VSキラーベアー

 上から振ってくる青い何か。

 それが落下した衝撃で、輪が広がるように地面が軽く揺れた。

 なんだろうとインが顔の前で組んだ両腕の隙間からちらりと観察すれば、そいつはゆっくりと太く引き締まった腕と顔を広げた。


「クマ?」

「キラーベアーだね~」


 なんと降ってきたのは、全長一メートルにも満たないクマ。

 あのクマが、二足歩行で立っているのだ。

 鎧のような外殻に、全身に亘り生えそろえられた剛毛。

 獲物を目にした猛獣のように舌を垂れ流し、鼓膜を直接叩くほど猛々しく咆哮。

 戦闘する意思を感じさせるギラついた目でこっちを見てくるも、その場から動こうとしない。

 あくまで挑戦者を迎え撃つようなスタンスで待っている。


「じゃ、インちゃんにパ~ス。私は戦ったことがあるからね~」

「手伝ってくれないの!?」

「インちゃんがどう戦うのか見たいからに~」


 ピジョンはそう言うと、本気で「じゃね!」と腕を振りながら邪魔にならなそうな辺りにまで離れ、大きなあくびを溢した。


 ――寄生。


 ファイから教えられた言葉が頭の中に思い浮かぶが、両頬を叩いて目の前のクマに気を引き締めなおす。

 たった一歩、たった一歩だけ足を踏み入れれば、キラーベアーと呼ばれたクマがすぐに臨戦態勢に入る。


 両者、一歩として動かない。

 慎重な足運びでアンとミミから、一定の距離を保つ。

 いつまでも続くと思われた拮抗が破られた。


「ミミちゃん、触手で翻弄して! アンちゃんは隙を見てハサミで噛みついて!」


 指示を聞いて僅か一秒でアンは速攻。

 キラーベアーを中心として、回転するように走る。

 そこへミミが援護する。

 触手をキラーベアーの周りに漂わせ、確実に注意を逸らす。

 鬱陶しそうにキラーベアーが触手へ腕を伸ばす。

 タイミングを狙い、アンが口を開けて噛みついた。

 キラーベアーが振り払う頃には、もうアンはそこに滞在していない。

 次の隙を見つけて噛みつきに走っては、キラーベアーのHPを七割削り取る。


「さて、こっからが見ものだね~」


 アンが先ほどと同じように飛び出した直後、キラーベアーの姿がブレた。

 何もない宙を噛みつくアンの後ろ。

 アッパーを入れる形でキラーベアーが現れる。


「ミミちゃんカバーしてぇ!!」


 触手がアンの体をはじく。

 代わりにキラーベアーのアッパーを受けた触手が弾け飛ぶ。

 インがそう認識している時点で、キラーベアーはもう次の行動に出ている。

 未だ空中にいるアンを叩きつけるような形で、再び現れたのだ。

 今回も同じように、今度は下に叩く形で回避する。


(速くなっている!?)


 地上に降りればアンも躱すのは多少容易となってくる。

 それと同様に、アンも攻撃を仕掛けられなくなっていた。

 お互いに攻撃して躱されを繰り返し、決定打がない。


(どうすればいいこの時! 何か、何かないかな!)


「そうだアンちゃん! 周りの岩を盾にして!」


 ミミが触手で再び撹乱し、その隙にアンは岩を背にキラーベアーから身を潜める。

 耳をゆっくりと澄ませば、地面を叩いて走り寄るような音が聞こえる。

 数メートル、数センチ!


「今!」


 インの掛け声と同時にアンのすぐ近くにある岩が砕かれる。

 飛び散る礫。

 逆らうようにアンは飛び出し、噛みついた。


「やった! ミミちゃんお願い!」


 天秤は再びイン達の方に傾いた。

 同じように何度も岩を利用し続ければ、HPバーが半分まで来る。

 よろめくキラーベアー。

 駄々をこねる子どものようにその場で腕をめちゃくちゃに振るい始めた。

 瞬間、何かを感じ取ったアンがその場から跳びのけば、近くの岩が何故か弾け飛ぶ。


 もう一度、アンが違う岩に隠れれば全く同じ現象が発生する。

 よく見れば、振るった直後の空気が歪んでいた。


(まさか衝撃波を飛ばしてきている!?)


