第44話 概念指定攻撃



 先手必勝で夢斗はダーク・アクセルフィールドを展開。周囲が闇の帳に包まれ、殺戮の天使と夢斗が闇の中で対峙する。


「空間そのものを、部分的に歪曲する力ですか」

「……打ち抜く」


〈漆黒纏衣〉を起動。

 拳に漆黒のオーラがリングとなり凝縮。足首からは黒い翼状の加速装置が生える。


 拳を振りかぶり、ダークアクセルフィールドへ突入。

 全身を加速。


 殺戮の天使に向けて夢斗は残像となり、〈暗黒加速拳〉を打ち込む。

 交錯と同時、どぼぉ、と殺戮の天使の胸部が破裂した。


 天使の胸の装甲板が残骸となって砕け、黄緑色の内臓が溢れる。

〈暗黒加速拳〉のダメージは通ったようにみえた。


 だが夢斗の拳には違和感。

 油断せずに、攻撃を続ける。


「……もう一発だ」


 ダメージを与えた感触は確かにあった。殺戮の天使からの反撃はなく〈漆黒纏衣〉も無傷だ。


 殺戮の天使は黄緑色の臓物をどぼどぼと撒き散らしている。

 天使は自らの黄緑色の臓物を手に掬い「ふむ」と分析した。



「別次元領域を一時的に現世に展開したことによる相対速度差による瞬間移動と、暗黒物質を肉体に纏うことによる重力波攻撃の相乗効果を、拳に乗せたようですね」


 夢斗自身もわかっていなかったが、ダーク・アクセルフィールドの内部では次元が歪み相対速度の差が生まれているようだ。さらに漆黒纏衣に触れたものには重力の力場ダメージを与える効果があるらしい。


 クラスチェンジしたときの『力士が全身にのしかかってくる』ような衝撃は、重力を纏ったことによるものだったのだろう。


「敵に技の解説をされるなんてな。だが俺は知ってたぜ」


 夢斗は脳内でロココに尋ねる。


(……ロココ。つまり、どういうことだ)

(暗黒加速拳をわかりやすくいうならば……。『新幹線に乗って地上にいる人を殴るようなもの』ですかね)

(ありがとう)


 夢斗は天使に向き直る。


「……完全に理解したぜ!」

「わかりやすい動揺ですね。人間の言葉でいうなら虚勢を張っているのでしょうか」


 臓物をまき散らしているはずの敵にすべてを見透かされている。

 得体の知れない恐怖が夢斗を包み込んでくる。


「御託はいい」


 夢斗は二度目の暗黒加速拳の構えに入る。

 ダークアクセルフィールドを展開。

 夢斗の姿が残像と共に消える。ダークアクセルフィールドの漆黒の霧の空間が展開、天使を侵食すると同時、加速した拳が天使を穿つ。


 夢斗と天使が交錯する。

 拳を振り切った夢斗が、残像と共に天使の背後へと降り立つ。

 二発目の暗黒加速拳は、手応えがなった。


「人間の肉体には限界があります。二度目は効きません」


 殺戮の天使は、二度目の暗黒加速拳をいなしたようだった。


(いや。いなしたんじゃない。もっと別の……)


 確かに拳は直撃した。ダークアクセルフィールドによる全身の加速を伴って、衝撃を与えたはずだ。

 しかし夢斗の拳には、一発目のような破壊の感触はなかった。

 柔らかい布のような感触だけが残っていた。


「あなた方の世界の言葉では『暖簾に腕押し』、というのでしょうね」


 天使が冗談をいう。

 夢斗の世界の言語を瞬時に理解しつつ、冗談まで放ってくる。

 会話を重ねるごとにわかる。

 天使種族だけあって、生物としての次元が高位なのだ。


(こちらを見透かしているみたいだ)


「それはそうです。すべてわかっています。天使なのですから。おっと、また心を読んでしまいましたね。失礼しました」


 天使は相変わらず黄緑色の臓物をぶちまけている。ダメージがあるはずなのに羽はピンピンしているし宙にも浮いたまま。天使の奇妙な余裕が、夢斗を焦らせる。


「何故二発目以降、あなたのダメージを無効化したのか教えましょうか。それは『理解』をしたからです」


 理解しただけではダメージがなくなるなどあるのか? 

