第六章【ぼっちなネクロマンサー】

第37話 上限値解放炉心、ハイになってしまう


 真菜の肩を借りながら街を歩く。


『警告。活動限界です』


 弱った夢斗の心の中でロココが警告を発していた。メンタルが曇っていたので、心の中でロココに応じることもままならない。


『活動限界値を上限値解放した場合、夢斗さんの体内のバランスが崩れるおそれがあります。いますぐ栄養補給を推奨します』


(……それって。ハイになるってやつ? 弱っちまったからハイになりたいくらいだよ)


『ハイというものはよくわかりませんが。とにかく栄養は必要です。精神と肉の部屋から〈キラキラ肉〉を召喚します。急いで食べてください』


(待ってくれ。真菜にはゲートや召喚は知られたくない)


『では、物陰に移動してください』


 ロココに促されるまま、夢斗は真菜から離れる。


「夢斗さん。どこ行くんですか? 衰弱しているんじゃ……」


 無理やり真菜から離れ、路地裏にうずくまる。

 ロココのいうとおり、キラキラ肉を食べるのが先決だった。


『お腹からゲートを生み出します』


 夢斗は背中を丸める。

 お腹にゲートの渦が現れ〈キラキラ肉〉がでてきた。


「夢斗さん……。え?! お肉?!」


 真菜が覗き見ると、夢斗は路地裏でしゃがみこみキラキラ肉を頬張っていた。


「……無性に『お腹に隠し持っていた干し肉』を食べたくなったんだ」

「……そう。『お腹に隠し持っていた干し肉』を……!」


 苦しい言い訳だが通ったようだ。


「なんか、キラキラしてないですか?」


 だがキラキラ肉の輝きだけは隠しきれない。

 さらに言い訳を重ねてみる。


「人は肉を食べると輝くものだろ?」

「物理的に輝くわけはないと思うけど……」

「超再生してんだよ。超再生!」

「そっか。超再生なら、仕方ないね!」


 真菜はわかってくれたようだ。立ち上がり、街を歩こうとすると真菜がまた肩を貸してくれた。


(もう回復して歩けるから、ひとりで歩けるって言いたいが。いきなり元気になっても怪しまれるよな)


 今まで衰弱していたのにいきなり歩きだしたら奇妙だ。夢斗は真菜の肩を借りることに甘んじる。


(これは、仕方がない。仕方がないことだ。女の子に甘えたいわけじゃない……。はずだ!)


