新たな虫? 3
体が平べったいせいでどうかは分からないが、より低身長になっているので間違いはないだろう。
ウデムシは頭を下げていた。
(どういうこと!? テイムされたいってことなのかな? ならテイムしちゃう! しちゃう!!)
テイム条件として魔物のえさを取り出すイン。
魔物のえさを食べないと、どれだけお願いされても仲間にできないからだ。
しかし、そうではないと言いたげにウデムシは触肢を伸ばそうとしない。
違うようだ。酷く残念そうにインは肩を落とした。
「アンちゃん。通訳……できないよね」
何か訴えるかのようにアンがハサミを動かしているが、ガチガチと音を鳴らすだけで何の意味を表しているのかさっぱり分からない。
困惑の表情を浮かべたインは「お兄ちゃん」っと、隣にいるハルトに助けを求めた。
「インが分からないなら、俺が分かるわけがないんだけどな……。ちょっと待ってろ」
ハルトも同じように対話を求めてみるが、やはり通じないようだ。
人間の言語で話してみても、ただ首を傾げるばかり。
通じているかすら怪しいといった状況だ。
(ウデムシって、文献が少ないんだよね。学習できたり、協調性があったり、乱暴者が居たり、人間みたいに色々な性格の子がいて)
インがそう頭を悩ませていると、ウデムシは触肢を振って見せた。
どことなくその様は、ボクシングのジャブのようである。
「もしかしてお前、強くなりたいのか?」
ハルトの言葉に、ウデムシの代わりにアンがハサミを鳴らした。
どうやらそれであっているらしい。
アンが通訳して教えたらしく、ウデムシは今度ハルトに対して頭を下げた。
どうやらこのウデムシは、闘争行為が好きなようだ。
「だとよイン。こいつ強くなりたいんだってよ! いいぞいいぞ、一緒に強くなろうぜ!」
理由などなくとも、男子というのは強くなりたいものだ。
そんなウデムシに感化されたのか、強くしてやると意気込むハルト。
ウデムシも、感激するように触肢を伸ばした。
ウデムシに足りないのは、恐らくLV。
他にも技術や、体格に見合った狩りの手法だろう。
きっと今まで逃げてきたのか、それとも強敵と戦わなかったからこそ足りないだけ。
小さければトカゲであろうと捕食体勢になりえるウデムシの事だ。
こちらがサポートしてやり、後はウデムシが倒せば簡単に強くなれる。
だからこそ、インはアンとミミに目を向け、こう言い放った。
「私は反対かな」
ハルトは困惑の表情を隠せない。
詰め寄るかのように、インの両肩を揺さぶった。
「おいおい、どうしたイン?」
「テイムするなら大賛成! あの子すっごく、すっっごく可愛くてカッコいいもん!! 今すぐにでもテイムしたい!」
「……なぜ?」
目にハートを浮かべた、いつも通り変わらない笑顔でインはアンとミミを撫でる。
「食物連鎖、弱肉強食って知ってるお兄ちゃん。テイムしてゲームを楽しんでいる私が言うのもなんだけど、あんまり野生の子を手助けするのは良くないかなって」
「それなら仲間にすれば問題ない! アンの時のように、一緒に強くなっていけばいいじゃないか」
「それもそうなんだけど……。あなたはどうしたい?」
インは魔物のえさを再びウデムシの近くまで持っていく。
もちろん食べれば素直に迎える気満々だ。
持っていない方の手が既に怪しい動きをしている。
だが、ウデムシは触肢を伸ばさない。
アンが通訳してもだ。
ジッとインの目を見つめている。
テイムされる気がないなら、インとしても強要手段に入るわけにはいかない。
やったところで、いくつ費やしたところで無駄だろう。
そして、それが何を意味するのか、ハルトはすぐに答えを見つけたようで声をかけてくる。
「別に仲間にせずとも、鍛えてやればいいじゃないか」
「そうかな? 勝てない姿に可哀そうだからって、いちいち手を加えるのもどうかなって私は思うよ」
ライオンに勝てない動物達を助ける為に、人間が手を加えるのはどうなのか。
仲間にしたいのは山々だ。
なってくれれば、いくらでも戦闘のコツを教える。
いくらでも特訓して強くしてあげられる。
だからでもあるのだろう。
こうして、ウデムシが魔物のえさを食べようとしないのは。
悪く言えば、強くなりたきゃ仲間になれ。
インの言う事は、それと同然なのだから。信頼関係も薄いのに。
「こういうのは、男の譲れないプライドなんだよ」
ハルトの言葉に、インは首を傾けるばかりだ。
「けど、こうして強くなろうと私たちに頭を下げているよね? 強くなれるし、私は仲間が増えて幸せ!」
「そう言われると……はぁ、分かった。俺達は手を出さない。というか、その方針ならインが無理やり仲間にしたミミはどうなるんだ?」
