インの料理センス 2

「インちゃん! もうひっくり返して大丈夫だから!」

「水を足すな! 違うポーションを入れろって言ってるわけじゃない!」


 まさに前途多難。

 インがウルフの肉を壺の中に入れ、水を少し入れて焼き上げようとするのだが、相も変わらず焼き続けようとする。

 味が変わるかもと味見もせずに水どころかポーションまで付け足そうとするなど、ハルトとマーロンが手を抜く隙すらない。

 だがインからしてみれば普通に料理をしているだけなのに、なぜ二人と一匹が慌てふためいているのか検討すらつかない。

 遂には、マーロンからいったんストップがかかる。


「インちゃん。料理経験は?」

「う~ん、家庭科の授業でやるくらいですかね。普段はお兄ちゃんがやりますので」


 その家庭科の授業でも、インが調理実習をやるときは班メンバーから制止がかかりまくる。

 食べるときに至っては、普段仲の良い友達ですら、話すどころか目を合わせる事すらしてこない始末。

 それほどの味覚音痴であり、料理の時だけ不器用を遥かに通り越すステータスをインは持っていた。

 マーロンは引きつりまくり失敗している作り笑いをインに向け、壊れかけのロボットのようにぎこちなくハルトへと振り向く。


「ハルトくん。これは」

「言いたいことは分かる。だからインに何かを作る系のアビリティは取らせたくなかったんだ」


 ハルトが『調合』を取ったインを説得しようとした理由がこれだ。

 そもそもハルトは廃人プレイヤーなのだから、ピンチの時にいつも助けてくれるアイテムを作る生産職、生産系アビリティを邪険に扱うはずがない。

 取るきっかけがポーションや支援をする系なら、奇想天外な料理をするインをどれほど応援したことだろう。


 それが魔物のえさを作るため。

 現状、ウルフの肉をダークマターのその先へと押し上げるインの実力に、あの時のハルトの絶望は想像に硬くないはずだ。

 故にハルトは、自分の知りえる限りの知識を使って、インに『調合』は使えない認定させていた。

 妹のちゃんと目標があってこその選択だったので、口では応援する傍ら死にアビリティになる事を密かに望んでいたのだ。

 結果は失敗に終わっているわけだが。


「どうしたのお兄ちゃん。マーロンさん」

「いや、何でもないんだ」

「インちゃん。今度は私の指示する通りに作ってみようか?」

「ナイス、マーロン」


 マーロンの出したのは、とりあえず自分が指示を出すからその通りに作らせて、魔物のえさを完成させようという案。

 これなら、魔物のえさを作る工程を一つ一つ教えることができるため、どこがだめだったのか、どこが良いのかを洗い出しできる。

 いわゆる教師のマンツーマン指導だ。


 これを行うには、そもそも料理ができる人物でないといけない。

 あいにくとマーロンも普段コンビニ飯だが、肉を焼くくらいならできる。

 逆にインはこれすらもできないのだが。


 こうして『調合』を持っていないマーロンが指示をする、調合という名の料理レッスンがインの為だけに開催される。


「インちゃん大丈夫だから、もうひっくり返して大丈夫だから。ステーキ作るのに後から水入れなくていいから! ひとまずは私の言う通りに、ねっ?」


 もうちょっとと粘るインを止めて、調合キットに付属しているお玉で綺麗に肉をひっくり返させるマーロン。

 そして様々な困難をマーロンは駆け抜けようやく。


「できたっ!」


 出来上がったのは、魔物のえさは肉団子状ではなく、平たく丸い楕円型のしっかりと焼き上げられた、少々焦げ色の目立つステーキ。

 少しでも切り込みを入れれば、監獄に閉じ込められた肉汁がこぞって脱走を企てそうだ。


 焼き上げられたステーキ


 絶妙な肉の風味を味わえるステーキ。

 魔物のえさと同じように使う事もでき、満腹度も回復する。



「なんかこう、変な感動があるわ」

「分かるマーロン。初めてちゃんとしたものができているって感じだ。おかしい、涙が出てきた」


 少し料理できる人と、姉妹分の料理を作る人が目元を抑えて感動する中、今まで見た事のないある一文に注目するイン。


「お兄ちゃん。満腹度って何?」

「できるだけ現実に近づかせるために設定されてある奴だな。それが無くなると様々なステータスに下降補正を受けるんだ。後はプレイしている俺たちもなんか腹が減ったような気分になる。回復方法はポーションがぶ飲みと、作るか売っている料理を食べる事だな。とはいえ、この機能はプレイヤーLV30から解放される物だから、今は気にしなくていいぞ。初心者が装備を買えないのは可哀そうだからって話だからな」

「へぇ~、そうなんだ!」

「これだけだったら可愛いんだけどな」


 太陽のような笑みを浮かべる可愛い妹のインから、そっと顔を逸らすハルト。

 彼女の膝上で、40センチの白いアリが蠢いているからだろうか。

 ハルトもどうやら、虫に関しては若干苦手なようだ。


「って悪い! もう仲間と合流する時間だ。俺はこれでな」

「行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい、お兄ちゃん! 私はもうちょっと頑張るよ!」

「絶対に味見してか――! マーロン、マジで頼んだ! インの舌はかなり独特だから!」


 言いつつも約束がある為マーロンの工房を飛び出すハルト。

 そのすぐ前に先に仲間たちがいたようで、「シスコンさんの妹さんが見てみた~い!」などとからかわれながら冒険に出かけていった。


「道理でこんなの物ができるのね。じゃあ私たちもそろそろ再開しましょう」

「いえ今度は私、ちょっと一人でやってみます」


 そう言いアンと一緒に闘志を燃やして調合キットに向かうインを、心配からか工房へと引っ込むこともできず、マーロンは静かに見守ることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る