第88話 パルパちゃんちょっとだけ成長
もみ教授と氷川はメイド喫茶〈ひよこ白銀城〉に来ている。
「こんなところに誘って、どういうつもりだ氷川。私は研究で忙しいというのに」
「たまに息抜きをして欲しかったんです。根を詰めすぎては身体を壊してしまいます」
「だからといってメイド喫茶とは。こんな白衣の小汚い女がくる場所ではないだろうに」
「いえ。教授は……。その。綺麗な人です」
「三日も風呂に入っていないのだが?」
「関係ありません」
この日、氷川はデートのつもりでもみ教授を食事に誘っていた。
だが彼女が真意を察しているかは不明だ。
もみ教授はおよそ女の子らしいことには興味を持てず、迷宮や異世界にばかり執着をして生きてきた。
可愛らしいつむじの向こうにあるその脳みそは、常に数式や仮説、論理が渦巻いている。
だからなのか。氷川の気持ちを察するなどのことは、苦手としているようだった。
「私には似合わないというのに。まったく」
もみ教授は、自分を褒める言葉を嫌う傾向にあった。『人に馴染めない性格だ。だから教授なんだよ』と自分で言っていたから、客観性のみの世界に生きているところがある。
それが本当に、彼女の幸せなのだろうか? と氷川は思う。
「世俗の価値観を嫌うのはわかります。ですが私があなたを素敵と思うことに何の問題があるでしょう」
「君の主観などどうでもいい話だ。私が欲しいのは迷宮と異世界の情報だけだ」
「ですが目の隈は深い。不摂生なのでしょう。自分を大事にしてください」
もみ教授は自分を着飾るとか大事にするとかいう発想がない。
(女性なのだから、もっとお洒落をしたり愛されたりなどがあってもいいのに)
だから氷川は、もみ教授を褒めたかった。
いかに美しく生まれ、その存在が素敵なものかを伝えたかったのだが……。
毎回、逆効果になってしまう。
「自分を大事にだと? 私は好きで徹夜をしている。目の隈も痩せるのも全く問題ではない。元が醜いのだからな」
「違います! あなたは綺麗だ!」
「むぅ。でまかせをいうな。脳に触る」
氷川としては「もっと自信を持って欲しい」と、好意を伝えているつもりだが、もみ教授は心の壁が強すぎて、閉じてしまう。
そのとき、ふたりの間に、白髪お団子髪ツインテールの武士口調のメイドが、オムライスを運んできた。
「我は新人メイド・パルパという。承ったオムライスだ。食すがいい」
どん、と机にオムライスが置かれた。
「我が技の随を尽くして造った」
白髪お団子髪のメイドの対応は、予期せぬものだった。
メイドの接客とはかけ離れていたため、もみ教授も氷川も、唖然とする。
「して貴殿よ。貴様はその淑女に好意を伝えているようだが。何も伝わっていないぞ!」
「メイドさん……。あなたは?」
「我はしがないメイドだ。だが貴殿に何が足りないかはわかる。もっと気合を込めるのだ。我に任せれば、願いは叶うだろう。いまからこのオムライスに願いを込めてやる」
パルパと名乗ったメイドは、両手でハートをつくり、オムライスに念を込めた。
「美味となるがいい! たんぱくの力、賜りし卵の命を背負い我らの一部となるがいいっ! そしてふたりの恋の成就を……うおおぉおお!」
氷川は、新人メイドパルパから凄まじい闘気を感じる。Sランクに匹敵か、それ以上の力の奔流が、オムライスパワーとして漲っていたのだ。
「はあああぁぁ~! 萌え、萌ええぇ……」
パルパが言い終える前に、背後から赤髪の眼鏡のメイドが表れ、パルパの頭をさげさせた。
「すみません! ご主人さま!」
「ぷぎゃああああ!!」
地面に頭を垂れるパルパネオス。
「こちらのメイドは新人でして……。武士言葉で日本語を覚えてしまった帰国子女なんです。接客はみっちり鍛えたはずなのですが、どうしても武士言葉になってしまうのです」
「わ、我は……。侯爵として悩める若者に道を示してやっただけだ!」
