第20話 親友とディナー

***

 夜。私は車で盛岡市街まで行き「プラザおでって」の横にあるパーキングに車を停めた。キーシリンダーから車の鍵を抜き出し、茶色のキーケースにしまう。初任給で買ったブランドもののキーケースだ。

 横断歩道を渡りプラザおでって前に着く。待ち合わせ時刻より少し早い。目の前には国の重要文化財にも指定されている岩手銀行赤レンガ館がライトアップされ輝いていた。

 ドーム状の屋根が特徴的な赤レンガを主とした西洋風建築で、建物の縁取りに使われている白レンガとのコントラストが美しい。もう百年以上も前に作られた建物で、2012年までは実際の銀行として使われていたのだ。2016年には多目的ホールとして開放されている。

 東京駅のような建物なのだけれど、それもそのはずで、東京駅を設計した辰野金吾という人物が同じく設計している。

 職業柄、歴史的建築物には目がいってしまい、普段あまり来ないので、まるで観光客のようにまじまじと見入ってしまった。

 肴町さかなちょう方面から見知った女性が歩いてきた。目が合うと彼女はこちらに向かって小さく手を振ってきた。

 上河原美緒かみかわらみお。高校からの友人であり、教師仲間だ。

「しずく、久しぶりー」

 肌白の美緒は暗い場所でも美しく見える。茶色のショートヘアに、綺麗に整った眉と鋭い瞳。目元だけでも美人だと誰もが思うだろう。それからモデルのようにスラっと伸びる脚は同性の私でも嫉妬するくらい美人だ。

「それじゃ、行こっか」

 中の橋を渡り、盛岡城跡公園を横切り、小道に入ると本日の夕食処が見えてきた。照明が当たっている建物の外観はウエスタンハウスのように木造調で、二階部分にはゴツゴツとした岩場のような装飾がされている。

「おー久しぶりだー」

「ねー。よくしずくと来たねー」

 高校の時、美緒含めた友人たちとよくここのレストランに来たのだ。

 建物中央にレストラン名が青い背景に黄色い文字で「ベル」と大きく斜めに掲げられている。入り口前には小さな立て看板もあり、「ハンバーグレストラン ベル大通り店」と書かれていた。

「ほんとに良いの? ファミレスで?」美緒に訊く。

「全然へーき。久しぶりだし、食べたくなっちゃって」

 実はこの「ベル」は全国的に有名なハンバーグレストランの「びっくりドンキー」一号店なのである。店名こそ異なるものの、メニューは「びっくりドンキー」のものと同じで、あの美味しいハンバーグプレートが楽しめるのだ。

 扉を開けるとハンバーグの良い匂いが漂ってきた。私たちは中へと入った。


「で。進んでるの? 準備」

 チーズバーグを口に運ぶ。濃厚なチーズが肉汁とともに口の中でトロける。美味しい。

「うん。毎日決め事だらけで結構大変」

「どんなこと決めるの?」

「席とか、料理のメニューとかテーブルに飾る花は何にするかとか」

「えー、楽しそう」

「うん。選ぶの楽しいよー。でさ、私が良いなーって思うのって、大抵オプション費用だったりするんだよねー」

「そういう時ってどうするの?」

「彼に相談かなー」

「彼は、なんて?」

「『いいよ、美緒の好きなものにしな』って」

「おぉ。惚気じゃんか」

 美緒が結婚の報告をしてきたのは、昨年の九月だった。「しずくお先にー」とチャットアプリにメッセージが入っていて、何かと思えば、これから婚姻届を出してくるというのだ。相手の男性は小学校の教師。同じ教育関係ということもあって、美緒と会うたびに彼の話になった。愚痴よりも惚気が多いから、普段から上手くいっていると思っていたので、結婚の報告自体はさほど驚かなかった。ただただ友人の結婚に本当に嬉しく思うばかりだったのだ。

