第21話 ケイと残業と屋台

 あんなに早く帰りたかったのに、帰りたくない。


 残業をありがたく感じるなんて……。


 パソコンをにらみ作業する俺の横で、ケイもボールをカミカミしながらゴロゴロしている。


「山田さん、お先ですぅ! ケイちゃん、また明日ね!」

「頑張りますね? ケイちゃん、ばいばーい!」

「さーせん、おさきぃっす」


 賃貸営業部のスタッフたちが帰っていく。


「お! 山田、頑張ってんな!」

「おさきぃ!」

「早くあがれよぉ」


 売買営業部のスタッフたちが帰っていく。


「いつまでかかってんだ? 早く終われよ」


 織羽部長も帰って……お前のせいだろうぉおおおがぁああああああ!


 終わらねぇええんだよ! て、ありがとう!


 残業ありがとう。


「先、帰りまーす」


 投資信託部の根木さんも帰っていった……。


 カッチコッチカッチコッチ……て、今どきの時計は鳴らない。


 けっこう、時間がたったなぁ……。


「キュン……」


 ケイ、お腹減った?


 でも、帰りたくないよね?


 ……午後九時か。


 帰ろうか……。


 さすがに俺もお腹減った。


 でも……部屋には、あの頭おかしいデカ女がいる。


 ……まてよ。


 そういえば、先日、駅の近くに屋台が出ていたな。


「ケイちゃん、屋台で食べて帰ろうか?」

「ピーピーピー」

「お肉、買ってあげるよ!」

「ピーピー……ワン!」


 現金な奴め!


 そんなケイが大好きだぁあああ!


 そうと決まれば、織羽の野郎の仕事は放り投げて帰宅だ。


 オフィスの戸締まりをして、駅へと歩く。駅からこちらへと向かってくる人の流れも、ケイのおかげで道を譲ってもらえる。


「お、ケイちゃん、こんばんは」

「ケイちゃん、遅くまでご苦労さん」


 ケイはすっかりと有名になっている。


 無理はない。


 おばあさんを助けた大きくて優しいお犬さんとして広まっているし、うちの店にもいて、外を歩く人たちにニコニコ笑顔を向ける有名犬なのだから。


 屋台に到着!


 よかった!


 席があいているぅ!


「すみません。ビールと水」

「水?」

「この子に……て、根木さん、何やってんの?」


 屋台をしていたのは、投資信託部の根木さんだった……。


「おお、山田くんじゃん。何にする?」

「……おすすめは?」

「今は季節もので、アスパラの豚肉巻おすすめ。三本で440円税込み。親切お値段でしょ!?」

「それ! あ、一本だけ塩コショウなしで」

「ケイちゃん用ね? 了解!」


 しかし、料理に目覚めたと言っていたけど、いつの間に副業を……どうやって許可をとった?


「ここ、屋台だしていいんすか?」

「駅の横のこの敷地、実は私有地なのさ。車2台分だけのね……花京院さんところの土地で、貸してもらってる。建物は面倒だから、こうして移動式」

「なるほど」


 おおう……ええ匂いや!


 ケイも、クンクンと匂っているよ! その顔も可愛い!


「はい、おまちどー」


 立派なアスパラ一本を、豚バラで巻いて焼いた絶品!


 ケイちゃんに差し出すと、クンクンクン……にぱぁ♪ 可愛い笑顔だよぉ!


「ケイちゃん、よし」


 パクリ! と上手に食べるよぉ!


 ケイは、何をやらせても上手さんの子!


 天才だわ。


 正真正銘の天才犬だ!


 ビール……うまぁああああ!


 ビールとアスパラの豚肉巻、最高ぉおおおおおお!


 いい店、見つけたぞ!


「キュン……ピーピーピー」


 おねだりも上手に可愛くできるなんて……ケイはやっぱり天才だ!


「根木さん、アスパラ豚肉巻追加で」

「よろこんでー」


 ケイがいるおかげで、なんでも楽しく美味しく頂けるよ!

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