依頼

(良い、この完璧なフォルム実に可愛いよ!! そしてこの雪山に住んでいるといわれているイモムシも白くて雪の妖精みたいで……はぁ、はぁ、はぁ素敵だよ! こんなのも、この世界に、いるんだ。調教LVはフヘヘ。そういえば虫ちゃん達の味もリアルなのかな!!)


 ついつい虫の本を読みふけっていたインが、ふと冷静になって時間を確認してみると、もうかれこれ数時間は経っている。


(このゲーム世界でも、虫の世界って広がっているんだなー!)


 インは重い腰を上げて、ぐっと腕を伸ばして背中を伸ばす。

 読んでいた本をウィンドウのパネルを操作して戻し、――突如インの頭に電流が流れる。


(あっ、ピジョンちゃん)


 すっかり忘れていたとインは図書館内を走らず、それでいて早歩きで姿を探せば、机に突っ伏しぐったりとしているピジョンを発見。

 急いで駆け寄ったインは、彼女の背中を揺らす。


「終わったの? 変態インちゃん」


 ピジョンはあくびを溢すと、背中を伸ばした。


「へっ、へんた――! いって?」

「いや、さっきはつじょ――魔法について調べたいこと終わった?」


 何かを言いかけていたようだが、すぐに口を閉ざすピジョン。

 何を見たのか聞いてみようとするも、ピジョンは対価を求めようともせず首を横に振るばかり。

 聞き出すのを諦めたインは、「うん終わったよ」とだけ返す。


 やりたいことも終わったので、インとピジョンは図書館を後にする。

 同時にインは速攻でアンを輝石から呼び出し頭の上に乗せた。


「それじゃあ次どこ行こうか~」

「うーん。ひとまずフォン稼ぎかな」

「それならクエストを受けたほうが早いかもね~」

「確か依頼だったよね」


 このゲームに来て、最初にハルトから教えてもらった事をインは思い出しつつ、問いを求めるように聞き返す。


「そうそう。でもああいうのって、なかなか発生しないんだよね~。ギルドに行けばまた……ってあれ、ファイちゃんじゃない?」


 ピジョンが指さす方を向いてみれば、確かに見間違いの無いあの目立つ眼帯。

 ゲーム内では赤い髪を持つファイが、誰かを引きつれているわけでもなく一人歩いている。

 あちらはこっちに気づいている様子はない。


 ピジョンが「お~い、紅蓮と灰塵の魔女さ~ん」と手を振れば、あっちも顔を上げて気づいたようだ。

 ピジョンを目に捉えると、踵を反してクールにその場から去ろうとする。

 その判断たるや、迅速なものであった。


「どうしたんだろ」とインがピジョンの方に振り向けばもういない。

 もしかしてと思い、もう一度ファイの方へ向けば、ピジョンが手首を掴んでいるのが見えた。

 その相変わらずの速さに、インは苦笑を漏らした。


「放せ」

「いやいや~、そんな逃げようとしなくてもいいんじゃにゃいかな~」


 ファイはあくまで無表情で腕を上下に振り、外そうとする。

 だがピジョンはがっしりと手首を掴んだままだ。

 どれだけ嫌がられようともニコニコ笑顔を続け、放す気配は微塵も感じさせない。

 このままでは話は進まないだろう。

 若干周囲から奇異の視線を受けている二人の所へインは向かう。


「ファイ、なんでここにいるの?」

「お、おねぇ!? どうしたのだ!? こんなクソ鳥を引き連れて。いいから放せ!」


 なおも腕を振り続けるファイの反応を面白がっているのか、ピジョンは中々放そうとしない。

 自分も似たようなことをされたなぁと昔を思い出しつつも、ピジョンに手を放すようお願いしてからインは事情を説明する。


 *  *  *


「魔法? その答えへと行きつくのに長すぎではないか?」

「面白いにゃ~」


 ゲームをやっている人とやっていない人の違いの一つに、入り口からして違うという点が挙げられる。

 今までを振り返ってみて、インはゲームに触れてこなかった。

 だからこそファイのように、魔法を使うという発想が出てこなかったのである。


「ちなみにわたしは、断然火魔法がオススメだ! ど派手で高火力、これこそが魔法の真髄であり、炎は人間の真理だ!」

「最強魔法理論は荒れそうだから置いておくとして、インちゃんは土とか木を所望していたよ~?」