 健康な思春期男子なので、無理やり自分を納得させた。


「ところで疑問なんですけど。夢斗さんはどうやって、ドームに入ったんですか?」


 真菜はもっともな疑問をぶつけてくる。


「気合いで全身を押しつけて、進みまくったら壁が破れたんだ」

「ふふ。疲れてるのに。冗談はいえるんですね」


 嘘は言っていないのだが、冗談だと思われてしまった。

 迷宮隔離領域〈ディバイド・エリア〉を形作る〈透明なドーム〉は、街に被害を及ぼさないため【戦車砲弾でも割れない強化ガラス並み】の硬度だ。

 人間が突っ込んで通れるわけはない。


 ロココのハッキングによってドームの壁を柔らかくして貰っていたにしても、夢斗の行動は無茶苦茶だったのだ。


「見えてきたよ。入るの初めてだけど。手近なところ、ここだけだったから」


 街の脇道に入り、真菜はホテルの前で立ち止まった。


「いや。ここラブホ」


 目の前には綺羅びやかなホテルの看板があった。

 夢斗の心臓がばくばくと跳ねる。


「休まないと駄目ですから。背に腹は代えられないです」

「いやいや……。俺は陰キャだよ。ラブホに入る資格なんて」

「ラブホに入るのに資格はいりませんよ?」


 疲れすぎたせいか、思考がおかしくなっている。

 そうだ。ラブホには誰でも入れる。


「でも。俺なんて……。俺なんてよぉ……」

「闘ってるときはあんなに格好良かったのに。しっかりして。あなたは英雄なんです」



「疲れるとメンタルも弱くなっちまう。ガラスの英雄だよ。ふふ……」

「肩を貸したらわかりましたけど。夢斗さんは打撲に骨折。全身ボロボロです。糸の治療やヒールが必要なんですよ」


 ふと違和感を感じる。なんだろう。

 喉の奥に棘が刺さったような違和感が、彼女から滲んでいる。


「恥ずかしがってるなら、置いていきますよ!」

「それは困る。入ろう。俺を治療してくれるんだろう? とっとと行こう。こういうのは勢いが大事だ」



 夢斗は即断即決し、真菜の手をつかんだ。

 彼女の頬が赤らむ。


「まったく。ヘタレなのか強いのかよくわからないです」


 キラキラ肉を食べて疲労が回復したから、同時にメンタルも回復したのだが……。

 まあ細かいことはいいだろう。

 真菜と夢斗は、煌めいた外装のホテルに突入した。




 ホテルの一室で、ふたりはベッドに隣あって座る。


「骨折はヒールで治療しました。腕が切れていたのでここも縫っておきました」

「ありがとう」


 右腕をみると、糸で縫われていた。

 右腕に裂傷ができていたのは暗黒加速拳の衝撃のせいだろう。

 圧倒的な威力だが、自分へのダメージも考慮しなければいけないようだ。


「治療して思いましたが不思議な体ですね。腕が裂けていたのに、血がカサブタになっていた。ありえない回復速度です」

「男の子だからな。たまに人間離れするんだ」

「人間離れどころか、人間やめてません?」


「なぁ。そろそろ敬語やめね?」


 提案すると真菜も乗ってくる。


「いいねぇ。なんだか慣れてきたからね」


 隣り合いながら、見つめ合う。

 目と目が合う。鼻先が触れそうなほど近くなる。


「シャワー、浴びてくるね」


 真菜はひとりシャワーに向かった。

 とたんに夢斗はすさまじい緊張に見舞われる。今までは治療の流れだったからなんとか耐えられたが、なんだか良い雰囲気になってしまった。


(ドキドキしすぎて心臓にヤバいな……)


『夢斗さん』


 真菜が去ると今度はロココが話しかけてきた。


「うわ、びっくりした!」

『私はいつも、あなたの中にいます』

「ある意味ホラーより怖いよね」

『恐縮です』


 ムードがいいのに話しかけてくるなんて、ひどい精神炉心だ。


「悪いがロココ。良い雰囲気の時は引っ込んでてくれよな」

『大変です。上限値開放の項目が、次々にアンロックされています』

「なんだって?」

『活動限界に達したことで、夢斗さんの中にいる私自身のバランスが崩れ始めました』


「さっきも言ってたけど。それを防ぐためにキラキラ肉を食べて回復したんだろ?」

『繁殖イベントの突入と心拍の上昇により、疲労度も急激に上昇。上限値解放炉心のシステムそのものが【最高にハイ】になりました』

「繁殖いうのはやめてね!」


 要約すれば、夢斗がラブホに突入、ドキドキしたことで彼の中の上限値解放炉心がバグってハイになったという。


「ロココさぁ。さっきまでハイすらわかんなかったのに。その語彙力、どこで覚えてくるの?」

『私は深層ネットにアクセスできるため、適宜人間の言葉を学習できます』


「勉強熱心で何よりだよ。上限値解放炉心がハイになったのもわかった。詳細を見せてくれ」

『以下、【現在解放されている上限値解放の状況】をお知らせします』


 ロココが夢斗の網膜投影に、情報を映し出す。

 

――――――――――――――――――――――――

スペース

後半部分開始です。癒やし枠からスタートです。

ロココも成長するにつれてネット民になってきました。筆者は可愛いと思います。


『ロココ可愛いかも……?』と思って頂けたら、☆1でいいので☆評価、コメントよろしくお願いします。https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews


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