アン無双
「38度。大丈夫か?」
体温計片手に悠斗は心配そうな顔つきで訪ねる。
熱を出していたとなれば、道理で眠いし頭が痛むわけである。
むしろなんで熱を出しているのに気づけなかったのか。
今までだったらすぐに気付いていられたのに。
まるで馬鹿だと申告された気分になった杏子は、毛布にくるまれながら唸るのだった。
* * *
「ごめんねぇぇ!!」
熱から復帰後、インは早速アン達をフィールドにて呼び出した。
三日ほど休んだからだろうか。
すぐにミミはインをその触手で絡めた。
アンはインの頭に飛び乗り、押しつぶすと前足で叩いてくる。
ウデはその下でインのことを見上げていた。
道行く者達はその明らかに襲われているようにも見えるインを避けていく。
もう完全に慣れたようだ。
どうやら触らぬ神に何とやらのスタンスらしい。
「レベル上げにゴー!」
インの言葉にアンは、背中から生えた白い羽を広げる。
ズシンッ! と重い震動が地面を揺らし、2メートルほどの大きさになったアンが触角を動かした。
種族 【純化の白蟻蟲】 準レイド級
名前:アン LV1
HP274/274 MP278/278
筋力56
防御64
速度33
魔力42
運10
アビリティ 【筋力増加LV33】【激臭耐性LV50】【SP大激増】【純化】【飛翔】【不視の幻影】【強蟻酸LV5】【縮小化】【巨大化】
【SP大激増】
世界に未だ数匹と存在しない程強大な進化を果たした類稀なる者。
空を羽ばたく蝶の如く、成長はさらに躍進するだろう。
効果:レベルアップ時に貰えるSPを四倍にする。
【飛翔】
背中からは羽が生え、空を自由に飛べるようになる。他アビリティと併用可能。
【純化】
余分な力を取り除き、他能力をさらに高める捨て身の能力。
効果:HP、MP以外のステータスを減少させ、その分他の値を強化する。
またHP減少×筋力%分追加ダメージが発生する。
1戦闘で1回のみ使用可能。
【強蟻酸LV5】
尾部から強力な蟻酸を発射する。その毒は岩すらも跡形もなく溶かしつくす。
効果:筋力×LV%分のダメージ。さらに相手のステータス値をランダムに強蟻酸のLV分減少させる。
MPを消費させた分×%分さらに威力を上げられる。
よもやLV1の時点で既に化け物である。
筋力の数値なんて、値がそのまま加算されるので実質筋力89だ。
王女アリのアビリティをほとんど使えない。
HP強制1の状態を思えば、封印が解けた姿とも捉えられるだろう。
それに何より恐ろしいのがこの【純化】だ。
「アンちゃん【純化】! 防御を下げて筋力に!」
ウルフの肉を手に入れるのに最適である、草原のフィールドボス、グラスウルフ。
群れを率いるさぞ威圧感たっぷりの巨体は、アンの攻撃を受け一撃で消滅した。
ウルフの群れは何が起きたのかさっぱりといった様子だ。
数秒足を止めて踵を返すが、もう死の雨は降り注いでいる。
「アンちゃん【強蟻酸】!」
飛び出したまま空を駆けるアン。
空中から降ってくる【強蟻酸】になすすべなく、ウルフ達はその体を溶かされ消えていく。
ボスとその群れを一瞬で消滅させたのだ。
それもそのはず、この【純化】。
例えば防御を減少させて筋力を上昇させるとする。
するとそのまま防御の64が筋力の56に加算されることとなる。
合計値は120。アビリティも入れると合計153。
当然、防御と魔力、運すらも減少させて筋力に加算させるなんてことも可能だ。
そこにHP減少で追加ダメージが発生するものだから溜まった物ではない。
しいて難点を上げるとするならば、この数値分だけ減少させるといったことはできない点だろうか。
必ず0まで下がる。
なので最初から攻撃に全振りすると手痛いしっぺ返しを受けることとなる。
とはいえ防御がない。
HP1なんて状況、王女アリの頃からほとんど変わらない。
ある意味あって無いようなデメリットである。
「あれ? LVが上がってない?」
疑問に思ったのも束の間、筋力153の化け物っぷりを全く分かっていないインは、草原を抜けた足でそのまま【東風谷】へ。
湿地帯へと足を踏み入れ、いつもとは逆に空を飛ぶアンの背中に乗せてもらい、蛇の軍勢が出るボスまで赴いた。
そこで登場する竜をも一撃で屠った後に、ようやくインは感づき始める。
(あれ? もしかしてアンちゃんとんでもなく強くなってる?)
