第23話 禁断の恋
近衛様がお刺身を食べて悶えるという、意外な一面に微笑ましく思っていると、それは唐突にやってきた。
「こ、こほん‥‥‥ところで、お手紙にはお礼の他にも気になることがあるとのことでしたが、それは?」
「は、はひっ!」
(そ、そうでした‥‥‥美琴はこの気持ちを確かめるために近衛様をお呼びしたんでした‥‥‥でも、もう確かめるまでもないです‥‥‥美琴は近衛様が‥‥‥す、好き)
手紙を書くときも、下駄箱に入れた時もずっとドキドキしっぱなしだった。昼食会の準備をしている時もずっと近衛様のことを考えていて、待ってる時は来てくれるか不安でいっぱいで、本当に来てくれた時は思わず感極まるくらい嬉しかった。
最初は初めての気持ちで戸惑っていたけど、こうして向かい合って高鳴る心臓の鐘の音を聞いていれば嫌でも分かる。
そう認めてあげれば、自分でもストンと心に嵌った気がして納得できた。世の中には女の子なのに同じ女の子が好きなる人がいるという、美琴もそうなのだろう。
「美琴ちゃん?」
名前を呼ばれてピクリとする。いつもはテンパってしまうが‥‥‥いや、いつものようにドキドキしてるし緊張もしているけれど、この気持ちをちゃんと認めてあげた今、不思議と落ち着いていられた。
「あのっ! 聞いてもらいたいことがあります!」
「はい、なんですか?」
優しく微笑んで話を聞いてくれる近衛様に救われる気分だ。
(ううん、近衛様は美琴の話をいつもちゃんと聞いてくれる‥‥‥)
優しく目を合わせて、決して急かそうとせずに美琴がちゃんと言葉にできるまで。それがとても嬉しかった。
「あの時助けてもらってから、なんだか変なんです‥‥‥。ずっと近衛様のことが忘れられなくて、気になって夜も眠れなくて‥‥‥それで‥‥‥」
もしかしたらこんなことを言っても、ただ近衛さまを困らせるだけかもしれない。
「美琴もおかしいと思っているんです‥‥‥近衛様にこんな気持ち、不敬だってわかってるんです‥‥‥けど‥‥‥っ!」
それでも言葉にしだすと、とめどなく想いが溢れてきて。
「どうしても伝えたいんです! だから‥‥‥だから聞いてくださいっ!」
「は、はい‥‥‥」
「み、美琴は‥‥‥こ、近衛様の、ことが——」
(美琴は言う、言っちゃうよ‥‥‥)
「——す、すす‥‥‥っ」
(言うんだぁぁぁぁーーっ!)
「‥‥‥す、すごく素敵なお作法だと思いましゅ——っ!」
(——やっぱ言えるわけないよぉぉぉぉぉおおおおおおっ!)
しかし、最後の最後に日和った。‥‥‥いや、正確に言えば冷静になった。
(やっぱり女の子同士なんて、気持ち悪いって思われるかも‥‥‥ううん、近衛様のような完璧な令嬢ならそう思うに違いないよ)
何で今まで思い至らなかったのか。恋は盲目とはよく言ったものだと思う。
家の存続のために子を為さないといけない貴族にとっては、子供のできない同性愛は忌避されるものだ。昔は悪魔付きだとか、病気だとか言われたものだろう。
現在は貴族制もなくなって、昔ほど厳しくなく多様性の時代になってきたが、その風潮は確かに根付いてる。
特に美琴の西園寺家や近衛家のような昔から代々続く名家では、未だに個人の利益よりも家の利益の方が重視されていることもあり政略結婚なども珍しくないのだ。
政略結婚する理由は色々あるだろうけれど、いずれにしても義務として子を産むことが求められる。
そんな世界の頂点である近衛家の令嬢である近衛様が、自分と同じ女である美琴に告白されたとしてどう思われるかなんてわかり切っていることだろう。
(それにもし‥‥‥もしも伝えて、美琴の気持ちが受け入れてもらえたとしても、それは近衛様の醜聞になっちゃう)
そうなれば近衛様の居場所がなくなってしまう。学園では後ろ指を刺され、他の家の大人たちも鼻つまみ者にする。最悪は実家からの放逐だってありえる。美琴のせいで近衛様がそんな扱いを受けるのは耐えられない。
この恋は最初から叶わぬ運命だったのだ。初めての感情に振り回されて冷静な判断ができていなかった。勢いのままに暴走して、近衛様の迷惑にならなくてよかった。
(よかった‥‥‥はずなのに‥‥‥)
何故か全然気持ちは晴れない。さっきまで満たされていた心が悲しみに染まっていく。
そうして美琴が、暗い闇のような気分にどんどん沈もうとしていた、その時だった。
「美琴ちゃん、ありがとうございます。大好きです」
(えっ‥‥‥今、なんて‥‥‥)
最初は何を言われたのかわからなくて呆けてしまった。
けれど、頭の中で近衛様の言葉が何度も何度もリフレインされて、ようやく理解が追いついてくる。
今、自分は近衛様に大好きと告白されたのだ。
「ふぇぇぇえええっ!?」
美琴は動揺のあまり食事中であるのにもかかわらず、はしたなくも叫び声をあげてしまうがそんなことは気にしていられない。
(う、嘘っ‥‥‥近衛様が、美琴を‥‥‥?)
信じられないが、確かに聞いたのだ。
もしかして近衛様は自分の気持ちに気づいておられたのだろうか? ふと、そんなことを思う。
好きと伝えようとしたあの時、自分では咄嗟にうまく隠せたと思ったが、近衛様は成績最優秀を取るほどの秀才。ならば気持ちを見抜かれていても不思議ではない。
そうじゃなければ、あんなにも親愛が込められた瞳を向けて、同性である自分に大好きなんて言わないだろう。同じ気持ちであることを確信したから、こうして想いをぶつけてくれたのだ。
(つまり、美琴と近衛様は両想い‥‥‥)
美琴の中ではそういうことになった。
あぁ‥‥‥だけどこの先は茨の道だ。待ち受けているのは破滅かもしれない。誰にもバレてはいけない禁断の恋だ。
けれど、なぜだろう。厳しい現実のはずなのに、美琴は心の内が燃えるように熱くなっていることに気が付いた。
(禁断の恋‥‥‥イイかも)
美琴はまるで熱に浮かされたようなぽわぽわした気持ちで残りの料理を食べたのだった。もちろん味なんてわからない。
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