第63話 商店街散策

 興味津々に商店街を見回していた麗華がとあるお店を指さした。


「見たことがないお店がいっぱいですわね! あれはなんのお店かしら?」


「お姉ちゃんが教えてあげよ~! えっと、ん~と、あれは~‥‥‥」


「あれは町の電気屋さんですよ。なんで潰れないのかわからないお店ランキング第二位です。電池や電球が売っていたり、エアコンの修理をしたりしてくれます」


「そ、そう! そうだった! 澪ちゃん知ってるなんて凄いね!」


「さすが澪さまですわ!」


 おっと、思わず口を出してしまった。こんなことで流石って言われてもなぁ‥‥‥。


 と、何か気になるものを見つけたのか、今度は美琴ちゃんが聞いてくる。


「じゃあ、あの色々とごちゃごちゃしてるお店はなんですか?」


「今度こそお姉ちゃんが教えてあげるよ~! あれは~‥‥‥え、あんなお店あったっけ~‥‥‥」


「あれは骨董品屋ですね。なんで潰れないのかわからないお店ランキング第一位です。ガラクタばかりに見えますけど、探せば掘り出し物が見つかるかも?」


「なっ‥‥‥。み、澪ちゃん、お姉ちゃんも知らないことを‥‥‥」


「すごい! 澪ちゃんはモノ知りさんだね!」


 う~ん、むず痒い! こんなこと、市井に住んでいれば誰でも知ってることだし。


 それから柚葉さん、さっきからなんかごめんなさい。


「ちなみに、そのなんで潰れないのかわからないお店ランキングの三位と四位はなんですか?」


「あそこにある布団屋と金物屋です。ほんと、お店に人が入ってるのをほとんど見ないのに潰れないのが不思議ですよねぇ」


「私は澪さまが商店街にそこまで詳しいことが不思議なんですが。よくその布団屋と金物屋の場所がわりましたね?」


「——はっ!? そ、その、たまたま! たまたま指した場所が当たっただけですよ! わぁー、びっくりだぁー」


「ふーん、私はてっきり内緒で来たことがあるのではないかと」


「や、やだなぁ、そんなわけないじゃないですかー」


 じとーっとした目を向けてくる紗夜から全力で目を逸らす僕。


 言い訳としては苦しいけど、ここで認めるわけには行かない。紗夜の知らないところで、一人で来てたのがバレたら怒られるに決まってる。


 ひゅーひゅーと口笛を吹きながら誤魔化していると、ふと、どこからか小腹の空く匂いが漂ってきた。


「なんだかおいしそうな匂いがしますわね」


「ほんとだ、ちょっとお腹すいちゃうね‥‥‥」


「ふっふ~、気づいたようだね二人とも! この匂いこそがここに来た目的、お肉屋さんのコロッケだよ~!」


「‥‥‥へぇー、あれが澪さまが言ってたコッロケですか」


「そ、そんなこと言ったかなぁー、覚えてないにゃあ‥‥‥(汗」


 みんなもコロッケを揚げる匂いに気づいて、柚葉さんに連れられてお店の前に向かう。


「さっそくみんなにはコロッケを買ってもらいます! ちなみにここのコロッケの味と安全はお姉ちゃんが保証するから安心してね~!」


 みんな、屋台で食べ物を買って食べたことなんてないだろうからね。もしかしたら抵抗があるかもしれないけど、柚葉さんがそう言うなら信頼できるだろう。


「それではわたくしが買ってきますわ!」


 いつも通り「ここはわたくしの出番ですわ!」と、麗華がお肉屋さんに一歩進みでる。


 その時、柚葉さんの目がどこか試すような色になった気がした。


 すっかり忘れてたけど、そういえばこれ庶民度を測る試験だったっけ。


 いったいコロッケを買うくらいで何を試すのか? さすがの麗華も初めてのおつかいじゃああるまいし。


「おばあさま! わたくしにコロッケを譲りなさい!」


 おぉ‥‥‥言い方が客じゃない、お嬢様だ。‥‥‥お嬢様か。


 しかしそこは年の功か。こんな傍から見ればおかしな客などいくらでも見てきたのだろう。おばあさまは特に気にすることなく普通に接していた。


「あいよぉ。一個七十円さね」


「あら、随分とお安いのですわね。‥‥‥あら? クレジット端末機はどこですの?」


「んあ? くれじっと? なんだいそりゃぁ」


「なんだって、カードですわ!」


 あっ‥‥‥。もしかしてだけど麗華、カードでしかお買い物したことないのかも。それで、こういうところでは現金しか使えないことを知らなかったり?


 美琴ちゃんもそのことに気が付いたのか、麗華に後ろから耳打ちしている。


「‥‥‥れ、麗華ちゃん。もしかしたらここ、現金しか使えないのかも」


「なっ、現‥‥‥金‥‥‥ですわ‥‥‥」


 いや、ショック受けすぎでしょう! そんな、まるで現金を初めて聞いたかのような‥‥‥え? さすがにそんなことないよね?


 しかし、どうも麗華も美琴ちゃんも現金は持ってないっぽい。さっきまで自信満々だったのに、途端におろおろし始めた。


 でもよく考えてみれば、両親からカードを貰ってれば現金なんか使わないか。そもそも普段こんなところになんて来ないもんね。


 もしかしたら柚葉さんはこのことを見越してたのか? いつ気づくのか試していたのだろうか?


