第103話 パルパの想い(重い)

「なぜだ……。なぜ我はこんなにも貧弱になっているのだ! あ、ありえない。ありえないぞ!」



ぱるぱねおす レベル1

HP7 攻撃7 防御7

魔攻7 魔防7 すばやさ7



「なぜだなぜだ!」


「……鎧がないから、じゃないのか?」


「は?!」


 機巧種族の特徴として、鎧装の動きにシンクロすればするほど、生身の動きが弱くなるという特徴がある。


 鎧装時の戦闘力が高ければ高いほど、日常生活の動きがポンコツになるのは、メイド喫茶で十分味わったことだった。


 機巧世界は高度に機巧文明化しているので、生身での生活などできなくても問題ない。



 けれど他の異世界では違う。



 パルパネオスは機巧鎧装の戦闘力においてはレベル93だったが、彼女の生身の能力をステータスとして可視化した場合〈レベル1〉になってしまうのだ。



「ならばノーマルの鎧装だ。緊急脱出ポッドを鎧装形態に戻す!」


 白髪の少女がポッドに戻り、色々弄り始める。

 パルパネオスの声に、AIが応えた。


「鎧装変形だ!」

『破損により変形不可能です』


「ナノマシンによる自動修復だ」

『エネルギーが不足です』


「ならば燃料をエネルギーに置換だ!」

『燃料不足です』


「駄目か。くそぅ。ううううぅぅぅっ!」



 パルパネオスは、がくりと膝をつく。

 鎧装は亜空間を飛んでいたことで、限界を迎えてしまったらしい。



「なんか、手伝うことあるか?」


「……気を遣わなくてもいいぞ。我は諦めぬからな。少し待っておれ。ちゃあんとお主の拳を受け止めてやる!」


 初めはポッドを色々弄っていたが、パルパネオスの手はやがて止まってしまう。


「手がないのか。これでは、もう、何も……」


 白髪の少女がひざをつく。


 お団子髪のツインテールも心なしか、へにょりとくたびれていた。


 夢斗はだんだん不憫になってきた。


「なあ。大丈夫だよ。俺だってずっと〈虚無君〉って言われてたんだ。レベル1ってくらい。よくある話だよ」


「う、うぅ。ぅぅぅううう……!」


 背中を向けていて顔は見えなかったが、慟哭が響いた。


「我と貴殿が仲間になるなら、対等になりたくて……。借りを……つくりたく、なくて……。ふっ、うぅう……」



(こいつめんどくせえと思ったら、めんどくせえの上限がどんどんあがっていくな)



「命には、命を、なのだぁ……」


 しかも思考がどこか、突飛だ。


 言いたいことはわからないでもないが、この女の子は頭が硬すぎる。


「わからなくはないが限度があるだろ? そもそも俺は気にしてないんだよ。『君に斬られたこと』が『俺の成長するきっかけ』だったんだ。怒ってもいない」


 夢斗は少女が『怒っていないの?』と応じることを期待した。


 だがパルパネオスはただの少女ではない。


 泣いていても慟哭してみても、その本質はやはり白銀の騎士であり機巧種族侯爵なのだ。



 涙を拭い立ち上がる。

 泣き顔は消えていた。


 夢斗を射殺すばかりに睨みつける。


「わかったぞ。ふっふ。命には命ならば、生み出すことで貴殿の殺害を贖えば良いのだ」


「ん?」


 彼女の眼がすわっている。

 風向き、変わってきた?



「我は、我より強く気高い男でなければ認めぬ。我より強い男は機巧世界には一人だけいたが、性根がゲロ以下の男だった。だが貴殿ならば……。その成長性、嘘をつかないところ、我と交渉をしたときの勇猛さを加味し〈及第点〉としよう」


 及第点?

 どういうことだろう。


「俺はたまーになら、嘘くらいはつくぞ?」


「及第点といったのだ。なれば十分だろう。さぁ、来るがいい」


 パルパネオスは両手を開いた。


 夢斗は言わんとすることがわからない。


「どうした? 見知らぬ異世界で種子を育むのも乙なものだろう」


 プラグスーツの胸元を開けてくる。


 ここでやっとわかってきた。


 そういうことか!?


