第91話 ふたつの道

 夢斗と文治郎の修行は三ヶ月続いた。

 やられてもキラキラ肉を食べて復活し、また立ち向かう。


 激しい戦いは膨大なエネルギーを生み出し〈時間の獲得〉を生み出していく。

 結果、現実で経過した時間はたったの三日間となった。


 すさまじい修行のエネルギーによって、三日の現実時間が、『三ヶ月分の時間』に変換されたのだった。


「そろそろ終わりにしようか、夢斗よ。俺はお前の学習のなさに失望しているんだ」

「くだらねえ芝居はやめにするんだな」

「じゃあ俺を……。超えてみせろよ!」


 文治郎の六本腕の〈阿修羅〉に対して、夢斗は拳を連打することで対抗していた。


 水の上を走るのと同じ原理だ。

 右の腕が戻る前に、左の腕を前にだす。

 そうすればパンチは無数になるはず。


 理屈ではわかっていても、普通はできない。

 それでも夢斗は『できるはずだ』と考える。


(ダークアクセルフィールドには使い方があったんだ。伸ばして加速するのではなく、自分に〈留める〉)


 夢斗は自分の周辺のみに漆黒のフィールドを生み出す。

 やがて全身を、黒い球体で包み込んだ。


「その球はなんだ? 物騒な姿になったな!」

「腕が六本の奴には言われたくないよなあ!」


 夢斗は、黒い球体のフィールド内部で、加速した時の流れを感じている。


「行くぜ、じいちゃん」

「何回きても同じだ。俺の阿修羅は48連撃だ」


 夢斗は全身に球体を纏ったまま、悠々と歩いていく。

〈暗黒加速拳〉のような速度はない。なんの変哲もない徒歩だ。


 文治郎が、残像とともに拳を連打する。

 夢斗の視界いっぱいに、無数の、巨大な拳が迫りくる。


 ここ三ヶ月の修行で、何度も食らった本気の48連撃ラッシュだ。

 トラックにでもぶつかったような衝撃で、吹き飛ばされたっけな。

 だからこそ正面から突破する。


(ダークアクセルフィールドは前方に伸びて『俺の移動速度』を加速させた。だがこの球体は『俺の運動速度』を加速させる)


 考えている時間はない。

 

「うううぅうるぅううううるああああぁぁああああるるるぁぁああああああああああああああるうぅああああ!!!」

「がああぁぁぁああああああああああああああああああ、がぁぁぁぁああああっぁぁあらぁああぁあああああ!!!」


 拳に拳がぶつかり、拳に拳がぶつかり、拳に拳がぶつかり……。

 ふたつの肉体が波濤となる。。


 押し切ったのは夢斗の方だった。

 獣ような咆哮と共に、さらに連打を叩き込む!


「らああぁぁぁあああああああああ、るぅぁぁああああああ!がぁぁぁぁああああっぁぁあらぁああぁあああああ、がるぅああああああぁぁあ!!!」


 互いの位置が交錯。

 夢斗にダメージはない。文治郎のすべての拳を撃ち落としたからだ。


「やりやがった、な。ぐっ! がは、がぁ!」


 文治郎が膝を付きうずくまる。

 その全身には60もの拳の痕が刻まれていた。


「じいちゃん……!」

「おいおい。心配の必要はねえ……、がはぁっ! ……いっ、たろ? この体は〈バックアップ〉だってよぉ。だがお前の拳の数は……。ひぃ、ふぅ、みぃ」


 文治郎は夢斗の拳を受けた体の痣を数える。


「痣は60個か。俺の48の拳を相殺したとすれば……。足して、一呼吸の間に108発の拳を連打したことになる。お前の阿修羅が、完成、だな……」


「暗黒武術家の力で、あんたの〈阿修羅〉を吸収した。素直には受け取れねえよ」


 暗黒武術は、あくまで武術しか〈吸収〉できない。

 だからいままではスカージから吸収した〈暗黒加速拳〉しか技がなかったのだが……。

 文治郎も武術家クラスなので、暗黒武術の糧となったのだった。


「謙遜するな。暗黒武術も含めてお前の力だよ。俺の20年分の武術についてきたんだからな」

「じいちゃん……」


 文治郎は口では「お前を折る」「芽を詰む」などと言っていたが、その悪態はすべて夢斗に武術家の技を叩き込むためだったようだ。


「薄々気づいていたが……。わざと俺が逃げ出すようなことをしていたよな?」


「今だってお前には逃げて欲しいって思ってるさ。お前には〈継承〉の資格があるっていったがな。俺たちは別にいいもんでもねーんだよ。50年前の〈冥種族との宿命〉だの〈異世界との外交〉だの……。そんなものを背負わせたくねーんだよ」