 しょうがない、それならここは僕が出すとしよう。


「みんな、よ~く覚えておいてね~。庶民たるもの現金を——」


「すみません、コロッケ五個ください」


「あいよぉ、350円だよ」


 ん? 柚葉さん、何か言いかけた? まぁ、いいか。


 僕はおばあさんに500円玉を渡して、お釣りの150円を受け取る。


 お釣りを財布に入れておばあさんがコロッケを紙に包むのを待っていると、すぐ近くから柚葉さんの視線を感じた。


「‥‥‥澪ちゃん、なんだか手馴れてない~?」


「ゆ、柚葉さん! そ、そんなことないですよ?」


「ほんとかな~? ここに来てまでお姉ちゃんのイイところ、全部澪ちゃんに取られてる気がするな~」


 あ、怪しまれてる‥‥‥。よく見たら紗夜もまたじとーっとした目を向けてくるし、美琴ちゃんも困惑してるし、麗華は‥‥‥なんかキラキラしてるけど。


「もしかして澪ちゃん‥‥‥」


「‥‥‥ごくり」


「お姉ちゃんと同じで、庶民の生活に興味あったの~!?」


 あ、なんか大丈夫ぽい。


「じ、実はそうなんですよねぇ~! あはあは!」


 そんな風に誤魔化している間にコロッケを包み終わり、おばあちゃんが手渡してくれた。


「はい、おまちど——って、あんた澪ちゃんかい?」


「——っ!?」


 ば、ばれた!? いつもここに来る時はジャージだし、髪型も下ろしてて、何より完璧なお嬢様に徹してないから大丈夫だと思ったのに。


「おやまぁ、いつもと違う服だから気づかなかったよ! それは制服かい? よく似合ってるじゃないか」


「あ、あはは‥‥‥。ありがとう、ございます」


「そうだ! 澪ちゃんにはいつも世話になってるからね、一個おまけしとくよ」


 そう言って、おばあちゃんは追加でコロッケを手渡してくれた。


 すると僕たちの会話が聞こえていたのだろう。隣のたい焼き屋のおじさんが大声で僕のことを呼んでしまった。


「おぉ! 澪ちゃんじゃないか! こんな時間に珍しいな! どれ、せっかくだから一個もってけ!」


 それが呼び声だった。


「なぁに? 澪ちゃんだって!?」


「ほら、これも持ってきな!」


「いつも手伝ってくれるお礼だから、気になさんな」


「あんたのおかげで商店街も華やかになったからね。遠慮するんじゃないよ」


 おじさんの声を聞いた商店街の人たちが次々と僕のもとへやって来て、軽い人混みになってしまう。


 親し気に話しかけてくると、屋台の食べ物だけでなく野菜や果物まで手渡されて、僕の両手があっという間に塞がってしまった。


 ちゃんとお礼を言って一人ひとり対応していると、しばらくしてそれぞれの持ち場に戻ったのか落ち着いてくる。


 突然のことにポカンとしていたみんなは少し離れたところでこっちの様子を伺っていた。


 最後の一人と別れた僕は、ちょっと顔を引きつらせながらみんなのところに向かった。


 そこにはジトッとした瞳をいつもよりジトジトさせて、チベットスナギツネみたいな顔になって仁王立ちをする紗夜の姿が。これはもう、誤魔化せないよなぁ。


「あ、あはは‥‥‥」


「澪さま、どういうことか説明してもらいます」


「お、お手柔らかに‥‥‥」


「澪さまは、いつこの商店街に来ていたんですか?」


「実はですね‥‥‥」


 もう誤魔化しきれないと思い、僕はこの商店街に来ていたことを白状することにした。ちなみに、反省の意を示すため近くにあったベンチに正座させてもらってます。


「いつも朝にランニングしてるじゃないですか。その時にここまで足を延ばしてまして‥‥‥」


 もちろん、魂が庶民なんです!なんてことは言えないけれど、それを抜けばそんなに複雑な理由があるわけじゃない。


 いつもランニングしている時に、たまには気分転換で懐かしい景色を拝みたいと思ってここまで走ってきただけだ。


 その時に早起きな商店街の皆さんと会って、挨拶したり、回覧板を届けたりといったちょっとした頼みごとを引き受けてるうちに仲良くなったのだ。


「決して危ないことをしていたわけじゃないんですよ! 黙ってたことは悪かったなとは思ってますけど‥‥‥」


「‥‥‥」


 うぅ‥‥‥。目が、紗夜の目が超なにか言いたげだ‥‥‥。


 だけど負けない。ここは僕も上目遣いで媚びる。


「だからその、お母さまたちには黙っておいてくれませんか‥‥‥?」


「‥‥‥」


「お願いっ♡」


「‥‥‥」


「ほ、ほらこれ、たい焼きあげますから」


「‥‥‥」


「わ、分かりました。内緒にしてくれたら、紗夜の言うことなんでも一つ聞いてあげますから」


「‥‥‥ほぅ」


 僕がそう言った瞬間、ジトジトだった瞳がキランと光った気がした。同時に背筋がブルっとする。


「いいでしょう。そこまでおっしゃるのなら奥様たちには秘密にしておきましょう」


「ほんとですか!」


「えぇ。そのかわり、約束は守ってもらいますからね——ジュルリ♪」


「わ、わかってます‥‥‥」


 ま、まずい。もしかして何でも言うこと聞くは早まったか?


 僕は止まらない冷や汗を流しながら立ち上がろうとする。


「なに、立とうとしてるんですか」


「え‥‥‥。ゆ、許してくれたんじゃ‥‥‥?」


「それとこれとは別です。澪さまにはご自分の立場の危機感が足りないようなので、それを自覚して頂きます。いいですか、護衛も無しに——」


「ふぇぇ‥‥‥」


 それからみんなが止めてくれるまで、紗夜からのお説教が止まることはなかった。

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