VS魔道具
無造作に散らばる書類の中、中央に鎮座していたのは2メートルの立方体だった。
何も映さぬ無垢なる液晶の瞳。
スクリーンの中を文字が右から左にとめどなく流れて行く。
人から忘れ去られても魔道具はただ稼働し続ける。
唯一自分が与えられた存在意義。
プログラムのみを実行して。
ただ延々と。
一度として信念を曲げずに。
その機械に変化が生じた。
独りぼっちのこの部屋に侵入者が入ってきたからだ。
途端に無垢なる瞳は充血した瞳のように光り出す。
ピピピと機械の稼働音のような物を乗せ、自分を構成していた部品を次々と四肢へと作り変える。
入力された言葉を、言われた言葉を猛進して。
今日、魔道具は初めての敵と対峙する。
* * *
「スリーさんの言った通りだ!」
入れ替える能力を持つ魔道具が、戦闘フォームに移行したのを見て、インは「すごい!」とスリーを称賛する。
「もっと褒めてもいいんだぜ」
「じゃあスリーさん。右から来ます!」
ボス魔道具は右手の部品をさらにブレード状へと変形させた。
まずは試しといったところだろうか。
空気を切り裂き、風を纏い薙ぎ払う。
「分かってる」
スリーは余裕の笑みを浮かべ、その場にしゃがみ込んだ。
すぐに意図を飲み込んだのか、インは、次なる指示を黒鎌虫とレイに飛ばした。
薙ぎ払われたブレードはスリーの頭を優しく撫でて通り過ぎる。
狙い通り。
内心そうほくそ笑んだスリーは、すぐに動けないタイミングを狙い、ボス魔道具の関節部位に【爆封石】を起爆させた。
ドカンと一発、爆音が鳴る。
煙の中から飛び出したのは黒鎌虫。
黒く死神の如き鎌を一気に振り上げる。
ボス魔道具は即座に対応しようとしてか、反対の手もブレードに変化させて繰り出した。
「ここか」
それはおとりだった。
本当の狙いであるレイは、ブレードが振り切られ無防備になったボス魔道具に【破拳】を叩きこむ。
ガキィィン!! けたたましい金属音と共にレイは弾かれた。
体勢を崩され、宙に投げ出されたレイをミミは触手で救助する。
「おいおいなんだよ。遅すぎるぞこいつ」
軽口を叩きつつ、スリーは役割が違うからだろうと冷静に分析する。
元々の役割が人格の入れ替え。
戦闘をすることではない。
機能を最低限守る程度にしか戦えないのだろう。
「固いがな」
レイは赤くなった手首を振ってスリーの隣に立つ。
まるで本当に本調子に戻ったようだなとでも言いたげに。
だからこそスリーは、いつものように軽口を叩く。
「本職のし過ぎで鈍ったんじゃないのか?」
「副職が本職の時間を奪ってどうする」
レイは「元々四十階くらいでやられると見積もっていたんだがな」と泣き言に近い声質で拳を構える。
対してスリーは「この天才様がいるのにその程度で積むわけがないだろ」と、さらに【爆封石】を取り出した。
「警戒だけはしておいてください!」
「「だな」」
インはそう言ってアン達に的確な指示を送り、有利に死合いを運んでいく。
ミミとアンが力任せにボス魔道具の動きに適応し、時折ウデと黒鎌虫が真正面からブレードを受け止める。
同じような行動に、時折違う流れを入れてボス魔道具を翻弄する。
そうして大体五割ほど削ったあたりからだろうか。
一条の紅い光がイン目がけて照射された。
恐らくボス魔道具が指示を出すインが一番脅威であると断定したのだろう。
明らかにその一撃はインを狙った物であった。
「だよな、機械といったらビームだよな!」
だからこそスリーはすぐに動けた。
今まで何本ものゲームをやってきて、書類を作れてしまうほどの知識を持つスリーだからこそ。
スリーはインを庇うようにビームとの間に身を挺す。
そして胸元から下げたブレスレットを強引に自分の腕にはめ込んだ。
目の前が赤い閃光で埋め尽くされた。
思考と意識が真っ赤に染まった。
「スリーさん!」
スリーは浮遊感を味わっていた。
インの呼び声が、離されたかのように遠く聞こえる。
(あーあ、頼りたくなかったんだがな)
体は無情にも床へ叩きつけられた。
ブチっと、ブレスレットが千切れる。
「ほんと、頼りたくなかったんだがな!!」
ボス魔道具の透明な液晶の瞳に、光の粒子が集まるのを見てスリーの意識が一気に覚醒する。
起き上がり後すぐにインの手を引っ張り、ボス魔道具のビームから身を翻した。
「大丈夫……何ですか?」
恐る恐るといった様子のイン。
その姿をスリーは鼻で笑う。
「大丈夫なわけないだろ。こちとらもうHP1だ」
スリーは切れたブレスレット、【身代わりブレスレット】を手で払う。
