第50話 人生の〈上限値解放〉


 夢斗はロココと真菜をつれてショッピングモールを歩いている。


 初めロココは人間の肉体をうまく扱えず、よく転んだり、ペットボトルの蓋を開けられなかったりしていた。

 いまでは成長し、精神と肉の部屋から外に出歩けるまでになった。


「ロココちゃん、この服似合うんじゃない? 一緒に試着してみようよ」

「わかりました。やってみます」


 真菜に手を引かれ、ロココは試着室に入っていった。服の感触に戸惑っていたが、今では積極的にお洒落をしたがっている。

 かつては精神体に過ぎなかったロココだが、順調に人間らしくなってきたのだ。


 夢斗はふたりの少女の様子を後ろから眺めた。

 真菜の黒髪とロココの亜麻色の髪がコントラストになっていて眩しい。


 カーテンを引き、真菜とロココは試着室に入る。夢斗が試着室の外で待っていると、女子二人の声が聞こえてくる。


「似合ってるね」

「真菜さんも着てみてください。服の参考にしたいです」

「そぉ? じゃあ私も着ちゃうよ。ちょっと胸、きついかなぁ」


 ふたりは、仲良く試着しあっているようだ。


「やれやれ、だな」


 やがて試着室からは、緑色のワンピースを着たロココと、オレンジ色のスカート姿の真菜が現れる。


「じゃーん。どう?」

「似合ってるよ。コントラストが眩しいな」


「夢斗君さぁ。絶妙に一言添えてくるとこ、モテそうだよね」

「塩対応すぎるのもなんだろ?」


「本当は可愛さに悶絶してほしいだけどね」

「乙女心ってめんどくせーなぁ」


 真菜もまた前より明るくなってくれたようだ。

 家族を生き返らせるために探索者となり奈落デスゲームに参入した。

 真菜はネクロマンサーとして生きて、死体を操ってまでデスゲームを勝ち抜こうとしていたが、今はかつての行動を後悔しているようだ。


 女の子が異世界迷宮のデスゲームに参入するなど、あってはならない。

 幸せに生きて欲しいし、夢斗はこれからも彼女の幸せを守りたいと思う。


「これ買おっか。ロコちゃん」

「わかりました。私は夢斗さんのクレジットを掌握しています。問題ありません」

「おい!」


 ついロココに怒鳴ってしまった。

 迷宮探索で多少のお金は入るものの、散在は困る。


「駄目、ですか?」


 長いまつげの瞳が、夢斗を上目遣いで見上げた。


「いや……」

「私に戸籍はないので夢斗さんに頼ることしかできません」

「そりゃ、そうだけどよ」


 横では真菜がにやにやしていた。「夢斗君ひどーい。養ってあげなよ」陽気なネクロマンサーほどたちが悪いものはない。


「あ~もう。わかったよ。わかったわかった!」


 左右を真菜とロココに挟まれながらモールを散策した。

 やがて予備校の時間になる。


「三人で行こっか」


 真菜がロココと夢斗の手を引いた。

 ロココと夢斗は薄く笑う。

 陰のものなためか、彼女の明るさが眩しかった。




 あれから夢斗は、真菜にも自分のすべてを話した。

 ばあちゃんから貰った〈上限値解放炉心〉のこと。

 ロココのこと。虚無君だったときのこと。

 夢斗の力は〈上限値解放〉に頼っているにすぎないこと……。

 それでも真菜は受け入れてくれた。


「夢斗君ががんばってることだけは本物だよ。がんばってなきゃ悩んだりしないよ。傷ついたらまた縫ってあげるね」

「頼んだよ」

「それにロココちゃんも夢斗君の相棒だっていうなら。私だって……。相棒まではいかなくても。友達になっていいはずだよ」


 ロココが顔を赤らめた。


「よく、わからない感情です」

「今はわかんなくていいよ。ロココちゃんが思ってなくても私は友達って思ってるからね」


 真菜は夢斗の事情もロココの存在も、驚くほどすんなり受け入れてくれた。

 太陽みたいな人だった。




 予備校を歩いているとどこからか噂が聞こえてくる。


『あいつ高校の時、虚無君って呼ばれてたらしいよ』

『虚無君ってウケるんだけど』

『でも腹筋やばいらしいぜ。青黒田のグループがあいつひとりにやられたらしい』

『綺麗な女ふたりもつれてるぜ』


 虚無君という噂は絶えない。

 世間での扱いもランクXのままだ。

 流された悪い噂は、簡単には消えない。


 けれどもう怯まない。いまは仲間がいる。

 机に座ろうとしたとき遠くでサイレンが鳴った。また〈迷宮侵食〉が発生したのだろう。しばし考える。


 つつましく安定した道を生きるのか。それとも茨の道を選ぶのか。

 答えは決まっていた。


 いずれか、ではない。

 第三の道。『茨の道を無双』すればいい。


「なあ、真菜。授業ばっくれて迷宮探索いかない?」

「賛成。三人での初迷宮探索だね」


「では私はサポートをします。真菜さんにも〈上限値解放〉の力を使えるかも知れません」

「本当? よっしゃ。私もやったるか」


 授業をばっくれて三人は、迷宮探索に向かった。

 迷宮に向かいながら夢斗は、言い忘れたことを思い出す。


「ずっと考えていたことがあるんだ」

「どうしたの? 急に」

「君が俺を殺そうとした時にさ。『どうして』って聞いてきただろ」


「あれは『どうしてお人よしなの?』って意味だよ。私が殺そうとしたのに許してきたから」


 真菜ははぐらかそうとするが夢斗はちゃんと応えた。向き合わなければと思ったのだ。


「君の『どうして』のさ。答えがわかったんだ」

「へーえ。教えてよ」


 夢斗は思い切って伝えた。


「『俺の愛も、上限値解放されている』」


 真菜は顔を赤らめた。


「変なこと、いうなよぉ。もう!」


 ロココもまた、顔を真っ赤にしていた。


「これが、人間の心なのですね」


 迷宮が発生したポイント近づいてきた。夢斗は〈漆黒纏衣〉を纏い拳を握る。

 光り輝く存在にはなれない。


 それでも。やることはひとつ。

 すべてを超える意思を持ち、越え続けていくだけだ。


――――――――――――――――――――――

スペース

第一部完です。ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

『精神と肉の部屋とはなんだったのか?』、『アトラクションsousukeとは?』

『奈落デスゲームを仕掛けたのは誰なのか?』


などたくさん謎が残されていますが、ちゃんと伏線回収は考えています。


第一部までで気に入ってくれた方は、1行でいいので、レビューもくれると嬉しいです。やる気がでますhttps://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews


第二部はとりま100話まで書きます。宜しくお願いしますm(_ _)m

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