第6話 クラスメイト 自己紹介
僕の席から見て一番右前の人から順に自己紹介が始まった。普通は出席番号順とかで縦に行くものだと思うけど、この先生はなにかこだわりがあるのか、そのまま横に進めている。つまり、前の列から蛇行して進んで隣の彼女が最後だね。僕は最後から二番目。
今はちょうど教卓の真正面の席の紗夜が自己紹介をしているところだ。
「鷹司紗夜です。澪さまのメイドをさせていただいております。澪さまに害を成す不届き者には私が沙汰を下しますので悪しからず」
おい紗夜よ。その自己紹介はどうなんだ? 物騒すぎてクラスがちょっと引いてるぞ‥‥‥。本人はどこ吹く風といったようにすました顔で座ってるけど。
それからテンポよく順々に進んでいく。学校に通う前に近衛家の令嬢として知っておかないといけない家や、注意しておく必要がある家などの名前をいつくか教わっていたから、知ってる名前もあれば知らない名前もある。
ただ、顔を見るのはみんな初めてだからひとりひとりしっかりと見て、名前と一致させて一緒に覚えていく。
にしてもこうして皆の顔をひとりひとりじっくりと見ると、全員の顔面偏差値が高いことがよくわかるなぁ‥‥‥。
流石は名家が通う学校! ちょっと息苦しいところもあるけれど、可愛い女の子が多いのはすごくイイ! ‥‥‥え? 男子? イケメンなんてしらね。性転換して出直してこい。
「は、ひゃいっ! え、えとえと‥‥‥さ、
男子の自己紹介を適当に聞き流していると、次に自己紹介をした子の名前を聞いて僕はピンときた。
西園寺家。近衛家ほどではないけれど、日本のトップ10には入るほどの名家だ。入学する前に覚えておく家として教えられた。
ほぉ~、へぇ~、あの子が‥‥‥って、あの子、入学式前に講堂に向かう途中で階段から落ちそうになっていたところを助けた子じゃん! そうか、あの時の子が西園寺さんだったのか。
まぁ、確かに、今は長い前髪で隠れていて分かりにくいけど、めちゃくちゃ可愛い顔立ちをしていたからなぁ‥‥‥。
できれば個人的にも、そして家の実利のためにもお近づきになりたいところ。
僕がそんなことを思っている間にも自己紹介は続いていて‥‥‥突然、教室に高笑いが響いた。
「お~ほっほっほ! 名門徳大寺家が娘、
お、おぉ‥‥‥。なんていうステレオタイプなお嬢様‥‥‥。今時、あんな高笑いする人なんているんだ。癖が強すぎるだろう。
ただ、徳大寺家なら納得だ。あそこも西園寺家と同等、日本のトップ名家だし。けどなぁ、あんなにキャラが濃いとちょっと近寄りがたいような‥‥‥。
「それから澪お姉さま!」
「は、はいっ!? ‥‥‥ん?」
クルンと長いツインテールを翻して僕のことを手に持った扇子で刺してくる徳大寺さん。‥‥‥え? 何っ!? てかさっきお姉さまって言わなかった?
「貴方はわたくしの心に火を点けましたわ! 覚悟しておきまし!」
「は、はぁ‥‥‥?」
え、何を? 何を覚悟すればいいんですか!? 僕、なにかお嬢様に目を付けられるようなことしましたか!?
突然名指しされて戸惑っていると、徳大寺さんは言いたいことは言えたのか、凄く満足した顔をして席に座ってしまった。
僕はもう、いきなり名前を呼ばれて指を差されてちんぷんかんぷんなんだけど! 誰か説明をプリーズ!