 これでは今までの戦法は何一つとして通用しない。

 岩を貫通して攻撃してくるのであれば、岩を背に相手の姿を見えなくするのはむしろ悪手というものだ。

 再びキラーベアーに姿をさらすのを余儀なくされる。


 だがまだ救いはある。

 狙いはアンだけ。

 ミミが触手でサポートしているのにも関わらず見向きもしない。


(次はどうすれば! どうする!)


 キラーベアーが腕を振るうたび、砂埃が立ち更地になっていく草原。

 一旦深呼吸をして、インは冷静に徹して物事を観察する。


(ここで私が攻撃を加えに行く? いや私じゃあの攻撃は耐えきれそうにない。多分回復も追いつかないよね。それに考えてみたら光魔法の試し打ちなんてしてないから、何使えるのか分からないよ。ならさっきと同じようにアンちゃんとミミちゃんのコンボで。でも触手の数にも限りがある)


「インちゃ~ん。聞こえてるインちゃ~ん! お山が発展途上のインちゃ~ん!!」

「静かにしてピジョンちゃん。今考え事をしている最中だから」

「うわお! いつになく真剣。悩んだら仲間たちのステータスを開くのも手だよ~」


(ステータス? そういえば最近開いた事なかったな)


 ヒントを与えられたインは仲間たち全員のステータスを開く。

 一番速度の高いアン、筋力の高いミミ、幸運だけ高いイン。

 次いで現在使えるアビリティ群に目を向ける。


(使えそうなのは光魔法かな? アンちゃんは相変わらずすべて使用不可。後は……)


「――鞭アビリティ」


 元々ミミがワームの時から持っていたアビリティ。

 今の今まで使わずとも戦えてきていたのと、乾燥肌の衝撃が強すぎて頭の中から離れていた存在。

 インはアンとキラーベアーの激闘を目に入れつつ、鞭アビリティの詳細を開いてみる。


『バインドLV4』


 相手を掴み、((スキルLV+筋力)―相手の筋力)×1秒の分だけ動けなくする。



「これってスキルだったの!?」


 今まで何も知らないで使っていたよと、インは少し驚きつつも深呼吸。

 たった一つしか使えないスキル。

 その一つに希望をかけて、ハッキリとスキル名を口にする。


「ミミちゃん『バインド』!」


 ミミの触手が伸びる。

 相手のキラーベアーはその場で衝撃波を飛ばすのに夢中。

 その場から一歩として動かない。それどころかあらぬ方を向いている。

 ゆっくりと、それでいて大胆に動きキラーベアーを縛り付けた。

 たった数秒限りで出来たチャンス。

 当然逃がすアンではない。

 迅速に背後へと移り、首に向かって大きなハサミを突き立てた。

 汗が蒸発するようにHPバーが飛んだ。

 拘束を破りキラーベアーが近くのアンへと襲い掛かる。


「ミミちゃんそのまま叩いて!」


 それをミミが触手で強打。

 前かがみに体勢を崩し、攻撃は宙を斬った。

 その後もインの指示通り動くアンとミミの猛攻に、キラーベアーの体力が三割を切る。

 残りあと少し。だが、諦めの悪いキラーベアーはさらに加速したのだ。


「待って、まだ速くなるの!?」


 斬撃のような風が遅れて肌を叩く。

 もうアンですら視認できないほどの速度。

 草原に吹きすさぶ一瞬の変化を見抜いて跳べば、さっきまで立っていた位置に青い尾が突き刺さり爆発する。

 もうダメージなど何のその、ミミの触手によるダメージを完全に無視してアンにだけ執着する。


(まだ強くなるとか聞いてないよピジョンちゃん!)


