ムシムシムシィィ(歓喜)! 虫好きJCが行くVRMMO

メガ氷水

FreePhantasmWorld

 家中に届くチャイムの音。


「来たよ、おねぇ!」

「うん、ちょっと行ってくるね」

 氷雨杏子ひさめきょうこはトタトタと軽い足音を立て玄関の扉を開けにいく。


「えーっと、ちょっと待っててくださいね。ハンコハンコ……。はい!」

「ではこれで」


 宅配物を受け取った杏子は玄関を後にして妹の待つリビングへと戻る。


「やった! 早く開けてやろ!」


 全身で喜びを表現する氷雨ほむら。

 杏子の妹であり中学二年生。

 まだまだあどけなさが残る顔。世間体で見れば、可愛いに分類される容姿だ。


「ちょっと待っててね」


 はしゃぐほむらを置いて杏子は荷物の封を切る。

 中身を取り出しまず映ったのは、モンスターと対峙している男女のイラスト。

 FreePhantasmWorldの鮮やかな文字の入ったパッケージ。

 他クラスからでも風で聞こえてくる、有名なゲームである。

 FreePhantasmWorld、通称FPW。

 VRMMOをジャンルとしたもので、古今東西あらゆるファンタジーの存在が混ざり合う。

 そんな世界で自由に生きようを謳い文句としている。

 ここまでならどのゲームにも言える物。

 しかし特筆する点と言えばなんといってもNPCの存在だろう。

 現実にいる人間と変わらぬ思考、暮らし。

 果てはチームを組める等、もう一つの世界を実現している。

 杏子は普段あまりゲームをすることは無い。

 しかしVRギアと呼ばれる、ハードはきちんと持っていた。

 使う場面はあまりなかったので押し入れに押し込められたままであるが。


 催眠状態に陥らせるVRギア。


 外界からの意識を切り離すせいで危険度が問題視されたことがある。

 外界の異常に気付かないで餓死。何らかの異常でログアウト不能。

 意識だけが別世界に行くのではないか、と。


 そのためVRギアには、リアルの生活に影響がないよう外からの呼び出し。

 アラーム設定。リアルでの体に異常の不調。

 これら等を無視すれば強制的にゲームが終了するシステムが搭載されている。


「おっ、到着したのか」


 台所から兄、氷雨悠斗ひさめはるとが顔を出す。

 続けて杏子の表情に「懐かしい」と口にする。

 恐らく杏子の顔を始めてゲームをやった時の自分と重ねているのだろう。

 昼食ができるからほどほどになと喚起だけして台所へ戻っていった。

 止めるようなことはしない。

 悠斗も休日返上上等のFPWの魅力に取りつかれた一人なのだから。

 所謂廃人という奴だ。

 杏子とほむらは二階に駆け上がる。

 共有している自室に入室。

 VRギアを被る前にほむらから注意点や重要点を施される。

 それから十分ほど。

 杏子はベッドに横たわる。

 体を安静の状態にしてゲームを起動する。


  *  *  *


 水槽の中のような神秘的な電子世界。

 0と1の緑の数字が上から下へと流れていく。

 ゲーム上での注意、他プレイヤーに対する配慮、ロールプレイについての記述も一緒になって浮かぶ。

 普段の生活では絶対に見ることはできない光景。

 初めての体験に杏子は胸を躍らせる。

 暫し電脳世界を眺めていた杏子の前に杏子のホログラムが展開された。

 中学生二年生にしては幼げなのほほんとした顔。

 鎖骨くらいまで伸びた黒曜石の如き黒髪。今でも小学生に見間違われるほどの小さな背丈。

 そのすぐ横には細かく設定されたパーツ関係。

 種族についてのメニューが開かれている。


(リアルばれすることになるかもしれないから、容姿は顔じゃなくても体のどこかでいいからやっておくといいってほむらに言われけど……)


 杏子は体のどこかにコンプレックスを持っているわけではない。

 大きいなりの苦労話。

 小さいなりの苦労話は良く耳にする。

 所謂隣の芝生は青く見えるという奴だ。


(種族は……ドワーフに人間、エルフの三つと)


 ドワーフにするとホログラムで投影されている杏子の身長が縮んでいく。

 腕っぷしは比例するように太い。

 元々小さな杏子だと低学年の子が男性ほどのマッチョになるという少し歪な体系だ。

 エルフにすると少し縮んだ身長が元に戻る。

 耳は少し三角形の形に尖がっていく。

 体系も少々スリムになっているがさっきよりは全然普通に見える。

 最後に人間にするとホログラム杏子は最初の形へと戻っていった。


「これはエルフにしてっと」


 杏子は何の迷いもなく種族をエルフに決める。

 そもそものきっかけ。

 悠斗から可愛い魔物をテイム、仲間にできると聞いていたからだ。

 可愛い魔物と触れ合える。しかも3Dで。

 杏子は普段いろんな理由からある生物を飼う事が許されなかった。

 その欲望を今爆発できる。その為のFPWだ。

 その為のテイムには調教と呼ばれるアビリティ、専用アイテム、最大MPを必要とする。

 だからこそ三つの種族の中で魔力特化のエルフを選んだのだった。


(それで容姿……。うーん、そういえば……)


 昔、クラスのネット小説にハマっている男子の言葉を思い出す。

 曰はく、エルフは金髪碧眼幼女がどうとか。

 ならばとキャラの容姿を金色の髪、エメラルドのような碧の瞳に色を変える。

 決定を押したところで今度はステータス画面が表示される。


 種族 エルフ

 名前:無し LV1

 HP50 MP100


 筋力1

 防御1

 速度3

 魔力3

 運2


 アビリティ 『自由枠』『自由枠』『自由枠』


 SP20


 筋力はダメージ増加。防御はダメージ減少。

 速度は町や外での移動速度。魔力は魔法威力の上昇。

 運はよく分からない数値。

 ステータス上昇にはSPを使えばいい。

 HPとMPはレベルと共に上がる。アビリティやアイテム、装備での上昇も可能。

 ステータスの項目について杏子は頭の中で羅列していく。


(後戻りはできないから慎重にやらなきゃ)


 自由枠は自由にアビリティを取得できる枠の事だ。

 始めたばかりで何もないのは少し厳しいものがある。

 だから簡単に取得できるアビリティであれば強引に取得可能な枠だ。

 後からでも選べるので後回しにするのもアリ。

 現に今でも埋めていない人がいるとも説明されていた。


 それをさておき。杏子は調教のアビリティを捜し選択する。

 確認すると自由枠の一つに『調教:LV1』と表示されていた。

 これで良し。後はワープゾーンで冒険に出るだけ。

 期待を胸にいざ歩もうと一歩踏み出し、悠斗から昼食ができたとメッセージが届いた。

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