「あんなのはナンセンスだ!! 土とか木とかは基本守りだろう。第一おねぇもおねぇだ。土や木がなんの――」

「それより紅蓮と灰塵の魔女ちゃん。私達今クエスト探しているんだけど、何かいいものはないのかな~?」


 参考までにと尋ねた事を、ファイの魔法理論を遮るように口にするピジョン。

 きっとわかっていたのだろう。

 あのまま言葉が続いていればどうなっていたのかを。

 いきなり話が変わったせいか「そうだな」と若干不機嫌になるが、すぐスイッチが切り替わったかのように身を乗り出してファイの方こそ頼み込んでくる。


「実はおねぇにしかできない依頼があるのだが、一緒にやってはくれないか?」

「私にしかできない依頼なんてあるの?」


 何かそういった系の依頼も存在しているのだろうか、よく分からないインはピジョンに目を向ける。

 対する彼女も、いつものふざけた様子も無く首を横に振っている。

 本当にそんな依頼は知らないようだ。


「クソ鳥はそもそもギルドに登録していないだろう」


 ピジョンの様子にツッコミを入れつつ、ファイはインの答えも聞かず手首を掴み引っ張る。


「こればかりはわたしの知る限りおねぇにしかできない。行くぞ」


 *  *  *


「それでついてきたわけだけど、これ本当に私しかできないの!?」


 高原の森の中に存在する洞穴。

 中は昼間だというのに光が入らないのか真っ暗闇だ。


(嫌! 幽霊とかでそうだよここ!!)


 ファイからランタンを渡され、インは先頭を進まされる。

 幽霊が苦手なインにとって、これほどいじめに近い事はそうそうないだろう。

 ピジョンが真横を歩いてくれなければ、今すぐにでも逃げ出していた所だ。

 そして今回の元凶であるファイは、何故か中二病がなりを潜め、意気消沈した様子で後ろに続く。

 日光が当たらない為か、今回はミミも同伴だ。


「インちゃん。私離れてもいいかにゃ~?」

「お願いだから一人にしないでぇぇ!!」

「いやどう見ても三位一体の完璧な布陣だよね?」


 ピジョンの目に映っているのは、何かよく分からないピンク色の物体。

 その物体の中から、インの声が聞こえてくるのだ。

 このピンク色の物体の正体はミミの触手。

 少しでも怖さを紛らわせるために、インは全身鎧のようにミミの触手を巻き付けている。

 さらにその頭にはアンを装着。

 周囲へ常に目を光らせており、もはやどっちがお化けなのか分からないといった様相だ。


 これのすぐ近くに居られるのは、ひとえに検証班というどこかねじが取れたピジョンだからであろう。

 ファイなんてもはや、自分の大好きな姉を見るような目ではなく、死んでいるといってもいい。


 そうして数分後、「いたぞっ!」とファイが震える指で頭上を指す。

 そこにはあったのは、黒い体。

 もぞもぞと明るさの範囲内で、触角のような物が蠢いている。

 しかしこうも暗闇では、それ以上分からない。

 するとどういう事だろうか。

 ピジョンは何故かインの腕を振り払う。

 足は速く、すぐファイの元まで後退していく。


「ごめんインちゃん! 私ちょっとギブアップするにゃ~!」

「おい、ここで逃げたら依頼がっ!」

「知らないのかにゃ~?! パーティーは二十メートル以上離れなければ大丈夫。ここまで大体十五メートルほどだからセーフ!」

「……おねぇ、わたしも入り口で待っている。すぐ片づけきてほしい」


 絶叫するように二人は騒ぎ合うと、仲良く入り口目指して走っていった。

 暗闇の中、インはアンとミミと一緒に取り残される。


(暗い、怖いよぉ。取り残すなんて二人とも酷い! なんか視線とか感じるよぉ!)


 それでもアンとミミがいる分、多少怖さは軽減されている。

 勇気を振り絞り、インがランタンをかざしてみると全長が明かされる。

 エビ、いやダンゴムシのような丸い外殻だろうか。

 一メートルの立体的な太った腹廻り。だというのにそれをはるかに上回る、三対の足。

 そいつは目にも止まらない速さで姿勢を低くすると、ピョンとインの顔面目掛けて飛び跳ねた。

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