第52話 仲良し作戦 成功!



 ふらふらと水道の影にやって来た僕は、見えるところに誰もいないことを確認してから、どの場にどっかりと腰を下ろした。


 どうやら自分でも気づかないうちに無理をしていたみたい。心臓がバクバクと嫌な音をしているのを感じる。


 別にどこか苦しかったり、痛かったりするわけではない。ただちょっと息がしずらいというか、身体が思うように動かないというか。


 今までも何度かこういうことはあったし、少し休めばすぐに治るから大丈夫だろう。


 ただ、こういうところをみんなに見られると余計な心配をさせてしまうので、こうして少しだけ隠れに来ただけだ。


 特に紗夜にバレると大袈裟に捉えてすぐにドクターヘリを呼ぼうとしてくるから困る。


 そんなのがいきなり学園にやってきたら誰もが何事!?って思うだろうし、絶対に気づかれないようにしないと。


「ふぅ‥‥‥落ち着いてきた」


 段々と身体がいつもの調子に戻ってくるのを感じる。もう少ししたらみんなのところに戻っても大丈夫だろう。


「それにしても、さっきの九条さん凄かったな‥‥‥」


 まさに50m走で挑んだのは無謀だったんだろう。


 スタートダッシュはロケットスタートで九条さんより前に出れてた。


 中盤では足の長さによる一歩の距離で追いつかれて徐々に差を広げられるも、ついていけてたと思う。


 終盤に入る前には、美琴ちゃんの声が聞こえて、天使の美琴ちゃんパワーで九条さんに追いつけたはずだ。


 しかし本当に最後のもう一息といったところで九条さんの姿が消えていて、気が付いたら先にゴールをされていた。


 あの時は本当に何が起こったのか分からなかった。


 九条さんの底知れなさは感じてたけど、まさか手も足も出せないなんてね。


 あれが”金色の令嬢”九条輝夜‥‥‥か。


 というか、あんなに凄いなら普段からもっと本気でやればいいのに。そうしたら、たとえギャルだとしても慕ってくれる人の一人や二人は簡単にできるだろうに。


 それに、走り終わった後に見せてくれた笑顔。初めて九条さんが笑ったところを見たけど、いつもの仏頂面がほぐれて綺麗だった。普段からそうしてればいいのに。


「そしたら九条さんがぼっちになることも‥‥‥って、僕がそんなこと考えても仕方ないか。‥‥‥九条さんに嫌われてるし」


 うぅ、なんか自分で言って悲しくなってきた。


 でも、勝負で負けた時の約束はそういうことだよね‥‥‥。強引にしたのがよくなかったのかなぁ‥‥‥。たぶんいつも冷たい態度なのも嫌われてるからだろう。


 思わずズーンとした気持ちになって俯いてると、視界に影が差した。さらに上から声が聞こえてくる。


「ここにいたんだ」


 顔を上げると、そこには輝く金髪を陽に煌めかせた美女の姿が。


「九条さん‥‥‥」


 その立ち姿のあまりの美しさに見惚れそうになる。


「何してるの?」


「‥‥‥あっ! え、ええっと、少し休憩を‥‥‥。でも、もう休んだので戻りますね!」


 ちょっと気まずい。


 流石に嫌われてるって分かってる人と一緒にいれるほど僕は図太い神経をしていないので、慌ててみんなのもとへ戻ろうとする。


 けれど、何故か腕をとられて止められた。


「ちょっと待って」


「九条さん? ‥‥‥え?」


 振り返ると、九条さんの手が迫ってきて、そのままピトッと首に当てられる。


「脈が速い。あんた、無理してるでしょ」


「え‥‥‥。い、いえ! それは走ったばかりだからで‥‥‥」


「それだけじゃない。さっきからずっと心臓の音が一定じゃなくて不自然。うち、耳がいいから聞こえるんだよね」


 嘘だろ‥‥‥? 心臓の鼓動を聞き分けられるほどって相当だぞ?


