第85話 残留思念達との修行


 祖父の残留思念・京橋文治郎と夢斗が対峙する。


「うーし、やるかぁ!」


 文治郎が構えると、彼の後ろから別のホログラムがぶぅんと現れた。


「おいブンジ。ここは闘うところじゃねえっての。闘技場に行きなよ」


 現れたのは金髪碧眼にトレンチコートを着た女性と、ジャケットを着た白熊だった。


「固いこと言うなよカナリアよぉ。孫の顔をみれずに死んだからこそ、孫に会って俺はテンションあがってんだよ」


 カナリアと呼ばれた女性は、文治郎をスルーする。


「俺はスルーっ?!」


 おじいちゃんの扱いは、結構雑なようだった。

 カナリアと謎の白熊が夢斗の前に、歩いてくる。


「あんたらは……?」


「ブンジが血気盛んで悪いね。あたしはカナリア。ブンジと同じく50年前の冥世界探査船で死んだ残留思念だよ。ついでに、しみこの友達でもある」


「ばあちゃんの友達!」


「あんたの色ボケじいさんとは、何もないから安心しなよ。何より今のあたしらは、〈クォ・ヴァディス〉の中の保存された精神バックアップに過ぎないからね。バックアップとして解凍されたのもつい最近。あんたらが〈下の階層〉に入ってきて騒がしくなってきたからなんだ」


「その割には、俺たちのことを知ってるみたいな口ぶりだな」


「ロココから情報が流れてくるんだよ。ロココは〈精神と肉の部屋〉の管理人だけど、あたしらは〈クォヴァディスの管理人〉。いわば管理人の管理者だ。つまりあたしの方が偉いのさ」


 夢斗はつい、ロココをジト目でみてしまう。


「すみません、夢斗さん。管理者達には逆らえないのです。私のプログラムだってこのクォ・ヴァディスの一部なのですから」


「わかったよ。しゃーないさ。でもじいちゃんを倒せば〈管理者権限〉は俺に移るんだろ?」

「はい。ですから、勝ってください」


 夢斗は文治郎の肩を叩く。


「闘技場があるって言ってたな。早速行こう。じいちゃん」


「はぁん! すかしているようにみえて、好戦的なところは俺に似ているな。いっちょ揉んでやるよ!」

「望むところだぜ!」


 夢斗と文治郎は、船のブリッジを抜けて〈闘技場〉へと向かった。

 精神と肉の部屋のエリアの一部として、〈闘技場〉が解放されたようだ。


 男二人が行ってしまい、カナリアと熊が残る。


「あの、わたしたちはどうすれば?」


 真菜が思わず口を開いた。


「そうさねえ。男どもの修行は長くかかると思うから、クォ・ヴァディスの中を回りながら知ってることを教えるよ。あんたの心臓に同化しているそれも、炉心の一種だろうし……」


 真菜は目を見開いた。

 確かに彼女の心臓には、父から貰った〈謎の遺物〉が同化している。


 なぜ、カナリアは見抜いたのだろう?


「あたしは〈遺物研究者〉だからだったからわかんのよ。それは〈浸食性無効化炉心アンチドート・コアハート〉かね。迷宮天文学者か、迷宮地質学者が、異世界にいったときに、風土にやられないためのものさね」


 真菜は服の裾を開き、心臓のあたりを見せる。

 彼女の心臓部に同化した〈謎の遺物〉は、黄緑色に輝いていた。


「父から貰ったんです。絶対に離すなって……。そしたら同化しちゃって」


「賢明な判断だね。そこのゴスロリの黒い子が言ったようにあんたらが〈アルテナ〉に適応しているのは事実だ。だけど、あんただけは〈アンチドート・コアハート〉の力で無効化しているに過ぎない」


「夢斗君は、『世代を跨いだ適応』って聞きました。PPちゃんはプラントだし、ロコちゃんは精神と肉の部屋の力を借りている。でも私は……」


「気に病んじゃだめさね。逆をいえばあんたは、人間で唯一あの男の子と一緒にいれる女の子だ」


 今度はロココが苦い顔をした。


「むぅ。ずるいです。人間じゃないと一緒になれないなんてことは、ないはずです」

「ぁーん? 炉心精神が私に口答えか?」

「ひぃ」


 ロココはやはり管理者には弱いようだ。

 

「あのカナリアさん。私達にも稽古をつけてくれませんか?」


「ぁん? できることなんかほとんどないよ。あんたは見たところネクロマンサーだけど、私の管轄外だ。それに受肉できるのは文治郎だけだよ」


「え……?」


「あたしらは長い間、バックアップとして凍結されていた。本当はもっとたくさんのクルーがバックアップされていたんだが……。人の精神は複雑すぎて、時間と共に劣化してしまう。


ハードディスクだって50年も持たないんだ。繊細な人の心の配列が50年持っただけで奇跡だよ。ほら」


 カナリヤのホログラムは『ぶぶぶ』と時折消えかけていた。


「体を忘れかけているんだよ」


「だったら尚更です。知っていることを教えてください。冥世界への探査船のこと。クォ・ヴァディスの、この拠点の龍のことも。夢斗君が修行している間に、できることをやっておきたいんです」


「……あんたも。根性がある子のようだね。体が消えるまではつきあってやるよ。いくよ、白熊」


 カナリヤの隣を白熊が歩いていた。

 PPがおもむろに白熊をつんつんと突く。


「なんだい?」

「しゃべったぁ?」

「本物の熊なら人を食べるからね。僕は人の心を持った熊なんだ。まあバックアップから復元したら、自分の姿を忘れて熊になっていたんだけどね。カナリヤぁ。僕が誰か知ってる?」


「知るか。あたしらは死人のバグデータみたいなもんだろ」

「冷たいなあ」


 肩を落とす白熊をPPは興味ありげに見上げる。


「乗っていい?」


「そりゃもちろん」


「もふもふ~」

 

 PPはご満悦のようだった。

 変わりにロココがおどおどしていた。


「真菜さん……。上司って怖いですよね。私が堕落していた時のことも色々怒られそうですよ」

「それは自業自得だと思う」


 闘技場エリアから、闘いの音が聞こえてきた。

 夢斗と文治郎の修行が始まったのだろう。


――――――――――――――――――――――――

用語解説


浸食性無効化炉心アンチドート・コアハート

:真菜が父からもらった〈黄緑色の骨の異物〉だったもの

:別名〈相殺炉心〉

:他の異世界環境に適応する力を持つ。


スペース

世界観ばっかりだとダルいので、いい塩梅でメイド回やりたいですね!










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