 それもそのはず、このボスの推奨LVは35。

 平均20にすら届いていない一人とニ匹では、まずここまで追い詰める事すら不可能だろう。


(あの足さえ取れれば……足。下は地面……。ミミズのミミちゃん。耕す……)


「これだぁ!」


 思いついたここからの逆転劇。

 インはアンに攻撃を中断するよう、逆にミミは攻撃を激しくするよう指示をする。


「ミミちゃん。この水とポーションを持って!」


 それからミミの口の中にポーションを押し込め、触手に水の入った瓶を絡ませ作戦概要を伝える。

 当らずとも何度目かの攻撃。

 遂にターゲットがアンからミミに移った。


「今だよ『巨大化』! からの潜って!」


 土の中へとモグラのように体を押し込むミミ。

 正しくここが自分のグラウンドだとばかりに土中を移動する。

 そこから貰った水を移動した先へぶちまけた。

 ミミズは地面を耕しながら移動する。

 ミミのように全長が十三メートルもあれば、すぐに即席の畑が出来上がっていく事だろう。


(本当は全部やりたかったけど。アンちゃんの蟻酸が解放されれば!)


 悔やむように、それでいて自信満々にインが戦場を見つめていると、ピジョンが横から話しかけてくる。


「ねぇインちゃん。あれだと見えないミミちゃんから、見えるアンちゃんへとターゲットが切り替わるよ~?」

「大丈夫だよ。見てて」


 そうインが告げると、にょきっと地面の中から触手が突き出てくる。

 ピンク色のゆらゆら揺れ動く触手。

 それを始めとし、波紋が広がるように距離を置いた場所からさらにいくつもの触手が生え出るのだ。

 その光景はまさしく、触手持ちのボスではないか。


「気持ち悪い」


 顔を青くさせたピジョンが引き気味に言葉を絞り出した。

 その言葉は正しく、触手と虫嫌いの全女性を代表している。

 が、ここでは失言であったようだ。口を手で塞ぐがもう遅い。


「後で話」


 見えない黒いオーラを放つ手が肩に置かれ、反射するようにピジョンはビクンと震わせた。


 それはさておき、戦いの方は作戦通りに事が動いていた。

 キラーベアーはいともたやすく釣り餌に惹かれ、触手へと攻撃を仕掛ける。

 衝撃波を出し、自ら叩きに行くこともあるがそのすべてが無駄。

 水が足りなくなったらインの下からミミが顔だけ出し、貰ったら地中へ潜るを繰り返す。


「いくら調合用に水をいくつも持っているとはいえ、水魔法でも使わない限りは全面を水にぬかるんだ状態にすることはできないと思うよ~?」

「ふっふっふっピジョンちゃん。違うんだなぁそれが」


 ああ見えてミミは五十センチ×五十センチの場所しか濡らしてはいない。

 必要はないとは思うが、それでも最初の冷静な一面を垣間見れば可能性はある。

 だからこそ全面を移動していたのだとドヤ顔でインが語れば、「やっぱり魔女ちゃんの姉なんだにゃ~」とピジョンは誰に聞かせるわけもなく呟いた。


 かくして仕掛けが終わった。

 最後の肝としてミミ自身が顔を出す。

 キラーベアーは振り向きすぐに反応した。

 その表情は正しく、よだれを垂らし笑いに歪んでいる。

 刹那、地面を蹴り上げ駆けだした。足の筋肉を脈動させ閃いた。

 青い軌跡を描く矢のように、腕を尖らせ突き出した。

 その流れる速度はもう、目にすら映らない。

 ミミは直感的にモグラ叩きのように潜り回避すると、キラーベアーはぬかるんだ土を踏んだ。

 勢いそのままぐにゃりと滑り、腹から盛大に地面へと突っ込んだ。


「ミミちゃん『バインド』!」


 地面から天高く伸びるようにして現れた触手が、張り付けるようにキラーベアーを地面に縛りあげた。

 こうなればいくらフィールドボスとはいえ、脱出するのは至難の業。

 起き上がろうと顔を見上げたキラーベアーの正面に、陽の光を反射させる一匹の白いアリが立ちはだかる。


「噛みつき!」


 地面に這いつくばるキラーベアーへと、アンは噛みつく。

 力なく目を閉じる青いフィールドボスのクマ、強敵はゆっくりと全身を光へと変えて勝者を称えてくれるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る