夢の始まり

 光球はボス魔道具へと吸い込まれるように命中した。

 バチバチと液晶や胴体から火花を散らし、魔道具の体すべてが徐々に赤く彩られていく。

 挙動は既におかしくなっており、全身から伸びたビームは見える全てを消失させていく。

 HPが1割を切った魔道具の暴走だ。

 手始めに両の手にあるブレードが空中へと飛び出した。

 接続部と思しき場所から、何か電流のような鞭が伸びる。

 飛び出たブレードはそのまま、意志を持ったかのように空中を浮遊する。

 ここに来て最後の変形。

 その姿はさながら壊れる寸前だった。


「……面倒な」


 レイが苦い表情で拳を振るい、眼前に迫った電流に身を翻した。

 観察すれば、ブレードは滑空してイン達、後衛目がけて突進する。

 接続部から伸びた電流の鞭は、レイや虫たち前衛へと飛び交っていた。

 そして威力こそ低いもののビームは、雨のように降り注ぐ。

 まるで弾幕だ。

 ここに来て魔道具は最後の意地を見せてくる。

 ウデは確実に鞭を避けられない為、ミミの触手へと飛び乗った。

 アンとレイは鞭のせいで攻めるに攻められない。

 だが、


「今更遅い!」

「同感です!」


 そんなのスリーたちには関係なかった。

 ここまできたら後は突っ走るだけ。

 逃げ出すなんてありえない。

 放った【光球】がブレードで防がれるのを見るや否や、最初にスリーが飛び出した。

 ビームをその身に浴びようと、【再生の光】で何度も癒やしていく。


「私が決める!」


 そうさせまいと、しぶといハエを潰すかの如くブレードがスリー目がけて突き刺す。


「ミミちゃん!」


 急激にミミの触手が伸びてきた。

 ブレードは目視で2メートル以上はある。

 だからこそミミは、触手を縄ひものようにつなぎ合わせる。

 ミミの触手で作られた縄ひもはまるでしめ縄だ。

 ハエ叩きの要領でミミはブレードを撃ち落とした。

 だがブレードはもう一つある。

 さらに別の角度からスリーへと飛来する。


「確かこう!」


 入れ替わりの最初に貰った【爆封石】を、インはブレード目がけて投げつけた。

 魔道具作成で資料を見た時、発動の方法にも何となく目を通していたのが功を奏したようだ。

 小さいながらも、大きな爆発を内包した魔道具の石。

 投げた【爆封石】はブレードに着弾した直後、その力を存分に見せつけた。

 またもスリーに届かない。

 ブレードが再び宙を浮くころには、スリーは前衛へと飛び出した。


(……【爆封石】本当に便利だな)