「貴殿は、我の夫婦めおととなるのだ。財産の獲得と生活の世話は任せる。だが我もまた、ただ我儘だけとはならない。貴殿を立てることも忘れずに、淑女の勤めを果たそう」


 開けたプラグスーツの胸元からは、柔肌と白い丘がこぼれた。


 

「我が公爵領の領主となるのだ。フォンシュバルツ・ライオーネ家、アッシュバルト・ローリリエ家の家督の一部も相続することになる。光栄に思うがいい」



 逆玉の輿?

 こんな可愛い女の子と?


「さあ、くるのだ」


 両腕を開き、猫目じみた瞳が睨んでいる。


 まつげの陰影や目元の光彩が、やけに輝いて見える


 しかも……。


 小さいのに、大きい。


 さらには運命的でもあった。


 一度殺されたが、命を助けてくれた女の子でもある。


(ま、ず、い)


 夢斗の脳裏に浮かんだのは、真菜やロココ、PPとの記憶だった。


「迷いは捨てるがいい。我は覚悟はできている。命を贖うべく、貴殿との生命を、産む!」


 夢斗の中で漂流ポット内部で密着していた記憶、肌の感触や、汗のにおいが思い出される。


 夢斗の、【夢斗自身・・・・】が、強靭に成長を始めていた。



「う……。うおぉおお。うあぁぁあああぁああ!」



 夢斗の中では、真菜やロココ達との記憶と、目の前の少女への肉欲とがぶつかり合い、激しい波濤となっていたのだった。


「来るのだ! さぁ!」

「うぁぁああああああぁ、おあぁぁあぁああああ!」


 D7Ωとの死闘のとき以上に、叫びを上げてしまう。




 夢斗は草場の影に向かい、樹木に頭を打ち付け邪念を払った。


「だ、大丈夫か? 急に叫ぶからおかしくなったのかと思ったぞ?」

「服は、着てくれたな?」

「ああ。着たぞ」


 夢斗は欲望を払いつつ、パルパネオスに着ていたワイシャツを渡した。


 今夢斗は上半身裸だが、漆黒纏衣を使えば、なんとかなるだろう。


 草場の影から、彼女に応じる。


「あの。パルパネオス……さん」


「『さん』はいらぬ。パルパでいい」


「君は、すげえ可愛いけど。魅力的だけど。今はサバイバルをしなきゃいけない。命を贖うだとか、産むとかは、『将来』に保留してくれ」


「『将来』を誓った仲か。それならば筋は通る。いいだろう。今は見逃してやる」


 夢斗はパルパネオスにやっと向き直る。

 ぴっちりしたプラグスーツの上に、夢斗のだぼだぼのワイシャツを着ていた。


 袖なんかは手首まですっぽりだ。


(萌え袖がすごいな。これはこれで目の毒だが……)


 そもそもプラグスーツの時点でやばかった。いくら機巧外装とリンクするためとはいえ、にの腕やむっちりした太ももは丸見えなわけだし。


 だがワイシャツを着せたことで露出は減った。


 一緒に行動しても、理性を失うことはないだろう。


「では行くか。将来を誓った仲だからな」


 パルパネオスも納得して切り替えてくれたようだ。


 懸念はあるが、足並みが揃っただけでも進歩だ。


 ふたりで森の中を歩いていく。

 ここで夢斗は、あることに気づいた。



(俺の中にロココが、いない?)



 パルパネオスにとらわれて、失念していた。

 脳内にインストールしていたロココがいないのだ。


(無事だよな。『意識は回線にした』っていってたし。ロココの肉体も精神と肉の部屋にあるから、大丈夫だろうが……)


 ロココの安否がまず心配だったが、懸念はもう一つあった。


 ロココがいないということは〈上限値解放〉の力に制約がかかることを意味していたのだ。


――――――――――――――――――――――――――

スペース

次回、現世回になります。

第三部は現世(科学世界)と異世界(森羅世界)のふたつの旅路で進める予定です









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