「あとはね、プロジェクターで流す写真とか集めてる。しずくの写真も出すよ」

「え、どんなやつ?」

「それは教えなーい」

「えぇー。私、写真写り悪いんだよね。卒アルとか良い写真なかったし」

「卒アルね! しずく酷かったよねアレ!」

 美緒が大声で笑い出した。

 文化祭の写真で、美緒が笑顔で写っている横で、半開きの口に白目でかつドアップという、なんとも酷い顔が写っていたのだ。

「大丈夫。卒アルの写真は使わらないから。……たぶん」

「たぶんって何よ。たぶんって!」

「いやーだって、爆笑ポイントじゃん。会場で映したら」

「人の写真をネタにするなー」

 美緒と話をしていたら久しぶりに卒アルを見たくなった。

「六月一十七日だっけ? 結婚式」

「そうそう。大安だよ」

「よく取れたよねー。グランドホテルでしょ」

「去年の九月結婚してすぐ予約したからね」

「よく迷わず決められたね」

「いやー、迷ったよ。そもそも式挙げるかもそうだし、挙げるとなったらどこまで呼ぼうかも悩んだね。両親だけにしようかとも思ったよ」

「呼んでくれてありがとう」

「こちらこそ出てくれてありがとう」

 美緒からは結婚式の案内状を貰っていて、私は「出席」に丸をつけて返送している。

「どのくらいの人数なの?」

「あ、でもそんな多くないよ。親族のほかに、職場のテーブルひとつと、友人テーブル三つかな。あんま多いのも良くないじゃん? 結構厳選した」

「それはそれは、数少ないメンバーにこんな私めをお招きいただき光栄です」

「しずくは強制参加枠だけどね」

 二人揃って笑い合う。

 美緒のウェディングドレス姿を想像してみる。身体のシルエットに合わせた純白のドレス。フリルやレースのついた華やかなドレス。ふんわりとボリュームのある可愛らしいドレス。美緒ならどんなドレスでも似合いそうだ。

「美緒のドレス姿早く見たいなー」

「見る? この前試着した写真あるよ」

「えーどうしよー。見たいけど……当日の楽しみにしようかなー」

「えー。なんだ残念」

 美緒はスマホを取り出して写真を見せようとしていた。

「しかし結婚いいなー。最近私たちの周りで多くない? 結婚」

 昨年の暮れに共通の友だちが結婚報告をSNSでしており、さらについ先日も別の友だちから結婚の報告が来たのだ。

「まぁ、そういう歳だしねー」

 焦っているわけではないが、こうも周りで幸せそうな話を聞くと羨ましく思う。

「いいなー」

「あ、本音? 本音出ちゃった?」

「なんかうらやましー」

「しずくはどうなのよー?」

「どうって。彼氏すらいないよー」

 私は最後の一切れにたっぷりソースをつけて口に運んだ。

「しずくは仕事熱心だからなー。もう少し合コンとかしたらいいのに。セッティングしよっか? あ、でもマッチングアプリの方が見つけやすいかなー」

「いや、そこまで必死じゃないし」

「そう? マッチングアプリなんて、別にフツーだけどなー」

 美緒はオニオンスープを飲み切り、「あー食った食った」と幸せそうに笑う。

 美緒は昔から交友関係が広く、男女問わず他校の友だちがたくさんいた。美緒と一緒にいることが多かったので、私も自然と友だちがたくさんいた。

「デザート、どうする?」

「食べるっしょ。ドレス入らなくなるかな?」

「え、なにそれ、嫌味?」

 私はスラッとした美緒の身体をわざとらしく見る。美緒と私はクスクスと笑う。なんだか高校時代に戻ったようで懐かしい。高身長の美緒と低身長の私は姉妹みたいに一緒にいた。

 休み時間は教室で話をして、アルバイトが入っていない放課後は友だちとカラオケやボーリングで遊んでファミレスに行く。デザートを食べるときに、美緒はいつも「太っちゃうかな?」とわざとらしく言うのだ。彼女は食べても全然太らない体質で、私はいつも「なにそれ嫌味?」と言った。

「ふふ。なんだか懐かしいね」美緒が笑う。

「あ、私も今思ってた。ね、懐かしい」

 本当に懐かしい。つい昨日のことのようにも思えるし、もう数十年も前のようにも思える。

 あの頃遊んだ友だちはみんなどうしているだろうか。仲の良かった美緒や一部の友だちとは今も連絡を取り合っているけれど、会うこと自体はめっきり少なくなった。

 今日美緒と会うのもほぼ一年ぶりぐらいだ。あの頃とすっかり生活形態が変わってしまった。


 それから私たちはそれぞれパフェを注文し、ぺろりと平らげた。

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