第105話 残された者たちの会合


 真菜とロココとPPは、昏々こんこんと眠っていた。


 始めは川の字で寝ていたが、やがて寝相はばらばらになっていく。


 真菜が目を覚ますと、精神と肉の部屋の入り口に知らない誰かの気配がした。


(夢斗君? いや。違う)


 一晩寝たら、思考は回復していた。


 都合のいい期待はしない。

 おそらく何者かに、この場所を感知されたのだ。


 右手の琴糸操術を展開し、耳を済ませる。


「ふむ。こんな隠された座標に迷宮拠点があったなんてね。人の家に踏みこむのははばれるが……うわおぅ?!」


 真菜が来訪者の首筋に糸を伸ばす。


「教授、大丈夫です。掴みましたから」


 糸は護衛の男に掴まれていた。

 真菜は来訪者の姿を確認する。


「あなたは……?」

「紅葉・ノイエジールだ……。こちらは護衛の氷川だ。先日の戦闘はご苦労だったな」


「どうしてこの場所を……?」

「私達が有能だからだね」


 真菜の糸は、氷川によってすべて掴まれていた。

 やはりS級の護衛だけあって、一筋縄ではいかない。


(もみ教授は夢斗君にバイトを頼んだ人だ。しかも氷川さんはこの地域のS級探索者……)


 もみ教授の背後からは、さらに赤髪眼鏡のメイド服の女の子が現れる。

 パルパネオスとはぐれた、マルファビスだった。


「あー! あなたはスカージを破壊したネクロマンサーですね!」


 真菜はなんのことかわからず、首をかしげる。


「私のことは知るよしもないでしょうが、こちらの教授とはウマが合いましてね。この部屋を索敵させて貰いましたよ」


「急になんなんですかあなたは。要件によっては斬りますよ?」


 もみ教授が「まぁまぁ」と両手をあげた。


「襲撃にきたわけじゃないんだよ、飛鳥真菜君。そもそも我々は冥種族と接敵した仲なんだ。ここは共闘するべきだと思うがね。京橋夢斗君とも私はただならぬ仲なのだ」

「教授。誤解を招く発言はやめてください」


「おっと失礼した。とにかく私だって夢斗君のことは救いたいと思っているのだよ」


 真菜は抵抗するべきか迷ったが、糸の攻撃を収めた。


 夢斗は亜空間を通じて、迷宮の向こうに行ってしまったのだ。


 三人だけで探すのは無理だろう。

 共闘できるなら、願ってもない展開だった。


「わかりました。知っていることを、お話しします」


 真菜が素直に応じると、もみ教授はにっこり微笑んだ。


「大丈夫。この拠点のことは教えたりしないよ。研究しがいのあるすばらしい施設のようだからね。ふふふ」


 もみ教授、氷川、マルファビスの三人が、精神と肉の部屋で合流を果たした。




 精神と肉の部屋で、もみ教授は昂ぶっていた。

 ウェーブのかかった亜麻色の髪と、白衣を揺らして、小さな身体でせわしなく部屋を見て回る。


「うわぁ! 壁も床も全部が肉だ! この部屋はすべてが肉なのか? いったいどうなっているんだ?」


 真菜はすんとした表情で対応した。


「ご自分でお調べください。家主は今はいませんので、後日、帰ってきたら対応します」


 問題はもみ教授だけではなかった。

 マルファビスが真菜をじっと見つめていた。


「私は機巧種族侯爵〈赤銅のマルファビス〉と申します。あなたはネクロマンサーですね。機巧種族付近の迷宮や、〈奈落デスゲーム〉での闘いは、監視させて貰いました」


「監視などとは悪趣味ですね」


「迷宮に踏み込んでくる探索者に対し、防衛戦を張るのは当然のことです。悪趣味などというのが甘い考え方でしょう」


「先ほど『スカージを破壊された』、と言いましたけど。私と夢斗君に破壊された改造人間のことですか?」


「ええ。私の作った可愛いスカージです」

「ですが材料は死んだ探索者でしたね。監視だけでなく人間を改造するなんて、悪趣味以外の何者でもないですね?」


 真菜もマルファビスもレスバが強かった。

 舌戦はしばらく続くように思えた。


 ここでPPが『悪趣味~!』と会話に割り込んでくる。

 絶妙な援護射撃だ。


 マルファビスには、もみ教授が間に入ってくる。

 あくまで教授は中立のようだった。


「飛鳥真菜君。この部屋の所有者は夢斗少年なのかね?」

「……答えられません」


「その無回答こそが、すでに答えだよ真菜君。君と夢斗君の関係はすでに精査済みだ。ホテルに入った履歴までね!」


 氷川は「少年も隅にはおけないな!」と頷いていた。

 顔はいいが、空気の読めない男だ。



「プライバシーの侵害です! それに夢斗君とはまだ……」



 もみ教授は眼を爛々と輝かせながら、真菜をみつめてくる。



「大丈夫、大丈夫! 少年は私のバイトにも協力してくれたし。氷川ともわかりあった仲だ」

「ええ。ペルソナスフィアの起動のとき、心と心で通じ合いました」


 もみ教授はうんうんと腕を組む。


「このとおり。こいつもちょっと気持ち悪いやつだが。我々は夢斗君とはマブダチなのだよ」


 マブダチは言い過ぎだが、言葉には説得力があった。


 もみ教授の方が一枚上手のようだ。

 状況を打ち明けてもいいかもしれない。


「……もみ教授のことは、夢斗君から伺っていました。ですがこの拠点の責任者は夢斗君です。私が教えられるのは一部だけです」


「うむ。それで十分だよ。人様の家のことを根掘り葉掘り聞くのはよくないことだからね。君たちに聞きたいのは、今回、襲撃をしかけた冥種族と夢斗君との関係だ」


「彼は直接関係していません。ですが因縁はあります」


 真菜は決断した。


〈奈落デスゲーム〉に巻き込まれたときとは違う。

 もう自分たちだけで解決できるレベルの事件ではないのだ。


「聞かせてくれるか?」


「迷宮天文学者だった私の父。そして冥種族探査団だった夢斗君の祖父が、冥種族と接触したことがあります」


「人払いが必要なら、ふたりきりになってもいい」

「いえ。ここで話します」


 真菜はマルファビスにも向き直る。


 赤毛の少女は割れた眼鏡をかけていた。


 機巧種族から来たと言うが、彼女もまた戦闘した仲間なのだ。


「なんですか? ネクロマンサー」

「先日闘った全ての人が関係していることでしょうから、情報は共有するべきでしょう。ただ……。お話の前に提案があります」


 真菜はボサボサの髪を撫でる。



「お風呂、入りませんか? ここには温泉があるんです」



 もみ教授とマルファビスは顔を合わせた。

 先日の戦闘から、禄に休んでも居なかったためだ。

 お風呂なんて、願ってもない提案だった。


 ロココとPPが「綺麗になってきましょう」「お風呂~!」とはしゃいでいる。

 もみ教授とマルファビスは、ぐぬぬ、と顔をしかめた。


「抗えない。抗えないぞ! ぜひお風呂を頂こう!」

「種族は違えど、考えることは一緒なわけですか。ネオス卿……。私は早くも誘惑に負けてしまいました」


 ネクロマンサーらしく、悪い笑みを浮かべるのだった。


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お知らせ

100話と101話の間にエクストラエピソードを追加しました(6月29日現在)。


全4話で、第二部終了間際、クォヴァディス内部での夢斗と文治郎たちとの三ヶ月(現実時間は圧縮されて三日)のエピソードになります。







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