あれほど苦戦した蛇の群れも、上から【強蟻酸】を振りかけているだけ。
インどころかミミ、ウデすらもただ突っ立っているだけでボス戦が終了するという前代未聞な光景だ。
(……ウデちゃんは確か、糸が出るようになっただけだったよね? 確かにクモの仲間ではあるけど)
インの思う通り、ウデの進化はほとんど姿かたちが変わっていない。
精々尾部から糸が出せる程度である。
最も、敵に密着、引っ張るなどして必殺の一撃を加えるだけでも十分驚異的なのだが。
そんなことすらも消し飛ぶアンの成長っぷり。
空中で勝利の喝采を上げるアンをよそに、インは再び頭を痛める羽目になるのだった。
* * *
「と、こんなことがありまして」
アンの成長は喜ばしい限りだ。
王女アリの時はずっと苦悩して、苦汁を舐めて、そこでようやく姿通り羽を広げられたのだから。
とはいえこのままだと、連携が崩れてしまう訳である。
今まで連携や虫の特性を使って勝ち進んできた。
それがインの戦い方だった。
しかし、初撃を加えることが多いアンにここまで強くなられると、もうどこまで考えたうえで作戦を練ればいいのか分からない。
簡単に言えば、もうあいつひとりで良くね? 状態である。
このままではより強い魔物と出くわした時、連携が取れなくて負けてしまうかもしれない。
なので知見やある程度の参考のためにイン、もとい杏子は手をもじもじとさせながら、ほむらと悠斗に相談を持ち掛けた。
だが、帰ってきた二人の反応は【無】であった。
そして一言、
「おねぇが嘘をついた!?」
こんなの初めてだとほむらは驚く。
「進化が嬉しいのは分かるが、親バカもほどほどにな」
悠斗はといえばどこか遠い目で「夕飯なに喰う?」と話題をすり替えようとする。
「違うよ! ほんとだって!」
そして杏子は心外だとばかりに声を荒げて立ち上がった。
「その話が本当だとして、消えるし飛ぶし一撃死、挙句遠距離持ち。筋力120ってアビリティ、装備含めた俺よりも少し低いくらいだぞ」
「アビリティ分含めたら153だよ!」
「止めて! LV1で既に俺よりも筋力が高い」
杏子がいくら「ほんとだって!」と訴えかけるものの、ほむらと悠斗は一向に信用しない。
結局、話はそこで完全に終わってしまった。
ほむらが夕飯にデスソースたっぷりのオムライスを所望したことで、流れは夕飯の方へと傾いていく。
「まぁ気持ちは分かるぞ。ようは味方が強すぎてつまらなくなったってことだろ?」
「あぁー、あるよね。そういうの! そういう時はわざとパーティから外したり、他の子を鍛え始めるよね!」
「ほむらは一匹だけ異常なまでに鍛える派だろ」
そうした方が攻略まで速いじゃんと言い返すほむら。
対して悠斗はといえば好きなキャラを使いたいから万遍なく上げるなと返す。
どうやら信用はしなかったみたいだがそれはそれ。
二人は杏子が困っているのに変わりはないと、助言を送ってくれたらしい。
だが、やはりゲーマー目線であることには変わりない。
「ありがとう! 参考にしてみるよ!」
そうは言った物の、やはり杏子としては今まで一緒にいてくれたアンを外すなんて考えられないのだ。
仲間達と一緒に戦闘に参加させてあげたいのだ。
だが、そんな杏子の思いとは裏腹に。
魔法国家エルミナ、その東西南北にいるフィールドボス、その全てがアンの一撃で一掃された。
杏子は指示すらしていない。
それどころかミミとウデは一度として攻撃をしていない。
「これだけやってアンちゃんのLVはまだ5。いや、もう5なのかなぁ」
LV5とはいえ、既にLV1からかけ離れたステータスを持つアン。
インとしては運以外で勝っている部分がない。
何もしない主とは。
アンちゃんと一緒に、ミミちゃんとウデちゃんをどう活躍させたらいいのか。
泣き言のように顔を伏せながら、小さくなったアンの背中に乗りながらエルミナを走るイン。
その姿に多くのプレイヤーが写真を撮る。
そして、1メートルと少しのアリに連れていかれるエルフの少女と銘打っては騒ぐのだった。
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