 魔道具作成の初歩中の初歩。

 その威力で魔道具作りの実力を測れるというもの。

 まさかこんなところでも助けられるとは。

 無駄でも積み重ねは必要だなとスリーは内心笑みを浮かべた。


「レイ、頼んだ!」

「お前……」


 風圧が巻き起こる中、スリー行く末に両にある電気の鞭が何重にも振るわれることで作られた、絶壁が聳え立つ。

 ビュンビュンと飛び交う鞭の速度は、ブレードと違って簡単に掻い潜れるものではない。

 その状況下でレイは拳を握る。


「頼まれた」

「アンちゃん、援護!」


 レイとアンはそれぞれが今出せるすべての力を使って飛び出した。

 スキルはとあるスキルを使わない限り、威力を溜めるようなことはできない。

 だがレイは両手に【破拳】を発動させる形で、電流を吹き飛ばした。

 アンはといえば自らを囮にして鞭の注意を引き、レイの【破拳】を使用する時間を稼ぎきる。


「行けっ!」

「頼みました!」


 言われなくともそのつもりだ。

 2人と2匹のお膳立て。

 スリーは二ッと笑い、自分が今持てる全てのMPを【光球】へと注ぐ。

 だがまだまだ終わらない。

 魔道具は瞳のような液晶に光を集めていく。

 さっき一瞬にしてHPを削り取っていったあのビームだろう。

 魔道具から漏れ出ていた小さなビームすらすべて集束して解き放つ。


「ここで行けっ! ウデちゃん!」


 インの指示と共にミミはウデを掴んで全力投球。

 魔道具本体にウデは頭突きで衝撃を加え、集束して放たれたビームの軌道を僅かに逸らした。


「これで終わりだ!」


 ビームをも乗り越えたスリーは、浮かべた【光球】を全て魔道具へと撃ちまくる。

 インの姿ではひとつひとつの威力が低い。

 それこそ振っていない為、初期値と明言していい。

 だが【光魔法】アビリティLVと、エルフ特有のMPの多さがそれら全てを補ってくれる。

 さらには消費した次から、【MP自然回復Ⅰ】が発動するわけだ。

 まだまだスリーは燃料を投下する。

 爆発音が鳴りやまない。

 まるで花火のように上がり続ける衝撃。

 五月雨の光が起こす空気の震動は止まることを知らない。

 爆風で飛んできたウデをスリーはキャッチする。

 これもおまけとばかりに、持っているすべての【爆封石】を投げつける。


「やっぱ魔法はさいっこうだ!」


 遂にはMP切れを起こし、【光球】の群れは収まった。

 徐々に空気が煙を掃除していく。


「嘘……だろ」


 そして、煙が晴れた先には僅かにHPを残した魔道具が存在していた。

 ビキビキと不可解な音を立てているが、まだまだ健在であった。

 膝が笑って足が動かない。

 もう回避することもままならない。

 魔法を放とうにもMPがない。

 スリーの額に赤いポインターが向けられた。

 インが叫ぶ。

 だが無情にも魔道具の液晶の瞳に光が宿っていき、

 ――音もなく黒い影が横切った。

 それは、黒いカマキリだった。

 魔道具に死の宣告を告げる黒い死神。

 その背中からは、どことなく悲しさの漂っていた。

 黒鎌虫は輝きを反射する黒鎌を振り上げそのまま一閃。

 その一撃で魔道具の胴体は二つに両断され、最後にひとつ大きな轟音と爆発を上げて消えていった。


 *  *  *


 インとスリーの体が白く光り輝いた。

 視界が遮られるほどの閃光の後、インが瞼を開くと、すぐ近くに黒鎌虫が立っていた。

 後ろを振り向いてみれば、レイやアン達、そしてスリーの姿があった。

 服を見れば、ライアから貰った黄色の魔法少女服。

 お腹からこみあげてくる何か。

 インは両腕を振り上げ、精一杯の喜びの声を上げた。


「戻れたぁぁ~~!!」


 駆け寄ってきたアンとウデ、ミミをインは抱き締める。

 顔を埋め、戦力で身もだえる姿を晒していた。


「……夢の時間は終わりか」


 自分の手のひらを見て、若干名残惜しそうにスリーは呟いた。


「何言ってる。ここが幻想ファンタジーだろうが」


 そうツッコミを入れるレイ。

 魔法が使えなくなったのであれば、使えるようにすればいい。

 幸いこの世界では【自由枠】なるものが存在している。

 あの魔法はいわば、体験版のような物だという意味が込められているような気がした。


「だな。こっから大魔法使いのスリー様が誕生するわけだ」


 そもそもアビリティのLVに対してスリーの魔力は低すぎる。

 あんなのすぐにでも追い抜いてやると、スリーは拳を突き出して意気込んだ。


「そうだ。黒鎌虫さんは!」


 倒したら入れ替えが解除されてしまうのではないか。

 それを思い出したインは、黒鎌虫に駆け寄った。

 恐る恐る黒鎌虫の背中を突いてみる。

 狂暴になっていないかどうかと心配して。

 初めのうちは反応がなかった黒鎌虫だったが、俯いていた頭を上げて振り向いた。

 そして『やったな』とでも言わんばかりに黒鎌で自分の肩を叩いていた。


「黒鎌虫さん!」


 堪らずインは抱き着いた。

 倒さなきゃいけなかったらどうしようという、辛い思いを吐き出すように。

 大泣きしながら黒鎌虫のお腹に顔を埋めた。

 対して黒鎌虫の方はといえばどうしていいのか分からず、レイやスリーに助けを求めるような目を向けるのであった。

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