第5話 知りたい貴方のこと
「一緒に、帰るだけでいいんですか?」
静子さんは不思議そうに首を傾げた。
「いや、むしろ一緒に帰って貰えたら、120円にお釣りきちゃうんですけどね……あはは」
(やっぱりダメだよなぁ、)
なんて自己完結して、変なこと言ってごめんなさい、と謝ろうとした時だった。
「多分途中までになっちゃうけど、それで良かったら……」
「え、ええっ?!いいんですかっ?」
「うん」
静子さんの言葉はどうやら嘘では無いらしく、僕は「あ、じゃあ自転車、取ってきます!あの、ここで、待っていてください!」
と言い残して、その場を一旦去った。
(いいよって言われた、いいよって言われた!)
あんなに遠かった静子さんが、今、こんなにも近い。暑さとは別の汗が額から流れ落ちてくる。僕は夏のひんやりとした空気を肺に吸い込みながら、自転車置き場に走った。
自転車置き場から自転車を引いてさっきの場所に帰ると、静子さんはそこにすん、として立っていた。背筋を伸ばして立つ静子さんはやっぱり綺麗で、見惚れてしまうほどだった。
「お待たせしました!」
と駆け寄ると、静子さんは自転車を見て
「誉君、自転車なんだね。家、遠い?」
と、尋ねてきた。僕は「ああ」と言って
「いや、ここから20分ぐらいですよ。面倒くさいので、自転車出来てるだけで。……よし、帰りましょうか!」
と、自転車を押すと、静子さんはナチュラルに自転車の隣を歩いてくれた。それがなんだか恋人みたいで、少し嬉しかった。
夜の街を、静子さんとふたりで歩いていく。自転車のカラカラとチェーンが回る音が、やけに響いていた。
「あ、あのっ!」
勇気をだして声をかけると、静子さんは「うん」と言って僕の方を見た。
「静子さんは、どこの大学、行くんですか?」
少し入り込んだ質問だったかな、と心配になるが、静子さんはすぐに
「
と、教えてくれた。
「もしかして、教師、ですか?」
おずおずとそう尋ねると、静子さんは少し悩んだ素振りを見せた後に、
「んー、なれたら。今はまだ、ビジョンが見えてないから」
と、答えてくれた。僕はそれでも静子さんが行こうとしている大学を知れただけで嬉しかった。今日は沢山静子さんのことを知れる。ミステリアスな静子さんのことを、どんどん知っていける、その嬉しさに僕は興奮した。
「誉君も受験生ですよね?どこ受けるんですか?」
静子さんは夜の空気に馴染むような、鈴の鳴る音のような声で、僕に尋ねた。僕はその前に、とひとつ付け加えた。
「静子さん、僕、年下ですからっ!敬語なんていいですよ」
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