第37話 乙女の庭園


「澪さま! さっそく着替えに行きましょう! ‥‥‥あら?」


「‥‥‥っ」


 九条さんを引っ張って麗華と美琴ちゃんのもとに行くと、九条さんを見て麗華は不思議そうな顔を、美琴ちゃんは麗華の背中に隠れるような仕草を見せた。紗夜はいつの間にか僕の後ろにいる。


「二人とも、体力テストを回るの九条さんと一緒でもいいですか? 九条さん、ぼっちみたいで」


「ぼっちじゃないし」


 九条さんの強がりは無視して、僕は二人に顔を向ける。


「わたくしは構いませんわよ!」


「み、美琴も澪ちゃんがそう言うなら‥‥‥」


「ありがとうございます!」


 よかった。二人とも九条さんのことを認めてくれたみたい。麗華はあまり気にしないだろうとは思ってたけど、実際その通りみたいだし。


 美琴ちゃんにはちょっと無理させちゃったかな? 九条さん、威圧が凄いから怖いのかもしれない。あとでフォローしておこう。


「紗夜もいいですか?」


「私は澪さまのメイドですので」


 紗夜は相変わらずと。


「そえではさっそく着替えに行きましょう!」


 みんなが九条さんを認めてくれたことが嬉しくてテンション高くそう言うと、九条さんの手を引っ張ってさっそく着替えに行こうとした‥‥‥のだけど。


「ちょっと待て!」


「なんですか九条さん? いい加減諦めて一緒に回りましょう」


「そうじゃなくて、そっちじゃない」


「え? 更衣室はこっちでは?」


「あいつらはだよ。うちらが使うのはこっち」


 うん? ‥‥‥あっ! なるほど、こんなところにもあるのか出資者特典! 


 以前、麗華と食堂を使った時に知ったけど、この藤ノ花学園は生徒の家からの出資で運営しているため、多額の出資をしている家の子は色々な便宜を図ってもらえることになってる。


 更衣室の利用にもそういうのがあるだろう。よく見てみると、僕が行こうとしていた方は下位


 あんまりこういう特別扱いみたいなことは学び舎ではあまりよくない気がするけど、区別しないと出資する人がいなくなっちゃうんだろうな。


「ほら、行くよ」


「‥‥‥はい」


 今度は逆に九条さんに引かれるようにして僕は更衣室に向かう。なんだか意気揚々としてたのが恥ずかしい。

 ^


 ■■



「ゴクリ‥‥‥」


 僕は思わず、目の前の扉を前にして生唾を飲み込んだ。


 ついに‥‥‥ついにこの時が来てしまった。いつかは来ると、避けられない運命だということは分かっていたけれど‥‥‥。


「澪さま? どうかしましたか?」


「いえ、大丈夫です」


 嘘だ。実は結構ドキドキしてる。


 なんせこの先は、乙女の三大秘境が一つ、『乙女の庭園』こと女子更衣室‥‥‥。ちなみに残りの二つは『乙女の花園』こと女子トイレと『乙女の楽園』こと女子風呂だ。


 別に初めてってわけじゃない。僕は女子更衣室には一度入ったことがある。‥‥‥いや、連れ込まれた、だな。


 和泉澪時代、クラスの女子たちに女子更衣室に拉致されて、そこで無理やりズボンを剥ぎ取られてある『確認』をさせられたんだ。‥‥‥あれは悲しい出来事だった。きっとあの時、僕はお婿に行けない身体にされたに違いない。今でも涙が出てくる。


 まぁ、そんな悲しい思い出は封印してだ。こうして自分から進んで女子更衣室に入ることになるとは、変な背徳感というか、ちょっと興奮する。


 だってこの中では、あんな強引でメスオークみたいな肉食系女子じゃなくて、本物の奥ゆかしき箱入りお嬢様たちが、纏う羽衣を脱いで細かな柔肌を晒しているんだよ?


 しかもしかもだ、これから麗華や美琴ちゃんや九条さんのあんな姿やこんな姿が見れるなんて‥‥‥。同級生の下着姿なんて同性でもめったに見れるものじゃないし、そんなんドキドキするやん。‥‥‥あ、紗夜は家族枠だから別に。


「澪さま?」


「なんでもありません。行きましょうか! ‥‥‥ゴクリ」


「澪さま‥‥‥」


 なんか紗夜から呆れの混じった眼で見られてる気がする。けど気にしない。僕はこの先の神秘的な光景を見るんだ!


 そう活きこんで、さっそくドアを開けようとドアノブを掴んだ瞬間‥‥‥僕の身体はピクリと固まった。


 ‥‥‥本当にいいのだろうか。この先の秘境を冒険して。


 だってよく考えてみてくれ。僕は今、確かに身体は女の子だ。だから身体だけなら何も問題ない。けれど、記憶には男だったころの意思がある。だからこんな興奮してドキドキするんだろう。


 そんな状態でこの先に行くのはダメなんじゃないか? まるで騙して盗み見してるみたいだし‥‥‥。脳内わいせつ罪とかで今すぐにでも警察が飛んで来たり‥‥‥。


「澪さまはどうしたのかしら?」


「ま、また固まっちゃったね」


「何でもいいから早く行けし」


「申し訳ありません。澪さまは他人に肌を見せることになれておらず、緊張しているのでしょう」


「まぁ! 初心な澪さまも素敵ですわ!」


「か、可愛い‥‥‥」


「小学生か」


 後ろでみんなが何か話してるけど、耳に入ってこなかった。


 すると、紗夜が僕を押しのけて手の上からドアノブを握ってくる。


「澪さま。皆さんもお待ちですので早く行きますよ」


「ちょ、ちょちょ! 待って紗夜! このままじゃ僕は牢屋に!」


「何言ってるのですか? 時間も押してるので急いでください」


「あっ! あ~~~~っ!」


 そして遂に開け放たれた『乙女の庭園』! 中からは深窓の令嬢たちが白い肌を晒してキャッキャウフフとリリーの世界を‥‥‥あぁ、なんだかサイレンの音が聞こえてくるような。


「‥‥‥え?」


「それでは澪さま、また後程ですわ!」


「お、お着替えしてきます!」


「‥‥‥」


 そう言って麗華と美琴ちゃんと九条さんの三人は入り口がカーテンで区切られた試着室のようなボックスの中に入っていく。


「‥‥‥え?」


 まさか、そういう感じ‥‥‥?


 ‥‥‥あ、あぁ~~! そうだよね! そりゃあこの学園に通うお嬢様であろう者たちが、同性でも無暗に人前で肌を晒すことなんてないよね! よかったぁ~、警察に捕まらなくて!


 そう思ってると、傍に寄って来た紗夜が耳打ちしてくる。


「残念でしたね、澪さま。期待通りにならなくて」


「別に、期待なんかしてないし‥‥‥」


「そうですか? ですが、私のお着替えシーンならいくらでも見ていいですよ」


「いや、せっかく仕切られているんですから一人で着替ます」


「‥‥‥え?」


「あ、紗夜は覗いてこないでくださいね」


「がーん‥‥‥」


 僕は紗夜を置いて区切られた更衣室の中に入る。


 ‥‥‥本当に期待なんかしてないし!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る