 文治郎が能力を解除する。

 6本の腕が消失し、元の文治郎に戻った。


「だけど俺ぁ、揺れていたんだ。俺の孫がよぅ。娘が悩まされていたアルテナに適応して、元気に闘ってた。うれしくねえわけがねえ」


「だったら、もっと素直になれよ!」

「俺たち冥種族探査団のしてきたことは、『ババ抜きのババ』みたいなことだ。しかも失敗して全滅だ。んなもん押し付けれねーよ」


 文治郎は戸惑っている。

 やがて知られざる秘密をも話してしまう。


「……俺は仕掛けもしてたんだ。しみ子の〈上限値解放炉心〉の探索者クラスに〈暗黒武術家〉を忍ばせていたのも、何を隠そうこの俺だ」

「あんた……。そんなことしてたのか?」


「sousukeの〈反り立つゴーレム〉をクリアできるのは〈暗黒武術家〉だけ。ただの剣士や弓使いや魔導師じゃあ〈コの字に反り立つゴーレム〉は登れねえ。お前が暗黒武術を選ばなかったら、俺は顔を合わせるつもりはなかった。巻き込みたくなかったんだ。なのに、来てくれやがって。お前は本当に……」


 ブレブレの文治郎の肩を叩いたのは、カナリアだった。


「いってえ!」

「このどうしようもないツンデレは差し置いて、私が説明しよう」


 カナリアの登場で、夢斗と文治郎は同事に冷静になる。


「私達は50年前に死んだ探査船のメンバーだ。今はキラキラ肉もとい〈クォ・ヴァディスの臓物〉の力で、一時的に復元された死人バックアップに過ぎない。だが、あたしらが目覚めたのは〈真の理由〉がある」


「俺たちが騒がしかったからじゃないんですか?」


「冥世界の存在が科学世界へ接触しにきたケースに反応するように、バックアップのプログラムを組んだんだよ」


 ギャラリーでみていた真菜が肩を震わせた。


「それって。私達が接触していた〈奈落デスゲーム〉や迷宮で噂になっていた〈奈落の軍勢〉のことですか?」


 文治郎が立ち上がり、ぽつりとつぶやく。


「ああ。俺たちは死んでなお、奴らを止めようとバックアップを残しておいたのさ。奴らが目覚め、俺たちの街に侵略にくるその一瞬だけでいい。寿命を少しだけ貰って、食い止めようって思ったんだ」


 みやると文治郎の皮膚表面が灰になっていた。


「じいちゃん、それは!」

「慌てるな夢斗。バックアップの寿命は短い。この闘技場で三ヶ月も修行できたのが奇跡なんだ。むしろ俺の技をお前にやれたことが、嬉しくて仕方がねえんだ」


 文治郎は立ち直り、カナリアの変わりに選択を示す。


「つまり『俺たちが目覚めた≒冥種族の接近』ということだ。侵略か交渉かはわからねーが、奴らは十中八九攻撃してくるだろう。お前たちにはふたつの道がある。ひとつは、何も見なかったことにしてクォ・ヴァディスの中で安全に生きることだ」


「もうひとつは?」

「脅威と向き合うことだ。こっちはオススメはしない。俺の力は継承させたが……。なにも、つまらん宿命も継承する必要はねえんだよ」


 カナリアも「文治郎と一緒だ」と同意する。

 夢斗はすでに答えを出していた。


「俺は、じいちゃんのことは継承しない」

「ああ。それでいい」


「だけど俺は……。俺のやりたいようにやらせてもらう。俺の街にわけのわからねえ奴がくるならぶっ飛ばすだけだ」


 ロココが何かを感知したように、夢斗の袖を引いた。


「夢斗さん……。反応があります」


 PPも「怖いよぅ……」と、怯えた顔をしている。

 彼女も『プラント』や『逃げてきた』と言っていた。事情はわからないが、ここに置くのがいいだろう。


 夢斗は文治郎をみやる。

 言葉にはしなくても、これがお別れなのだと理解する。


「じいちゃん。行くのか?」

「ああ。夢斗よぉ。その、あれだ」

「なんだ?」


「でかくなったな」

「あんたのおかげだ」


 文治郎とはこれが最後になるだろう。

 だからといって、しみったれたりはしない。


「俺は行くぜ。達者でな」

「あんたもな」


 ぶっきらぼうに話すだけでいい。

 文治郎はカラカラと笑って背を向けた。

 夢斗も逆方向にあるき出す。


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スペース

次回から夢斗と真菜の運命、『十三番目』の冥世界、パルパネオスと氷川が交錯していきます。

「作者、何も考えてないようでいて考えてたんですね笑」と思って頂けたら☆1でいいので、☆評価&レビューよろしくお願いします。https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews






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