 僕が驚いてると、九条さんはさらに畳みかけるように口を開く。


「それにあんたの病気のことも知ってる。それが原因なんじゃないの?」


 スッと指で指されるのは僕の左胸。つまり心臓。


 まじか‥‥‥。なんでバレてるのかわからないけど、ここまで断言するってことは本当に知ってるんだろう。そうなるともう誤魔化すのは無理か。


「えーっと、ちょこっとだけ?」


「はぁ‥‥‥」


「あ、でも! もう大丈夫ですから、さっそくみんなのところに戻って~‥‥‥って、九条さん? なにしてるんですか?」


「何って、ほら。保健室まで送ってくから」


 そう言って、九条さんはしゃがみこんだ背中を向けてくる。‥‥‥いやいやいや!


「大袈裟ですって! それにもう本当に大丈夫ですから!」


「うちの耳は大丈夫に聞こえないけど」


「ぐぅ‥‥‥」


「はぁ‥‥‥。いいから、こういう時は黙って乗る。どこかで倒れられたら寝覚めが悪いでしょ」


「‥‥‥分かりました。ありがとうございます」


 そこまで言われると無下にすることもできなくて、僕は恐る恐る九条さんの背中に身体を預ける。


 しっかりと僕が掴まったのを確認して、九条さんが立ちあがった。そのままゆっくりと僕を気遣うように歩き始める。


 いつもより高い視界に身体が少し強張るけど、後ろで支えてくれる九条さんの腕が安心感をくれる。


「あの、このことはみんなには‥‥‥」


「分かってる。後で適当に誤魔化しておくから」


「‥‥‥はい」


 なんというか‥‥‥。


 いっつも冷たくしてくる一匹狼なのに、こういう時に優しくされたら‥‥‥惚れてまうやろっ!


 まぁ、それは一方的な片想いで叶わぬ恋になりそうですが。‥‥‥僕、嫌われてるしね。


 というか、そうだ。今日のこと九条さんに謝らなきゃ。


「九条さん、今日はごめんなさい」


「なにが?」


「その、強引に連れだすようなことをして‥‥‥。九条さんが僕のことを嫌ってるのは感じてたんですけど、それでも仲良くなりたくて」


「‥‥‥別に、もう嫌ってない」


「え‥‥‥?」


「あんたのこと、嫌いじゃないって言ったの。何度も言わせないで」


「でも、勝負の時の約束は‥‥‥」


「あれは‥‥‥ベタベタされるのが好きじゃないから‥‥‥」


 前を向いたままだけど、視線を逸らすようにそう言う九条さん。


 え、本当に? 僕、嫌われてたわけじゃないの?


 最初はポカンとしていたけれど、じわじわとその実感が湧いてくる。


 でも、そっか。嫌いだったらこうやって気遣っておんぶしてくれたりしないもんね。


 思わず嬉しくなって、九条さんに回した腕に力を込める。


「ぎゅ~っ!」


「おい! そういうのがよくないって言ってるの!」


「え~、でも嬉しくて! 僕、九条さんに抱き着いてみたかったんです!」


「やめろ! 誰かに見られたら勘違いされるでしょうが!」


「勘違いって、どんなですか? 仲が良いとしか思われませんて」


「だから、うちらはそれがよくないんでしょう!」


「うん? なんでですか?」


「‥‥‥。このあんぽんたんが!」


「あんぽ‥‥‥っ!? そういう九条さんはボッチじゃないですか!」


「うちはボッチじゃない!」


「いやいや、今回僕が誘わなかったから九条さんはボッチで体力テストすることになったんですよ?」


「うちは一人でもできたし! 一人が好きなの!」


「それがボッチって言うんですよ」


「ボッチじゃない!」


 この後も散々九条さんと言い合いながら僕は保健室まで連れていかれる。


 なんだかんだ言いながらも、最後までおぶってくれたことに九条さんの優しさを感じて嬉しかった。


 それに今までで一番話したし。まだ友達って呼べるかはわからないけど、少しは仲良くなれただろうか? 


 そうだったら、当初とは違う思わぬ形だけど九条さん仲良し作戦は大成功だ。やったね!


50m走記録


澪『6.47』 紗夜『7.12』 麗華『9.00』 美琴『11.4』 輝夜『5.95』

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