第87話 阿修羅

 カナリアからの説明を受けた真菜は驚愕しかなかった。


「動けば動くほど、クォ・ヴァディスがエネルギーを受けて宇宙を飛翔して。ウラシマ効果で時間が経過しないから、時間の獲得が発生する……?」


 なんとなくはわかる。だがスケールが大きすぎて、飲み込めない。


「残念ながら事実さね。あいつらが闘技場で闘えば闘うほど、このクォ・ヴァデスは宇宙を飛翔し〈時間を獲得〉する。こうした原理は自然界でも見られる。我々の臓物でも、微生物が反応することで膨大なエネルギーとなっているからね」


「私たちはクォヴァディスにとって微生物ですか……」

「〈有用な〉な。だからこそ受け入れられている」


「宇宙的恐怖ってのは、クトゥルフ神話でも聞いたりしますけど……」

「この龍に関しては〈宇宙的な恩恵〉って奴だな」


 カナリアに〈時間の獲得〉の真実を告げられ呆然とするも、真菜はあることに気づいた。


「時間が獲得できたら、夢斗君達……。ずっと闘うんじゃないかな。心配だな」

「文治郎はああいう奴だからな。ずーーーと闘ってるだろうな」


「差し入れしてあげないと」

「止めないのか?」

「野暮ですもん」


「君も不思議な奴だな。だからこそ、ここに来たんだろうが。ふむ。気が変わってきたな。アルテナの使い方くらいは教えてやろうか」


「アルテナって〈冥世界の物質〉ですよね。夢斗君のダークアクセルフィールドの力の根源でもある。でも私は、違いますよ?」


「君がネクロマンサーになったのは、君の炉心〈アンチドート・コアハート〉によってアルテナに適応した結果だ。ならアルテナを知ることは有用だろう」

「確かに……」


 カナリアから、黒い霧がぶうんと浮かんだ。


「君の力を引き出すくらいはできるさね」


 真菜の眼に光が宿った。自分もさらに成長ができる。

 夢斗の成長速度はすさまじいものだとわかっている。

 置いていかれないようになるなら、なんだってやろう。


「お願いします」

「あたしの修行もハードだが。まあ、ぼちぼちやろうさね」


 真菜もまた、ネクロマンサーとしての進化を始めていた。





 文治郎のクラス〈阿修羅〉とは、いままで見たことのないクラスだった。

 やることは変わらない。ダークアクセルフィールドを展開。

〈黒い霧〉が空間を裂いて伸び、文治郎を包み込む。拳の射程内だ。


「姿が若くても俺のじいちゃんなんだ。殺すつもりでは殴らないから安心しな」


 夢斗は、幾度となく放ってきた『音を置き去りにする』拳を放つ。


「暗黒加速拳」


 呟いた刹那、相手は吹き飛んでいる……はずだった。


「お前。何か、勘違いしてねえか?」

「な、に……」


 文治郎は、夢斗の拳を受けとめている。

 しゅうぅぅと煙があがっていたが、一歩たりと後退さえしていなかった。


「なんだよ、それ……」


 みやると文治郎の姿が変形をしていた。

 背中から合計六本の太い腕が生え、二本の腕で暗黒加速拳を受け止めていたのだ。


「おいおい。おじいちゃん。腕が六本も、どこからとってつけたんだよ?」

「冥種族の探索を繰り返した結果の肉体の変異。それがこの〈阿修羅〉だ。物理法則の歪んだ世界では、俺の遺伝子ももうボロボロなのさ」


「そうまでなって、あんたは母さんを……」

「しんみりしている暇はあんのか? 今は修行中だぜぇ!」


 今度は文治郎の拳が飛んでくる。


「阿修羅・破殺拳」


 左右六連撃の拳の連打が、夢斗を取り囲む。

 夢斗の暗黒加速拳が〈線〉だとすれば、阿修羅・破殺拳は『面制圧の拳』といえた。


「ぐぅ!」


 どうにか回避するも、闘技場の床が抉れていた。

 六本腕となった文治郎が、煙の中でたたずむ。


「今の俺は死亡時と同じスペック。29歳時点の最盛期の肉体を再現している。レベルまた今のお前と同じ、70だ」

「10個上かよ。……人生の先輩だっていうなら、本気でいくしかねえな!」


 二度目の暗黒加速拳を打つ。今度は内部破壊の発剄も込めている。

 手加減無しの全力だった。

 ぱぁん、と気持ちいい音がなる。

 だが、それだけだ。拳は、二本の掌で完全に捉えられていた。


「おいおい。キャッチボールじゃねえんだからよ。殺す気で来ないと修行になんないぞ?」

「な、んだと?」


 残る四本の拳が夢斗に四連撃で直撃する。


「ぐぅ……!」 


 ふきとばされるも、どうにか受け身をとった。


「俺を殺しちまうことを恐れてるようだが、逆だ。殺しちまうことを恐れてるのは俺の方なんだよ。もっと本気でこい」


 文治郎の六本腕の姿は、まさしく阿修羅そのものだった。


「言われなくても……」


 だが幾度となく放つ拳は、すべて文治郎に受け止められた。


「がは……。はぁ、は……」


 どういうことだろう?

