった。


闇耳の消炭色の着物には

「松に鶴」

の柄が描かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る