徳大寺さんが席に座ってしまったため、僕が混乱している間も次々と自己紹介が続いていく。とりあえず、何故か徳大寺さんに目を付けられたのは分かった。何かしてくるつもりかもしれないし気を付けておいた方がいいかな。
そうしてクラスの半分が自己紹介を終わってしばらくたったころ。僕は唐突に思った。
これ、チャンスじゃね? と。
僕がこのクラスに、いやそもそもこの学校に馴染んでいないのは今日一日ですごくよくわかった。それはまぁ、ガワはともかく僕の中身はただの庶民だ。周りが本物のお嬢様だらけのなかに、そんななんちゃってお嬢様がいれば浮いてしまうのはしかたない。
でも、それを差し引いたとしても、近衛家という日本の頂点に君臨しているネームバリューと、入院していて内部生なのに高等科から通い始めたこともあって、みんなから相当敬遠されてるのがわかる。
それも仕方なかろう。僕がなにか不快に思うことがあればそれだけで家や会社が潰されてしまう可能性があるんだから。僕が相手の立場でもそういう人には不用意には近づかないで遠巻きにすると思う。
でも、それはまだお互いのことを何一つ知らないからだ。まだ学校は始まったばかりだし、ここで同じ時間を過ごすことが増えていけば、自ずと相互理解が深まって打ち解けられるようになるに違いない!
だからその足掛かりというかきっかけとして、この自己紹介で一発かまして近衛澪はユーモアがあって親しみやすく、心が広いことをアピールできれば!
ただ、それは言うは易く行うは難しだ。いくらユーモアがあって面白いからといって、近衛澪ともあろうものが「にゃっはろ~」だとか「にっこにっこに~♪」だとか「こんぺこ!こんぺこ!こんぺこー!」みたいな挨拶をしようものなら、クラスに大寒風が吹雪いて、家の品格は落ち、僕はまた別の理由で学校に来れなくなる。個人的にはユーモアがあって可愛い挨拶だと思うんだけどなぁ…‥。
とにかく、なにかユーモアがあって親しみやすい人だと思えるような威厳のある挨拶を‥‥‥むずくね? ユーモアと威厳って同居するの!? 二律背反じゃないっ!?
その時、いつの間にここまで進んでいたのか、前の席の子ちょうど座って自己紹介を終えたところだった。
うぇっ!? もうここまで!? 僕の番までいち、に、さん‥‥‥あと数人しかいないじゃん! やばいやばい、まだなにも思いついてないよぉ!
なにか‥‥‥なにか参考になるような挨拶はないか!? 校長の挨拶‥‥‥は長いだけ、政治家の挨拶は‥‥‥選挙になるし、社長の挨拶は‥‥‥お堅い気が、王様の挨拶は‥‥‥はっ!? はだかの王様!!
はだかの王様っぽい挨拶ならどうだろう! 童話のはだかの王様は違う意味だけど、それはこの際置いておいて。王様だから威厳はあるだろうし、はだかなところはちょっとバカっぽくてユーモアがあってウケるんじゃないか!?
僕はチラリと自分の順番までの人数を確認する。‥‥‥あと三人、やばいっ!!
はだかの王様っていうのはいいとしてだ、はだかの王様っぽい挨拶ってどんなだ!? はっはっは、僕は愚か者には見えぬ制服を着ている。つまりお前らは愚か者だ、私もな! みたいなことを言えばいいのか!? それとも裸だし脱ぐか!?(迷走)。
その時、ガラガラとイスを引く音が聞こえたと思ったら、金髪の彼女とは逆の隣の子が立った。どうやらもう次は僕の番らしい。
やばいやばいやばい! まだ何も思いついてないのに! 何かないか‥‥‥何か、ユーモアがあって威厳もある挨拶は!
「はい、ありがとう。次は近衛さんね。‥‥‥近衛さん?」
あぁ! 待って、まだ待って! 今思いつくから、すぐ思いつくから! ユーモアがあって威厳があって‥‥‥にゃっはろでにっこにこにでこんぺこで可愛くて‥‥‥長くて選挙でお堅く‥‥‥服脱いで王様で‥‥‥。
——とにかく何か言わなきゃっ!
「ご機嫌よう皆さん。僕は近衛澪です。今日からこの学園で——」
そこから先、僕は自分が何を言ったのかまったく覚えていなかった。
ただ、何かとんでもない挨拶をしてしまったのだと思う。だって、思い出そうとするたびに脳が頭痛を起こして拒否するのだもの。
とにかく気が付いたら燃え尽きたように机に突っ伏していて‥‥‥そして、隣の彼女の名前を聞いた。
「
ぶっきらぼうにそれだけを。
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