効果はよくある、HPが0になる攻撃を一度だけ1で耐えるという代物だ。
まさか蜘蛛の糸を取る時に姐さんから渡された魔道具が役に立つなんてと、スリーは小さく自嘲する。
「スリーさん。まだ動けますか?」
「当然に決まってるだろ!」
プライドとかとは関係なしに、本当のことであった。
これはあくまでゲーム。
例えHPが1であろうと動く分には問題ない。
精々全身に静電気が走る程度で済む。
その程度の痛み、今までの苦しみに比べればはるかにマシだ。
だが、HP1ということはちょっとした攻撃でアウトなライン。
恐らく、無意識に自分の動きに制限をかけてしまうかもしれない。
スリーは無意識に自分の足に意識を向けてしまっていた。
本当に大丈夫か。
本当に走れるのか。
そんな考えが身を蝕んでいく。
「スリーさん」
ビームを放った位置から動かないボス魔道具から視線をそらさず、インは静かに告げる。
「【変身解除】と口にしてください」
「……はぁ? いきなり何言ってんだお前」
「今は力が必要なんです。お願いします!」
インの目はスリーの心を射抜くかのように鋭かった。
あの目だ。
アン、ミミ、ウデに向ける主として、決断するときの、まっすぐで失敗を恐れない瞳。
「断る」
「スリーさん! 今は――」
「って、前だったら言ってたんだろうな。いいよ。やってやろうじゃんか!」
本当に、このダンジョンに入る前は考えもしなかったことだった。
インの指示に従ってやろうだなんて。
それこそ魔道具で殴りかかっていたはずだ。
深くくだらない嫉妬を振りかざし。
馬鹿にしていただろう。
だが、今のスリーにそんな考えはない。
インの目的と目標を知った。
そこに行きつくまで果てない道を進んできたのだと知ったから。
もうスリー自身に魔道具の未練なんて残っていない。
昔を、始めたての頃の、純真な気持ちを思い出したから。
だからこそスリーは腹から絞り出すかのように宣言する。
「【変身解除】!!」
スリーの体、正確には装備が光り輝いた。
部屋全体を照らす白い俊光。
収まるころにはスリーの服は黄色い魔法少女服へと転じていた。
言葉を完全に失ってしまったスリー。
光に反応したのか、今までアン達とレイに意識を向けていたボス魔道具がスリーに目標を移す。
「黒鎌虫さん! アンちゃん、ミミちゃんはボスを抑えて!」
インの指示通りに行動して、ボス魔道具の行く手を妨害するニ匹。
それとは別に、素っ頓狂な叫びがこの場に響く。
「なんだよこれぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ライアから貰った特別な装備です!」
「普通【変身】がトリガーだよな! なんで【変身解除】がトリガーなんだよ!」
「それを私に言われましても」
そういう風に仕組んだのはライアだ。
インが頼んだわけでもないし、あの場にいたピジョンが何も言わなかったから、そういうものなんだろうと完全にスルーしていた。
この矛盾に気づいたのはハルトとファイが、それはおかしいと指摘したからだったりする。
興奮するスリーに、インは少し押され気味に身を引いた。
「まだ話すか」
「ごめんなさい。今行きます!」
ボスの方へとかけていくイン。
そして言い残したとばかりにただ一言、スリーに対して告げた。
「そうそう、その状態になるとLV20相当の【光魔法】が扱えます! 回復してから来てください!」
魔法が使える。
スリーの思考は一気に魔法で埋め尽くされた。
「……【再生の光】」
確認するかのように魔法スキル名を呟くと、光がスリーの身を包んだ。
優しく、暖かな。
自分が今まで求めていた光。
分かっている。
これもインの持つ力。
自分が魔法を使えるわけではない。
借り物の魔法。
だが今だけは、この感覚に。
スリーはゆっくりとこぶしを握る。
そしてボス魔道具を見据える。
【光球】
スリーの近くに光の玉が浮かび上がる。【火魔法:火球】の【光魔法】バージョンだ。
今までインは、虫に注目するばかりで魔法を使うことはあまり無かった。
だがスリーは遠慮なく、最大限に魔法の力を解き放つ。
光球に気づいたのか、ボス魔道具が再びスリーの方を注目する。
だが気づくのが遅かった。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
光球はボス魔道具目がけて突撃する。
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