 回避の方法だとか、受け身の方法だとかならまだわかる。


 だが殺戮の天使は『ダメージを無効化』といった。

 『理解』程度でダメージが無効などあるはずがない。


「打ち込み続けるだけだ」


 暗黒加速拳には回数制限がある。

 一日二発が限度だったが、今は四発まで撃てるようになった。

 技もこれしかない。全力で殴り合うことしか夢斗にはできない。


 拳を構える。

 殺戮の天使は夢斗の中身を覗き見るように、視線を向ける。


「いまの攻防でまた少し、あなたのことがわかりました。憑依炉心を宿した人間なのですね」

「憑依炉心を知っている……?」


(夢斗さん。危険です。解析が完了しました。殺戮の天使は〈概念攻撃〉を行います)


 ロココが警告を告げるが、殺戮の天使は絶妙に夢斗の興味を引いてくる。


「あなたに宿っているものは〈上限値解放炉心〉ですね」

「……他にも炉心があるとでもいいたげだな」


「〈炉心〉は迷宮に散らばり、今ある世界の〈外側の概念〉を封じ込めた遺物と聞きます。天使にとっても外側の世界のものですが、よりよい研究対象といえます。しかし〈上限値解放炉心〉とは……。はずれを引きましたね」


(夢斗さん……)

「大丈夫だ。煽りには乗らねーよ」


 天使はなおも語る。


「〈上限値解放〉など。役割が決まっている我々にしてみれば無用の長物です。何故なら成長する必要がなく完成されているのですから」


「完成、ね。なら俺はお前を台無しにしてやろう。芸術品を壊すハンマーのようにな。壊れれば、いやでも不完全さを思い知るだろうさ」


 拳を握り、三度目の暗黒加速拳を放つ寸前。

 天使から零れた黄緑色の臓物に見えたものが、ヴェールのように周囲を舞った。


(夢斗さん。まずいです)


 ロココに言われ拳を押しとどめた。

 殺戮の天使は何かを呟き始める。


「概念指定攻撃・斬撃・人間・32分割」


 黄緑色の臓物はヴェールの布のように、ひうんひうんと周囲を舞う。

 やがて天使から生えた黄緑色の臓物は、ヴェールのリングとなる。円となった臓物はやがて、光波のエッジとなり襲い来る。


 夢斗の眼前に、32の臓物の光刃が迫る。

 危険を察知したのは、背後にいた真菜だった。


「夢斗君、危ない!」


 真菜が〈糸〉を操りふたり目の探索者の死体を使役(ネクロマンシー)する。

 夢斗の眼前に死体が〈盾〉となって現れる。天使の臓物が32の刃となって夢斗の眼前に飛来。

 直撃する寸前、真菜の使役する死体に直撃。バラバラにした。


「……た、助かったよ」

「気にしないで。でもこれで、防御は終わり。避け続けるしか無い」

「ロココ、頼む」


 夢斗と真菜の脳内で力の共有していたロココが上限値解放を発動。


(【動体視力】、【反応速度】の上限値を開放しました。次の攻撃までは避けられるはずです)


「すごい……。これが上限値解放」

(気休めですよ、真菜さん。弱点を探しましょう)


 真菜とロココが会議する間に、夢斗は畳み掛ける。


「三度目だ」


 殺戮の天使は歯をむき出しに、悠々と笑みを浮かべる。


「科学世界だけあって適応が早いですね。しかし概念そのものを操作する私には決して勝てません。概念指定攻撃・爆撃……?!」


 天使の機先を制して、夢斗は三度目の暗黒加速拳を発動。ダーク・アクセルフィールドを展開し、天使へと打ち込む。


 黄緑色のヴェールが天使を囲む。

 拳を打ち込む寸前、天使が呻く声を聞いた。


「概念指定・打撃防御」


 暗黒加速拳を打ち込み、三度目の打撃と交錯の後、夢斗は天使の呟きからすべてを理解した。


「二度目以降攻撃が通用しないのは。打撃の概念を無効化していたからか」

「理解が早いですね。ぜひ絶望もご理解して頂いきたいものです」


「いや。今お前は呻いていたな。概念だ指定だとよくわからんことを言っているが。条件があるんだろう?」


 天使は笑っていた。

 夢斗も笑みを浮かべる。


 概念指定攻撃・斬撃の光刃が走る。

 夢斗は上限値解放された反射神経で見切っていた。


「普通の人間なら、今ので終わりです。何故、避けれるのです? 何故、私の『理解、把握』した戦闘スピードを凌駕するのです?」


「どうやらお前は『理解し把握』したものにしか当てられないようだな!ならばこっちだって相性は悪くない。『成長』をすることで、お前の想定をズラしてやる」


「忌々しい。人間ならば、すでに戦闘は終わりのはずなのに……」


 虚無君だったことが、ここにきて生きていた。

 天使は『絶望』だのなんだの言ってくるが。 


 かつての夢斗にとっては、そもそも毎日が絶望だったのだ。

 殺戮の天使に圧倒された程度の絶望では、夢斗のパフォーマンスは落ちない。


(それでこそ、です)


 ロココが何かを察してくれる。


「ああ。絶望してからが第2ラウンドだよな」


 夢斗は不敵な笑みを浮かべ、拳を握った。


――――――――――――――――――――――――――

スペース

天使は無効耐性、必中、即死攻撃持ちですが、反射神経の上限値解放で天使の想定をズラすことで『必中』を回避して闘えてます。

「熱くなってきたな!」、と思って頂けたら☆1でいいので☆評価、コメント宜しくお願いします。https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews




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