第32話 学級委員
月曜日の一限目は現国の授業なのだけれど、その担当の先生は二組の担任でもある。
それでどうやらこの時間を使って、授業の前に決めてしまうことがあるようだ。
「ホームルームの時でもいいのですが、他にもやることはたくさんあるので先にこのクラスの委員会と係を決めようと思います」
と、そういうことらしい。
「まずは学級委員ですね。誰かやってみたい人はいますか?」
「「「「「‥‥‥」」」」」
——しーん。
まぁそうだよな。僕が元々通ってた高校でも学級委員を率先してやりたがるような人はあまりいなかった。せいぜい内申点狙いの人くらいだろう。
けれど藤ノ花学園は大学部までの一貫校だから内申点なんてあまり関係ない。外部に受験する人は必要かもしれないけど、内部生組である二組で外部の大学に受験する人なんていないだろう。
先生もそれはわかってるのか、特に何か言うことはなかった。
「それじゃあ推薦する人は——」
——シュパパパパパッ!
「「「「「じ~~~~っ」」」」」
「——っ?!」
え、なに!? なんかクラス中の視線を感じるんだけど!?
先生が言い終わる前にクラスのみんなが後ろにいる僕に振り返るのは軽くホラーだ。これがもし全員のっぺらぼうとかだったら眠れなくなりそう。
僕がこの異様な雰囲気にのまれていると、麗華がサッと席を立ちあがった。
「先生! わたくしは学級委員に澪さまを推薦いたしますわ!」
「「「「「うんうん!」」」」」
そしてみんなを代表するようにそう言うと、何故かドヤ顔を向けてくる。‥‥‥いやいや、そんなまさか。
「それではみなさんも賛成のようですし学級委員は近衛さんに——」
「ちょっと待ってください!」
言わせるかぁ! 古来より学級委員とは先生の雑用を押し付けられる七面倒な委員会と決まってるんじゃ! そんなんやるかぼけぇ!
「すみませんが、推薦は辞退させてください」
内心とは裏腹に、ちょっと申し訳なさそうな演技をして頭を下げる。
というか僕の思ってることは偏見だとしても、そもそも今年から学園に通い始めた僕に学級委員が務まるとは思えない。こういうのは経験が大事だろうし、中学の時からやっていた人がやるのが良いと思う。
「ですが澪さま。このクラスに澪さまより学級委員に相応しい者などおりませんわ! 澪さまが最も家格が上ですもの!」
「あ~‥‥‥」
麗華の言うことに納得。そうだった。最近はクラスに溶け込めてきたから忘れてたけど、この学園は家同士の家格が重要なんだった。もちろん建前上身分の違いはないけれど、こういうのは暗黙の了解みたいなものなのだろう。
実質、学級委員はクラスのまとめ役みたいなものだし、それに僕を差し置いてなったら不敬だの出しゃばりなど言われることもあると思うし。
それにクラスのみんなに指示することだってあるはずで、家格が上だと分かっている人に指示することほどやりにくいことはないはずだ。
だからここで最高位家格である近衛家の僕がなればとてもスムーズになるんだろうけど‥‥‥。
でもなー、別になにか入りたい委員会や係があるわけではないけど、学級委員なんて僕には向いていないものをやろうとは思えないよ。
「そうです! それなら九条さんでも——」
「うちはやらない」
「あ、はい‥‥‥」
同じ最上位格の九条さんならって思ったけど、予想通りの答えが返って来た。まぁ、九条さんも学級委員ってタイプじゃないわな。むしろかけ離れてて学級崩壊しそうだ。
もう一人、摂家だとの鷹司家である紗夜がいるけど、あの性格の紗夜がうまくできるとは思えない。
「「「「「‥‥‥‥‥‥」」」」」
「‥‥‥ぅ」
圧力! 視線の圧力が痛い! ‥‥‥くっ! 屈して溜まるか! 僕は絶対うなずくなんてしないぞ!
「「「「「‥‥‥‥‥‥」」」」」
「‥‥‥あ、あの」
「「「「「‥‥‥‥‥‥っ」」」」」
「えっと‥‥‥」
「「「「「‥‥‥‥‥‥っ!」」」」」
「う、うぅ‥‥‥わかり——」
と、僕がみんなの「あぁん? さっさと頷けやおらぁ」って感じの気迫に思わず首を縦に振ろうとしたその時、再び声を上げる者がいた。
「——ハッ! そういうことですわね! 澪さま!」
「え? れ、麗華?」
そう、声を上げたのは僕を推薦したはずの麗華だ。そしてなぜか悔しそうな顔をしている。
「わたくしが愚かでしたわ‥‥‥。澪さまが学級委員なんていう、そんな小さな器などに収まるような方ではないというのに‥‥‥」
「‥‥‥ん?」
えっと、これはあれか? ディスられてるのか? 「おめーのような家格だけのちっぽけな器に学級委員を任せられるか!」ってことであってる? な~んかニュアンスが違うような気がするけど‥‥‥。
でも麗華には僕がなんちゃってお嬢様であることなんて見抜かれてるに違いないし。思わず慣例に沿って推薦はしたけど、僕の程度を思い出して推薦したのを後悔してるってことかな?
ちょっと複雑だけど‥‥‥まぁいいか。学級委員がやりたいわけじゃないからここで降りれるならそれに越したことはない。というかむしろ‥‥‥。
「麗華の方が向いてますよ」
「え‥‥‥?」
「先生! 僕は学級委員に徳大寺さんを推薦します!」
「澪さま!?」
僕は手をあげて麗華を推薦することにした。
別に意趣返しだとかってわけじゃない。本当に麗華なら学級委員が向いてると思ったからだ。
「徳大寺さんならクラスの皆から慕われていますし、自信のよさに裏付けられたカリスマ性もあるのでクラスをまとめて引っ張ってくれるはずです。僕は徳大寺さんに学級委員を任せたいです」
「澪お姉さま‥‥‥そこまでわたくしのことを‥‥‥」
麗華を見ると、目に涙を溜めて僕の方を見つめていた。
あれ? もしかして泣くほど嫌だった‥‥‥?
「分かりましたわ! 澪さまに託された学級委員! 澪さまに名に恥じぬよう、わたくしが精一杯務めさせていただきますわ! お~っほっほっほ!」
しかし心配は杞憂のようで、麗華はサッと涙を払うといつもの高笑いをして、誇らしげに胸を張っていた。
というか僕が託す? 推薦のつもりだったんだけど‥‥‥。
でも結局、麗華の他に立候補する人もおらず、やはり麗華はみんなから慕われているのか、高い支持率で学級委員になることになった。
「麗華、がんばってくださいね」
「はい! 澪さまの為に学級委員としてこのクラスを盛り立ててみせますわ!」
‥‥‥うん? 僕のため?
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