第45話 拳と糸


 殺戮の天使は、記号のような顔を歪め、にちゃりと笑う。


「『絶望をしない』と口に出すだけでは気持ちの問題です。現実は超えられません」


 夢斗も負けじと天使に煽り返す。


「臓物をぶちまけているのはお前。ピンピンしているのは俺だ。つまりしゃべっているだけなのはお前で、わからせているのは俺だ」

「……」


 天使が口をつぐんだ。レスバは勝利だ。

〈概念指定攻撃〉を攻略する糸口は見えないが、精神的に圧倒だけしておく。


「……減らず口を叩けなくしてあげましょう。概念そのものの押し付けによってね。〈概念指定・爆撃〉」


 天使が掌を夢斗に向ける。夢斗の眼前で爆撃が弾けた。


「ぐううぅうう?!」


 直撃は回避したが、あと一メートル爆撃が迫っていたら死んでいた。


「ふむ。精度が悪いですね。人間という概念の回避能力を侮っていたか。外れだと思っていた上限値解放炉心が厄介だった、ということですか。ならば、油断はしません」


 天使からは爆撃が二度、三度、と放たれる。爆撃が逃げる夢斗のすぐ背後で爆ぜる。

 全力疾走を上限値解放しながら(50メートル走にして6秒8、6秒7と加速しながら)、攻略法を考えるも、天使の言葉が絶望を引き寄せてくる。


「攻撃範囲を理解すれば必中になるはずなのですがね。『人間の走行時の速度が何キロなのか』。『跳躍時のズレ幅がどの程度なのか……』。あなたが回避をすればするほど。人間の動きの概念を把握すればしただけ。私の攻撃は精度を高め、やがて100%になる。これが概念の使役です」


 上限値解放をして走力をあげても、やがては限界が来るということだった。


 夢斗の脳裏に絶望がよぎったとき、天使の四肢に〈糸〉が絡みつく。

 真菜の放った〈ネクロマンサーの糸〉であり、攻撃用のピアノ線だった。


「わざわざ概念を指定してるってことはさ。別々の武器で攻撃すればいいんでしょ!」


 天使の四肢にはピアノ線が巻き付いている。

 夢斗が戦っている間に、真菜は殺戮の天使の四肢を狙っていたのだ。


 攻撃用のピアノ線が引かれる。天使の丸みを帯びた四肢から「ぼしゅうっ」と黄緑色の血液が吹き上がる。


「弱い方から先に殺しておきましょうか」


 天使が振り向くも真菜はひるまない。


「やってみろよ! 私たちの動きに合わせて命中率を上げてきてるなら……。とっととやっつけるしかないってことでしょ!」


「真菜……。無茶だ!」


「私は斬撃。夢斗君は打撃で。ふたりで一気に、攻撃すればどっちかは通るはずだよ」


 真菜の指摘はもっともだった。

 夢斗が打撃で、真菜が糸の斬撃で同時に攻撃すれば【概念指定・防御】をすり抜けてダメージが通るはずだ。


「君も、覚悟が決まってきたな! 俺が〈打撃〉で。君は〈斬撃〉で。だな!」

「誰かさんの真似をしただけ!」


 活路が見えてきた。

 ふたりは天使を挟みながら移動しつつ、挟撃の体制となる。


「同時にやるぞ」

「オーケー。ふひひ。なんだか。死にかけなのに私たち……」

「ああ。息が合ってる」


「――琴糸操術」

「――暗黒加速拳」


 真菜は糸を揺らめかせ、殺戮の天使に絡める。〈琴糸操術〉はピアノ線で絡め取り切断する技だ。直撃すれば生物をバラバラにできる威力がある。


 夢斗は暗黒加速拳の構えに入る。概念指定防御があるとわかっていても、ありったけを込める。




 ふたり同時に技を放つ瞬間。

 夢斗は殺戮の天使の異常性を理解する。


「概念指定・攻撃・全方位・光柱」


(天使は防御をしない?)


 天使は隣接世界に住まう、異なる概念の存在だ。

 命を失うことが怖いからとか、次の一手のために攻撃を防ぐとか、人間として生物としての理屈が通用しない。


(それでも攻撃はやめない。天使の〈光の柱〉はまだ俺たちの回避範囲を把握していないはず。攻撃後、真菜を回収して全力疾走すれば……)


 天使の上空真上、神殿の空を裂いて、熱量を持った光柱が降りてくる。

 殺戮の天使が歯をむき出しにして微笑む。

 悪魔以上に悪魔的な笑みとなっていた。


「人間の耐久力は把握しました。しかし回避を把握していないので当たらない。ならば人間に狙いを定めるのではなく、この神殿ごと焼き尽くせば良いのです」


 夢斗の背中に悪寒が走る。


「自分ごと? 正気か?」


「私は〈殺戮の天使〉です。何も殺戮するのは他者だけではない。殺戮対象には私自信も含まれている。私が消えれば殺戮ができなくなるだけで、殺戮のためなら自害も問わないのですよ」


 概念に準じる存在。それが天使だった。

 殺戮の天使ゆえに、殺戮のためには自らの生命をも厭わない。


 天使が頭上に手を掲げる。ふたりの頭上に満ちていた〈光の柱〉が落ちてくる。

 光の天蓋。神の鉄槌のごとき光の柱だ。


「始めから、これやればよかっただろ」


 天蓋を覆う光の柱の荘厳な光景を前に、夢斗はへらず口を叩くことしかできない。


「概念攻撃のためには、相手を知らねばなりません。光の柱があなた方の致命傷になりえるかを知る必要がありました。人間の言葉でいうなら〈接待〉が必要なのです」


 絶望に、乾いた笑いしかでなかった。

 これから神殿は〈光の柱〉で焼き尽くされる。暗黒加速拳の打撃と琴糸操術によるピアノ線の斬撃で天使を殺したとしても、夢斗と真菜は命を失うだろう。


「みちずれか。だとしても……」


 夢斗は真菜の眼前までダークアクセルフィールドを伸ばす。この光の柱から庇うことを考えての行動だった。


(夢斗さん。ダメです。真菜さんを守っては攻撃が)


「真菜を守るだけじゃない」


 ロココは夢斗の行動を制止するも、もう修正はできない。

 真菜も上空の光の柱に気づき、泣き笑いとなっていた。


「あははっ。これは私も死ぬな。でも……。攻撃は続ける!」


 真菜は〈琴糸操術〉をやめない。攻撃意思において夢斗と真菜は合致していた。

 守りに入れば負ける。

 殺される前に殺す。

 天使も同じ事を思っているだろう。


「ロココ。ダーク・アクセルフィールドの射程は、問題ないよな?」


(わかりました。夢斗さん。あなたがその気なら……(貫通力上限値解放〉)


 戦闘で限界いっぱいだった夢斗に、ロココが上限値解放を付与してくれた。


(真菜さんにはギリギリ届いていません)


「ならいい。暗黒加速拳・貫通(ペネトレイト)」


 殺戮の天使が真菜の〈琴糸操術〉の斬撃を受ける。

 天使の身体は無傷。無効化されたのは斬撃だった。

 ならば拳は通る。


 夢斗は、加速する拳を構える。上空からは光の柱が落ちてくる。息さえ焼き付く中、夢斗は暗黒加速拳を放った。


――――――――――――――――――――――――――

スペース

闘ってばかりですが、現在パルパネオスが科学世界にパフェを食べに行く話を書いているので、そのうちほっこり回もあると思います。

「ペアでのバトルもいいね!」、と思って頂けたら☆1でいいので☆評価、コメント宜しくお願いします。https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る