東風谷

「お疲れ~。まさか倒せるとは思ってなかったよ~」

「ありがとうピジョンちゃん。じゃ、話しをしようか?」


 戦闘終了後、アンとミミを撫でるインに声をかけたピジョン。

  彼女は見るだろう。

 はにかむような笑みから一転、黒いオーラが纏わりつくのを。

 ミミは危険を察して自ら輝石に戻り、アンもそっと主から少し離れた位置で見守った。


「おかしいよね? ここのボスちょっと強すぎるよね? さっきミミちゃんの事を気持ち悪いって言ったよね? 少し話があるけど良いよね?」

「にゃ、にゃはは……」


『風魔法:疾風』


「待てぇ!」


 ピジョンは無言で地面を蹴りだし、誤魔化す様に一気に走り出したのだった。


 *  *  *


 魔法国家エルミナの王と面識があるプレイヤーが作ったとされる第二の国、東風谷。

 異世界では東の国、現代なら昔の日本をイメージしたとされている。

 関所なんて金剛力士と非常に似た像が左右に並べられ、有名どころの神社にはありそうだ。

 門番からは軽く四から五回ほどの門答を受け、数分くらいで二人と一匹は中に通された。

 魔物に関しても、町中で暴れさえしなければ基本問題ないようだ。

 ピジョンも指名手配されていない。


「おお、流石は日本の国~」

「江戸時代にタイムスリップしたみたいだね!」


 活気盛んな江戸っ子の声。

 隙間なく敷き詰められた家々。

 近くには団子屋が経営しており、和服の町娘がせわしなく動いている。

 家を買うための貯金を崩し、試しに三色団子を一本買う。

 千切ってアンに分けつつ自分も口に入れてみれば、梅、何か、ヨモギのほのかな風味がさりげなく主張する。


「団子、食べたことあるけど、こんな味だったかな?」

「ああ、市販の奴はね~」


 インの口の中へと、自分のみたらし団子を入れるピジョン。

 普段は絶対に食べないだろう味に、重度の味覚音痴であるインは頭を悩ませつつ尋ねる。


「それで流されるままに来たけど……観光?」

「そうだね~。ひとまず観光しに行こうか~」


 この国、今のところは城下町しかないようだ。

 一番目立つ位置には目を見張るほどの大きな城。

 少し歩けばフルートのような木製の楽器で奏で、合わせるように踊る、松明でジャグリングなど、その時代特有の大道芸が映る。

 時折声をかけられては参加させられ、弓版の的当てゲームなんかも体験することができた。

 あの髪型は! っと行ってみれば、現実ではほとんど見かけないちょんまげ。

 侍が刀を提げて歩いている。


「やっぱり刀は良いよねぇ~」

「どうしたのいきなり?」

「エルミナって西洋の剣ばかりなんだよね~。ファンタジーだから仕方ないけど、やっぱり扱うなら刀だよ~」


(あぁ、忍び刀使ってるもんね。……もしかして)


 恐らくでもインの予感は当たりだろう。

 あのピジョンが、何事にも大抵動じないピジョンが、普段ふざけているあのピジョンが、今まで見たことが無いほど目を輝かせているのだから。

 しかもその瞳は、どこか、インが虫を見ているときと同じで……。


「ああ、やっぱり我慢できない。むしろ我慢しろっていう方が刀に対して失礼だよね~。良いよねもう」


 叫ぶと目立つのか大にはしないが、その分興奮をビシビシと感じ取れる声質。

 「鍛冶屋行ってくる」と、ピジョンはある程度集合場所を決めるとそう言い残し、走り去っていくのだった。


(ど、どうしよう……)


 ピジョンがここに来たかったのであって、インはここに来る理由は何もない。

 とりあえず適当に行ったり来たり彷徨していると、角を曲がったところから驚くような声が聞こえてくる。

 どこどこで酒を大量に飲んでも大丈夫な人がいると。


(それ、日本が舞台じゃないような……)


 それでもこの話は虫と関係がある。

 そう結論付けると、インは目的地まで野次馬精神で駆け出し、武家屋敷らしき場所に着く。

 普段なら威風堂々と立ち塞がっているだろう門が、来る者拒まず去る者追わずとでも言いたげに開いている。

 現に一般平民、農民らしき人が入っているのに門番は我関せず。

 インが軽い会釈をすれば、あちらからも人当たりのよさそうな顔で返してきた。


(こうは上手くいきそうにないよね……)


 少し開けた場所まで行くと、まず目に映るのはひとりの男性。

 すぐ近くには酒がいっぱいに詰まった壺と、その周囲を取り囲む人たちを警備員のように抑えている人。

 ある程度人が集まったところで、中心人物である男性は壺の酒を一気に呷ったではないか。

 ゴキュッゴキュッと喉を鳴らす。

 男性は再度壺を地面に置いた。

 ふぅと一息を置いた男性。

 息を飲む周囲の人たちと一緒にインが壺を覗いてみれば、中の酒は一滴たりと残っていなかった。

 わぁと湧き上がる歓声。

 侍が観客たちに箱を差し出すと、皆一様に金を投げ入れた。


(あの話を現代風にやっているのかな? やるのなら中国舞台の方が――)


 そう最低限の金を投げ入れたインの元に、ウィンドウが一つ開かれる。

 もしかして、緊急クエスト。

 だがこの状況、ある程度予想がついているインが覗き込むと、そこにはこう書かれていた。『酒虫しゅちゅう』っと。

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