第38話 お着替え
更衣室のボックスの中は普通に洋服屋で見る試着室のような感じだった。
どうも出資者権限のある者は、ひとりひとつこの更衣室を使えるみたい。本当に至れり尽くせりだな。今回に限っては余計なお世話と言わざる得ないかもだけど‥‥‥。
いや、べつに? みんなの下着姿が~なんて邪な期待じゃないよ? 普通に仲のいい子と楽しくおしゃべりしながら着替えたかっただけというか‥‥‥その時に見えちゃうのは不可抗力だよねぇ?
‥‥‥ただ、これはこれで良かったとも思う。ほら、僕の胸には割と目立つ傷があるからさ。
僕としては誰かに見られるのは特に何も思わないけど、お母様とかはこの傷を見たらいつも悲しそうな顔するし、知らない人が見たら気を使わせちゃったりするだろうから。
だからそういうことが無いのはちょっと助かる。余計な心配とかかけたくないからね。
そんなことを思いながら、僕はパッパッパッと体操着に着替える。まだちょっと肌寒いしジャージも着ることにした。
この学園の指定の服は結構オシャレだと思う。ジャージもよくある芋ジャージって感じじゃなくて、洗練されたデザインでしかも機能性もいい。
制服もそうだけど藤ノ花学園の指定服は、聞いた話だとこの学園の卒業生である一流デザイナーが手掛けているのだとか。こういうところに出資金を使ってるのかな?
僕は最後にヘアピンを外して、髪留めで後ろ髪をまとめてポニーテールにした。普段あまり結ぶことは無いけど、運動するときくらいはね。
「うん! 可愛いかな?」
自分で言うのもなんだけど、鏡に写る自分の姿のうなじが見えるのがちょっと色っぽい。
着替え終わって外に出ると、既に麗華が着替えて待っていた。
「お待たせしまし‥‥‥た?」
「ほわぁ~、ポニーテール姿の澪さまも凛々しくて素敵ですわ~!」
そう言って瞳をキラキラさせる麗華だけど、逆に僕はその麗華の姿を見て目が点になっていた。なぜなら‥‥‥。
「あの、麗華‥‥‥」
「はい? なんですか澪さま?」
「どうしてブルマを履いているのですか?」
そう、麗華はあのムチッとした太ももとお尻のラインが際立つ、今は亡き伝説の赤色ブルマを履いていた。
誤解しないで欲しいけど、指定の体操服はブルマじゃない。だから僕は普通にハーフパンツを履いている。なのに麗華はいったいどうして‥‥‥?
僕の質問に麗華は腰に手を当てて堂々と胸を張ると、ドヤ顔でよくぞ聞いてくれましたと言った感じに答える。
「”ブルマは至高”と聞いたからですわっ!」
まさにドドンッ!って感じの背景が見えるようだった。
「そして至高と言ったらこのわたくし、徳大寺麗華ですわっ!」
次は背景に花火が見えた気がした。
「おぉ~」
僕は思わず感嘆の声をこぼして拍手する。ここまで自信満々に言い切られると本当にそう思えるから不思議なものだ。
「澪さまもブルマになりませんか?」
「遠慮しておきます」
流石にそれは断る。麗華が着るから自然に見えるだけで、僕が着たら破廉恥なコスプレにしかならない気がする。そんなので人前に出れない。‥‥‥あ、でもちょっとだけブルマを履いた僕の姿も見てみたいかも。今度一人、鏡の前で着てみようか?
「それは残念ですわ‥‥‥至高のさらに上を行く澪さまならブルマももっと輝くと思いましたのに‥‥‥」
至高のさらに上とは‥‥‥?
「そんなことないですよ。たぶん僕より麗華の方が似合ってますから」
「本当ですか! 澪さまにそう言っていただけて嬉しいですわ!」
そう言ってツインテールをパタパタ揺らして喜んでくれる麗華だけど、僕は正直、君が心配だよ。
どこからブルマが至高と聞いたのかわからないけど、それってきっと大きいお友達の意見だと思うんだ。いつか麗華がそんな大きいお友達に騙されてしまわないか‥‥‥。
結構真剣に心配していると、今度は紗夜が入ったところのカーテンが引かれた。
そしてまた僕の目は点になる。
「澪さま、お待たせしました」
「‥‥‥あの、どうして紗夜はメイド服なのですか?」
「澪さまのメイドだからですが?」
いや、そうだけど‥‥‥そうじゃないだろ!
紗夜は何故か体操服じゃなくていつも家で使っている白黒のメイド服に着替えていた。結構フリルがあしらわれてフリフリな格好はとても可愛いし似合ってるんだけど、その格好は今じゃないだろ!
