第二部【〈究極〉の天敵】
一章【パーティ結成】
第51話 鍋のひととき
夢斗が精神と肉の部屋で〈キラキラ肉〉をたべていると真菜がやってきた。キーストーンの座標でアクセスをしてきたのだ。
「ふたりとも。いるかい?」
精神と肉の部屋は、始めは夢斗とロココの拠点だったが、今では真菜もちょくちょく遊びにくるようになっていて、三人の秘密基地のような場所になっていた。
「いま開けます」
亜麻色の髪のエルフ姿となったロココがゲートに向かう。ゲートの入り口からは真菜がパタパタとやってきた。
「やぁ。ロココちゃん」
「ようこそ。真菜さん」
女の子ふたりが手を合わせて挨拶していた。
仲の良い女の子をみるのはいいものだなぁ。
夢斗もキラキラ肉を食べながら、玄関に向かう。
「待ってたよ」
「夢斗君。またキラキラ肉ばっかり食べてる」
「もぐもぐ。キラキラ肉は完全栄養食だからな」
夢斗は日課の筋トレをした後だったので、壁の肉を剥ぎ取り、焼いて食べていた。今日も肉体が〈超高速超再生〉を始め、輝き出している。
「また素焼きなんだから。『野菜も食べなきゃ~』とか、説教する気はないけどさ。せっかくだから美味しく食べようよ」
「って言われてもなぁ。一朝一夕で料理なんてできないよ」
「だろうと思って。鍋の具材、もってきたんだよね」
真菜が買い物袋を持ち上げてみせた。
「鍋!」
夢斗は全身を輝やかせつつテンションがあがってくる。
「具材を入れて煮込めばいいだけだよ。いっしょにつくろ?」
「まだ肉は食べ始めたばかりだ。鍋を囲むなら、望むところだぜ」
キラキラ肉を頬張りつつキッチンに向かう。
真菜がこの部屋に来るのは今日で三回目だ。
彼女が来るたびに調理器具を持ってきてくれたので、キッチンは初めの頃の簡素さはなく、おたまやしゃもじ、菜箸などでごちゃごちゃしていて、生活感が溢れていた
「やべぇ。俺、なんだかワクワクしてきた!」
「ひとりだと絶対食べないもんね。三人いるからこそ、だよね」
夢斗と真菜が鍋で盛り上がっていると、ロココが裾をひっぱった。
「夢斗さん……。私には疑問があります」
「どうした?」
振り返ると、エルフめいた美貌の少女が見上げていた。
今までは精神体だったロココだが、受肉をしてからというものの接するたびにドキドキしてしまう。
「鍋は食べられるものではありません。鉄やニッケル、合成金属の集合体です。人間の許容食物からはかけ離れています。おふたりはもしかして……。脳にバグが発生したのでしょうか?」
ロココは心配してか顔を青ざめてさせていた。
「鍋を食べてしまった場合、おふたりは金属を消化しきれず中毒で死んでしまうおそれがあります!」
心配するロココをみて、ふたりは微笑ましい気持ちになる。
かつてのロココは炉心精神として夢斗の脳内にインストールされた精神体に過ぎなかった。
〈精神と肉の部屋〉の力で受肉を果たしたのは、つい最近のことだ。
人間の感覚がわからないの仕方がないことだった。
「ロココちゃん。鍋っていうのは、鍋に色々具材を入れた食べ物のことなんだよ」
真菜がうまい具合に説明する。
「具体的な具材はなんですか?」
「えーと。今日買ってきたのは、春菊に白滝に人参に大根。玉こんにゃくにネギ。鶏肉と白身魚に卵だよ」
「それらは人間の食べ物です。金属類ではありません。では何故、鍋を食べるというのでしょう?」
「え、うーん。そりゃ鍋は鍋だし」
真菜が言葉に詰まったので夢斗もどうにか考える。
ロココが受肉をしてからというものの、夢斗は保護者の様な存在になっていた。
「それはだなロココ。鍋に色々、野菜とか肉とか入れるだろ。鍋に色々入れるだけで色んなバリエーションの野菜とかお肉のごった煮ができるんだ」
「はい。ごった煮なのはわかりました。それで鍋を食べるというのは?」
夢斗は言葉に詰まった。
「鍋は……。鍋なんだ!」
「夢斗くんも開き直った?!」
真菜が驚愕しつつ、ロココはなおも神妙だった。
「ふむ。人間の生活言語の中で生まれた、慣用句、ということなのですね」
「まあそんなところだぜ」
炉心精神だからか。ロココはたびたび人の話す言葉の奇妙な点をついてくる。
(若干、うざくもあるが……)
彼女なりに学習しようとしてくれるし、聞き分けもいいので夢斗は怒るようなことはしない。
ロココに鍋について説明しているとと、真菜が肉と野菜を切り終えていた。
「できたよ。あとは煮るだけ」
「早いな!」
「ネクロマンサーの〈糸の能力〉を舐めないで欲しいな」
真菜の指先からは無数の糸が伸びていて、包丁を三本同時に扱っていた。
「なるほど。流石だ」
ふと夢斗は包丁をみて思う。
(この千切りの動き。俺の暗黒加速拳にも使えるかもしれないな。震え……。振動か……?)
