第40話 身体測定 嵯峨知真理

 


 藤ノ花学園の身体測定は、様々な例に漏れず少々他の学校と比べて特殊である。


 学校の身体測定と聞けば、普通は身長と体重を測るくらいだろうが、藤ノ花学園はさらに踏み込んでバスト、ウエスト、ヒップのスリーサイズや肩幅、胸の位置、背丈などかなり細かく測る。


 もちろん必要だから測るのだが、ならなぜ測るのかというと、ドレスを見繕うためである。


 藤ノ花学園では学園行事として年三回、学期末に舞踏会が学園主催で開かれるため、そこで着るドレスを作るのだ。


 これは主に普段はドレスなど縁のない外部性向けの措置ではあるが、だからといって内部生にだけ何もなしというのは学園として示しがつかないのだろう。


 そんなわけで、先ほど述べた項目を正確に測るには下着姿になる必要がある。そのため採寸を担当する人も信頼のおける者が選ばれるのも当然である。


「これで身体測定は終わりです。速やかに体力測定に向かいなさい」


 嵯峨知真理さが ちまりもその一人だった。


 嵯峨家の家格は大臣家であり、清華家の一つ下、つまり堂上家の中でもかなり高い家格だ。そして近衛家の傘下でもある。藤ノ花学園の身体測定の採寸係に選ばれても不思議ではない。


 しかしその知真理の様子は少し不機嫌そうだった。


 知真理は今年で23歳。大学を卒業して近衛財閥傘下の服飾店に入社した新入社員である。


 これからバリバリ働くぞ!と、新人特有のやる気を見せていた知真理であったが、初めて個人に任された仕事が、学生アルバイトでもできる学園の測定係であったのことに不満を感じていた。少し選民思想が高いこともその不満に拍車をかけている。


「次の方、どうぞ」


(はぁ‥‥‥なぜ私がこんなことを)


 思わず胸中で愚痴をこぼす。自分は近衛門流・大臣家の嵯峨家長女、嵯峨知真理だ。こんなところで学生相手をしている暇などないというのに‥‥‥。


 しかしそんなどうしようもない愚痴は、次にやってきた人物が現れたことで吹き飛んだ。


「あれ? 知真理さん、こんにちは」


「み、澪様!?」


「先日ぶりですね」


 そう言って微笑みかけてくるのは、嵯峨家の主にあたる近衛家の長女、近衛澪さま。その後ろから付き人の鷹司紗夜さまもやって来る。


 この三人は近衛派閥の子女の中でトップスリーに当たると言っても過言じゃない。少し歳は離れているため紗夜のようにベッタリというわけではないが、幼馴染みたいなもので小さいころからの知り合いだ。


 二人が来たのを見て、知真理は決して自分が蔑ろにされているわけではないことに気づいた。


 澪さまの胸に傷があることはあまり知っている人はいない。近衛家の奥方があまり広まらないようにしているようで、限られた者だけが知っている。


 だからこそ知真理が信頼されて選ばれたのだろう。きっと数ある測定ブースの中から澪が知真理のところに来たのも偶然ではあるまい。


(な~んだ、そういうことでしたのね!)


 自分がここに呼ばれた真理に気づき、知真理は不満を吹き飛ばすと、とたんに上機嫌になる。


「それではさっそく始めさせていただきます。靴と靴下を脱いでこちらに直立してください。お足元、失礼します」


 さっきとは打って変わった恭しい態度で、澪から靴を丁寧に脱がす知真理。


「身長165㎝、体重47㎏です。‥‥‥鷹司さまは145㎝、35㎏ですね」


 記録用紙の身長と体重の項目に記録を書こんだ。次はバスト、ウエスト、ヒップだが。


「澪様のスリーサイズは先日の記録を覚えていますので、それを書いておきますね」


 ほんの数日でドンとサイズが変わることはないだろう。わざわざ今ここで改めて測る必要なないと思いそう言うと、澪もそれならと頷いた。


「それでいいならお願いしま——」


「ダメです」


 しかし否!という者が一人。紗夜である。


「澪さまの身体は一日経つことに変わっているはずです。それが例えミリ単位であろうと、余すところなく測らなくてはなりません」


 そう強く主張する紗夜だが、澪と知真理は困惑しきりだ。


「そんな大袈裟な‥‥‥」


「大袈裟などではありません。嵯峨さま、私にメジャーを。澪さまは脱いでください」


「‥‥‥紗夜、なんだか興奮してません?」


「してませんよ? 私は冷静です。さぁ澪さま、脱いでください。それとも一人で脱げませんか? 私が脱がして差し上げましょうか? さぁさぁさぁ」


「ちょちょちょ! わかった! わかりましたから、一人で脱げます!」


「私が澪さまの記録を測るので、嵯峨さまはしっかりと記してくださいね」


「は、はあ」


 本来、測定するのは知真理の仕事だが、鷹司家の紗夜にそう言われれば知真理は言うことに従うしかない。


 澪もよくドレスなどを着るため、採寸などは慣れているのだろう。渋々とした感じながらもとくに恥ずかしがることもなく体操着を脱いで、水色の下着姿になる。


「ほおぁ‥‥‥」


 しかし知真理は澪の身体にまだ慣れてない。胸の傷なんて全く気にならないほど綺麗な澪の肢体に思わず感嘆の声が漏れた。


 知真理が見惚れていると、さっそく紗夜による澪の測定が始まる。

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