ちなみに紗夜はただエプロンを付けるだけの時と、今みたいにメイド服を着る時がある。学園がある時は制服の上からエプロンで、休日はメイド服って感じだ。
今時フリフリのメイド服を着てるメイドなんてメイド喫茶にしかいないし、我が家でも家人たちは普通に私服の上にエプロン姿なんだけど、紗夜だけはガチのメイド服を着る。
どうしてか前に聞いたんだけど、「澪さまの趣味です」って返された。よくわからない。なぜそこで僕の名前を出す。
まぁ、今はそれよりもどうして体操着じゃなくてメイド服に着替えたかだな。
「紗夜、いくらメイド服が好きでもこれから体力テストをするんですよ? 動きにくくないですか?」
「メイド服が好きなのは澪さまなのですが‥‥‥体力テストをする前に着替えますから問題ありません」
「その前に身体測定もあるんですよ?」
「だからこそです」
「はい?」
意味が分からず首を傾げると、紗夜はグイッと凄んできた。
「身体測定ですよ? 澪さまの身長体重からスリーサイズまで全身のあらゆるところをじっくりねっとり測られてしまうのですよ? そんなの私以外の人に任せるわけにはいきません」
「はぁ‥‥‥?」
「そういうお役目はメイドの仕事です。だからメイド服なのです」
「‥‥‥そうですか」
もうわけわかんないので、紗夜のことは放置することにした。先生に怒られても知らないからな。
それから少しして九条さんが出て来た。
九条さんは流石にこの二人みたいに奇抜な格好はしてなかったけど、手足が長くてスラっとしてるから体操着でさえも着こなしてる。ジャージの袖を捲って手首にシュシュをしてるのもオシャレギャルって感じだ。
そして出て来て最初の一言が「ここはコスプレ会場かよ‥‥‥」って言ってあきれた目をするのも僕は嬉しくなった。
やっぱり九条さんは普通の感性をお持ちなんだ‥‥‥。元庶民である僕にとって一番気が合うのは九条さんなんじゃないだろうかと改めて思う。
最後は美琴ちゃんだけなんだけど‥‥‥着替えるのに手間取ってるのかなかなか出てこない。
「美琴ちゃん、遅いですね‥‥‥」
「まったくですわ! 美琴! いつまで澪さまを待たせるつもりですか!」
別に責めてるわけじゃないんだけど、何かあったなら心配というか‥‥‥。麗華が大きな声で呼びかけると、中からいつものおずおずとした美琴ちゃんの声が聞こえてくる。
「うぅ~麗華ちゃん‥‥‥。美琴、またやっちゃたよ~‥‥‥」
「はぁ、なにしてるんですの? 早く出て来なさい!」
「待って! 今開けちゃ——」
しかし、美琴ちゃんが言い切る前に、ずんずんと進んだ麗華が勢いよく入り口のカーテンを引っ張る。
シャーッ! という音と共に現れた美琴ちゃん。
その姿は、胸元に平仮名で書かれた『さいおんじ』の文字がぱっつんぱっつんに伸びきっていた。
「うぅ‥‥‥澪ちゃん、見ないでぇ‥‥‥」
そう言って顔を恥ずかしそうに赤くして、隠すようにギュッと腕で身体を抱く美琴ちゃん。
けどそうすることで逆にお胸が強調されてしまうことを美琴ちゃんは知らないのだろうか? もう胸元の『さいおんじ』がはちきれそうですよ‥‥‥眼福。
じゃなかった! なんだこの状況‥‥‥。美琴ちゃんを辱める会か? 美琴ちゃんが来てる体操服、明らかにサイズが合ってないんだけど。
さっき言った通り胸元はぱっつんぱっつんで、美琴ちゃんの隠しきれない巨乳が弾けそうだし、丈の長さも足りなくて小さなお臍がチラリとしてる。
端的に言って、エロい。ムチムチすぎてとても男どもには見せられないけしからん格好をしてる。しかも涙目なのが尚更‥‥‥なんかそそる。
「あの、美琴ちゃん‥‥‥その格好は?」
「じ、実は美琴、またドジしちゃったみたいで、間違えて初等科の時の体操着を持ってきてしまったんです‥‥‥」
「おー‥‥‥」「美琴‥‥‥」「ドジですね‥‥‥」「まじか‥‥‥」
初等科って、そりゃあサイズが合わないでしょうよ。せめて中等科ならまだいけただろうけど、これは‥‥‥。
「ど、どうしよう‥‥‥」
美琴ちゃんは今にも泣きそうな表情でそう呟くけれど、どうしようって言ってもこのまま行かせるなんて絶対論外だし。
「あ、それならいっそその体操着は脱いで僕のジャージを使ってください」
「えっ! み、澪ちゃんの!? い、いい、いいんですか!?」
「もちろんです! 美琴ちゃんが困ってるならこれくらいの手助けは構いませんよ」
ちょっと肌寒いくらいなら我慢できなくないし、美琴ちゃんをこんな格好させる方がよくない。
僕はダボッとしたのが好きでジャージも大きいめのを選んでるから、心配な胸の方も大丈夫だろう。
ジャージを脱いで美琴ちゃんに渡すと、嬉しそうに更衣室の中に入っていく。
少しして僕のジャージを着た美琴ちゃんが出て来た。うん、今度こそ大丈夫‥‥‥だけど。
「えへへ‥‥‥澪ちゃんの匂いがする‥‥‥」
そう言いながら萌え袖の両手を口元に持ってきて、照れたようにはにかむ美琴ちゃんはさっきとは別の意味で攻撃力が高かった。
萌え~。
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