夢斗は大根の千切りから新たな技の着想を得た。。
「真菜。俺も大根切るよ」
「え……。ちょうどいい大きさだから、もう切らなくてもいいんだけど」
「試してみたいことがあるんだ」
「変な夢斗君……」
夢斗はまな板に大根のかけらを乗せて千切りを開始。
「むん!」
腕を振動させながら、大根の千切りを開始。
ざざざんと音が三つ重なり、大根が細長い束となった。
「すごいねぇ! 一瞬で細切れになったよ」
「いや。まだ音を置き去りにしていない。ざざざん、ではなく「ざん!」と音が重なるくらいの速さが出せれば……。新しい技の参考になる」
「夢斗君。また闘いのこと考えてるの? ここは台所だよ? 食べ物で遊んじゃだめだよ」
「う……。すまない。」
褒められたと思ったら、怒られてしまった。
正論なのでしゅんとしてしまう。
真菜は怒ったと思いきや「しょうがないなぁ」という顔をしていた。
「もういいよ。それが夢斗君だもんね。せっかくの鍋だからおいしく食べよ」
「鍋は俺が運ぶよ」
「もしかしてだけど。その熱い鍋。素手で掴もうとしてない?」
「なんでわかるんだ?」
「夢斗君のことだから。『熱い敵がでてきたときのために熱さになれておきたい』とか言いそう」
「わかってくれて嬉しいよ」
「食べ物のときくらい、闘いのことは忘れようね? はぁ……。手伝いはいいから。リビングで待っててね」
夢斗とロココはキッチンから追い出されてしまった。
ロココがぽつねんと呟く。
「夢斗さん。私は見ていることしかできませんでした。厨房とはかくも激しい戦場なのですね」
「ここは普通の台所なんだけどね。ってかロココってさ。そういう言葉、どこで覚えるの?」
「ネット検索でヒットした料理漫画から学んでいます」
ロココもまた大変そうだった。彼女の精神は本来〈炉心精神〉としてプログラムされた存在だからか、ネット接続によって知識を得ることができた。
夢斗には偏った知識を身につけているようにみえるのだった。
(ロココは俺がちゃんと育てなきゃな)
少しするとエプロン姿の真菜が、手にミトンを嵌めて鍋を運んでくる。
「おまたせ。できたよ~!」
ほわりと湯気があがり、春菊、白滝、人参、大根、鶏肉、白身魚のフェスティバルが開かれる。
まずはロココがレンゲで具材を掬い一口ほおばる。
「……! おいしいです!」
夢斗と真菜は、鍋を食べるロココをみてほっこりした。
ロココは見た目は少女の姿として受肉したが、その人間体としての経験はまだずっと子供だからだ。
「なんだか、妹ができたみたい」
「だな」
真菜のいうとおりだ。夢斗もまた家族がいなかったから、家族みたいに鍋をつつけるのは幸せだった。
「おいしいね」
「ああ。おいしい」
何気ない会話だったが、夢斗と真菜は眼を合わせられずにいる。幸せすぎて、ふと泣きそうになってしまう。
互いに目を逸らそうとするので「ああ、お前もか」と、わかってしまう。
ふとした幸せで、張り詰めていた糸が切れてしまって、泣きたくなることだってあるのだ。
「おふたりとも。どうしたのですか?」
ロココがきょとんと首をかしげる。
「空気読んでくれよロココ……」
「本当。ロコちゃんは、もう……」
夢斗と真菜はわかっていた。
ロココがいるから『ほどよく騒がしい日々』なのだ。
ふたりには家族がいない。夢斗と真菜だけだったら、傷の舐め合いのようなしんみりした関係になっていただろう。
ロココがいるから、騒がしくなってきて寂しくなくなる。
悲しいのは一瞬でおしまい。
あとは全部楽しい時間にしたい。
「ロコちゃん、あーんしてあげる!」
「ずるいぞ真菜! 俺だって可愛がりたい」
「お兄ちゃんは黙ってなさい」
「俺がお兄ちゃんか?」
「いいじゃない。ロコちゃんにとって、お兄ちゃんみたいなものなんだから」
夢斗はお兄ちゃんになった。
ロココはぽつりと呟く。
「夢斗さん……。お兄……ちゃん?」
ずぎゅん、と夢斗の心臓が脈打った。
いつも脈打っている気もするが。
これはこれで良し。
心の中でガッツポーズをしながら、鍋を食べるのだった。
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スペース
第二部開始です。今年度の抱負は『積極的に女の子を出していく』です。
『積極的に女の子を出してくれてオーケーだ!』という方は☆1でいいので☆評価、コメント宜しくお願いします。https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews
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