 レベルは同じだというのに、まったく歯が立たない。


「お前の戦闘記録はロココちゃんに見せて貰った。格上相手でも上限値解放の力を生かし、弱点を見切る。死線もくぐり抜けてきたようだ。だがな。お前には決定的に欠けているものがある」


「十歳上だからって説教か? いらねーよ」

「お前の強さには地力がない」


 たゆまぬ筋トレをしてきた。

 全身のパラメータは、いまやほとんどがダイヤモンドマッスルだ。


 迷宮探索でも猛者と対峙し、撃破してきた。

 だが文治郎には通じていない。


「お前の強さはいわば劇薬のようなもんなんだよ。相性のいい相手にはレベル差さえ凌駕できるが、『まっとうな強さ』相手には手も足も出ねえ。万能な良薬にはなれねえんだ」

「……あんたが、まっとうな強さっていいたいのか? 傲慢なことだな」


「俺は冥世界への探査で〈阿修羅〉に変異しちまったが。強さの本質はそこじゃねえ。俺の元々のクラスは武術家だ。武術家としてお前よりも十年以上差があるということだ」


「そうまでいうなら、やってやるよ。あんたが命短い〈バックアップ〉だとしても。全力で貫いてやる」


 夢斗は迷いを捨てる。

 探索者として、全力で闘うのが礼だと思ったのだ。


「全力の、暗黒加速拳だ」

「だからよ。それが甘いっていってんだよ」


 文治郎はこきり、と腕を鳴らした。



 


 数分後、夢斗は襤褸雑巾と化して倒れていた。

 またしても二本の腕で肩をつかまれ、残りの四本の腕でラッシュを食らったのだ。


「ぐ……。が、はぁ……」

「悪かったよ。夢斗。お前がこんなに弱かったなんてな」

「てめぇ……。じじい……。文治郎!」


 じじいといっても、最盛期の若い姿で顕現したじじいだ。

 それでも、こんなにも手も足もでないとは思いもしなかった。


「俺の見立てが甘かった。何もお前が、俺たち探査団の思いを継承する必要なんかねーよなぁ。俺ってばいわば負の遺産だからな」


「時々自虐的なのは、俺に、似てるんだな……」


「お前の拳は確かに超火力だが。武術とはほど遠いんだよ。筋トレが武術か? 死線をくぐりぬければ武術なのか?」


 痛いところを突かれてしまう。

 暗黒武術家などと言っているが、夢斗は正統な武術を学んだわけではない。

 我流で、闘いの中で、拳を学んだだけだ。


「俺は十年修行した王道。お前は付け焼き刃の邪道だ」

「なら、その邪道で、お前を貫いてやるよが」


 夢斗は立ち上がり、闘技場の壁のキラキラ肉を剥がして食べる。龍の内臓らしいがずっと食べてきたので抵抗はない。


 回復完了。

 ふたたび構えをとる。


「こりねえやつだ。こりゃ、徹底的にやらんと、だな」


 今までも無効化されることはあった。

 そのたびに機転と上限値解放の力で乗り越えてきた。

 だが文治郎は違う。機転ではどうにもならない。


(力で超えるんじゃない。こいつの想像を超えるんだ。想像を超える速度で……)


 文治郎が受け止めようと構えると、腕の一本がぼしゅぅぅ、と吹き飛んだ。

 夢斗の姿は、文治郎のはるか後ろにいる。


「見えなかった。速えな。いや。速くなったのか?」

「はぁ。は……。キラキラ肉を食え。文治郎」


「お前自身の負荷も相当じゃねえか。だがこりゃ一本とられたな」


 文治郎もキラキラ肉を食べる。ふきとんだ腕が生えてくる。

 一撃を入れたことで夢斗は、ふっきれた顔になった。


「あんたのいうことは正論だ。受け入れる」

「おん? 急に素直だぁ」


「確かに俺は邪道だよ。だがよ。王道のあんたを正面からねじ伏せれば、王道かつ邪道になれるってことだろ?」 


 文治郎がにぃと笑った。


「おめえ。おもしろい奴だったんだな」


 クォ・ヴァディスは飛び時間が伸び、修行は無限に続く。

 夢斗は自ら地獄の釜の中に足を踏み入れた。


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スペース

時間を伸ばしながらおじいちゃんと修行しまくってます。次回はパルパ回です。パルパ回だけ遡って整理して章にするかもしれません。お手数おかけします。


「じじいヤバすぎるだろw」と思って頂けたら☆1でいいので、☆評価&レビューよろしくお願いします。https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews








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