「クビになりますよ!」
「むぅ……。むぅぅうううう……! 何が、何がいけないのだ?!」
パルパネオスがメイド喫茶で働き始めて一週間。
『2点』の衝撃から立ち直り改善はしてきたものの、まだまだメイドとしては未熟な日々だった。
「我は……。我は間違ってはいない!」
「また皿洗いに戻ってもいいんですか?」
「いやだ……。皿ばかり洗わないといけないし、機巧鎧装とのチューニングのズレで身体は動かしにくいし、皿は割るし……。なればこそ! 侯爵として導きを与えることで、名誉挽回を測らねばなのだ!」
「科学世界では通用しないんですって! 可愛いから、まだ許されていましたが、問題起こさないでください!」
「我は可愛くなどない! 至高であり究極! そして統治者なのだ!」
バックヤードから店長とおぼしき筋骨隆々の髭の男がでてくる。
「お客様、失礼しました。パルパちゃぁん。こっちいらっしゃい」
「はいぃ!」
店長に連れられ、パルパネオスはバックヤードに消えていく。
もみ会長と氷川は、趨勢を見守るべく耳を傾けた。
「あなた、問題を起こすのはこれで何回目なのん?!」
「3、31回目、でしゅ……」
「31回目と数えているのはいいことだわ。でも帰国子女とはいえ、あまりに常識をしらなすぎるわ。宇宙とか異世界からきたんじゃないかしらってくらいよ!」
パルパネオスは萎縮していた。
実際隣接する異世界、機巧世界から来たのはそのとおりだ。
なので毎回正直に話してしまうのだが……。
「貴殿の見立て通りだ、です。我は機巧世界の侯爵……。白銀のふたつ名を持つ……」
「白銀だかなんだか知らないけど、仕事はいわれたとおりにしなさいな。お皿は多少は割ってもいい。でもお客様に迷惑をかけるのはやめてちょうだい!」
「我は嘘をつくのが嫌なのだ。本当のことしか、いえない。嘘は統治を鈍らせる。侯爵は約束と遵守が責務だ。だからどんなことでも……ふ、ふぎゅぅ……」
「はぁ……。まあ。あんたが素直で実直で正直なのはわかってるから。でもお客様への干渉は駄目だからね」
一部始終をみていた氷川が、もみ教授へとささやく。
「大変そうですね、教授……。教授?」
目を離した隙に、もみ教授がカウンターへ向かっていた。
「店長さん。私は帝都大学の紅葉・ノイエジールと申します。今の子……。迷宮と異世界がどうのっていってましたが。お話を伺っても?」
「あら、教授さんでしたの……? お話といってもポンコツなだけで何もありませんわよ」
「ふむ。しかし興味がでてきました。私にはあのメイドの子が出した損失を埋め合わせる案があります。一口乗っては見ませんか?」
もみ教授は取材がてら、パルパのことを探ろうとしていた。
異世界・迷宮ときくや飛んでいく。彼女なりのフィールドワークなのである。
店長・岡野は、肩の筋肉を隆起させつつ、頷く。
雇ってからの損失が大きすぎたせいか、藁にでもすがりたい思いだったのだ。
「いいわよ。私もクビにするのは忍びないから。ぜひ話だけでもお聞かせください」
「氷川。君も来てくれ。迷宮と関係があるかもしれないからな」
迷宮や異世界と聞くや、もみ教授は機嫌がよくなっていた。
(いつかは振り向いて欲しいものだが……)
氷川は黙って、教授のSPの役目をまっとうするのだった。
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スペース
彼女がこんなことになるとは思いもしませんでしたw
「パルパちゃん、成長したね……!」と思って頂けたら☆1でいいので、☆評価&レビューよろしくお願いします。https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews
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