前聞いた話だと、インはミミに食べられて、その際一緒に入った魔物のえさでテイムされている。
そうでなくとも元々テイムする気満々だったよなとハルトが目を向ければ、インはそっと視線を逸らした。
「あれは、ミミちゃんからの熱烈なハグだったから! とにかく! 私は手を出さないから!」
「……悪いな。強くなりたいなら、他当ってくれ」
それだけ告げるとハルトは手を上げた。
インも一緒に、背中を見せる。
本当は仲間にしたい衝動をその場において。
「…………ねぇお兄ちゃん。お願いしていい?」
「……話しを聞いてからな」
* * *
シェーナ、フィート共々合流し終えたイン達。
「あっはは、ハルトの周りっていっつもおっもしろいよね!」
「……いうな。自覚してる」
「類は友を呼ぶっていうけど、ハルトってばそうじゃないよねー」
「妹含めて、一つ隣の奴が変人すぎるんだよなぁ」
ハルトがため息をつけば、「へぇー、それってあたしも?」っとシェーナは睨むように口にした。
ハルトは無言を貫いている。
あちらも頼まれの用事を終えたのか、フィートは非常に晴れやかな笑顔をしている。
もう虫だらけの森から出れるという安堵からだろうか。
「どうしたのフィートちゃん?」
「…………頭」
フィートの指さしたインの頭。
なんてことは無い、綺麗な金色の髪だ。
インが首を傾けると、確かにと言った様子でシェーナが手をポンッと叩いた。
「アンって子がいない! 見つけたんじゃないの?」
インが「あはは」と乾いた笑みで頬を掻くと、代わりにハルトが代弁する。
「今もあの虫のとこだ。まぁ気にするな。無事だから」
「あの虫って……うげぇ」
心底嫌そうな顔と声を面に出すシェーナ。
「そういうな。あれは中々の逸材だぞ。強くなるために頭を下げる。なかなかできる事じゃない」
「仲間になってくれれば協力するのに」
インが条件付きで強くなる方法を開示すると、シェーナも同じように「仲間になれば強くなれて、虐待されない保証付きなら安い物じゃないの?」っと、肯定意見を繰り出した。
フィートも頷いているところを見るに、全く同じ意見のようだ。
逆の立場ならどうだとハルトが提示すれば、シェーナはやはり仲間になって頼ると口にする。
どうあれ、ひとりだけで強くなろうという意思は全くないようだ。
「……プライドあっても」
「プライドは大事だけど、死んだら意味がないって考えたらあれじゃない?」
「ですよね! ウデムシちゃん系統なら、集団生活を送っているから、一匹オオカミになる必要は無いのに……」
ワイワイと盛り上がる女子群。
もはやここが虫が溢れる森だとしても、関係ないようだ。
その中から弾き飛ばされた、男性であるハルト。
彼はひとり、誰にも気づかれないように小さく呟いた。
「お前の気持ち、よく分かるからな。ウデムシ……」
ひとりで強い。
仲間なんて必要ない。
孤独感に溢れ、集団をひとりで無双できるオレかっけー。
誰だって、そんな強い存在に憧れる。
誰だって、そんな強い存在になって活躍してみたいものなのだ。
切実な思いだった。
戻り始めて5分もかからないほどで、町の正面入り口に到着した。
「やっと抜け出せるぅーー! ここしばらくおさらばってね!」
シェーナが両腕を上げ、声を大にして叫べば、フィートも頷き同意を示した。
「……あっ、私ちょっとやり残しちゃった事がありまして。すいません、ここで」
地獄から天国だとでも言いたげなシェーナに、インは手を合わせた。
「……そなの? いよいよ、じゃね。また今度、ハルトの妹ちゃん二号とも遊びたいな」
「はい、失礼します! それと私、インって名前なんですけど」
インの嘆きも空しく、シェーナはフィートの手を握り、「じゃあハルト、行く?」と正気に戻り聞きだした。
「いや、ちょっとこれからあのクソ鳥と接触しないといけなくなってな。それからでいいか?」
「うん! オケオケ!」
「わりぃな」
元気な笑顔でシェーナは手を振った。
申し訳なさそうに、インが声をかける。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「今度俺の頼みを二回は聞いてくれよな?」
「もちろん良いよ!」
どんな頼みかは知らない。
けれど、兄は無茶な要求をしない。
それだけ分かっていれば、十分であった。
ハルト達が図書館まで駆け出して行くと同時、インも振り返り森の方へと戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます