第三
ある晴れた日のこと。芸術祭の話し合いは終わり、少し余裕のある時期だからと前田さんと釣りに出掛けていた。
海端の松林を抜けた先、ここは地元民の穴場だそうで、そこの岩場に腰掛けながら釣りをしながらビールを飲んでいた。
穏やかな時に、ぼんやりとした雲が流れていて、果てしなく広い空を泳いでいた。
海の向こうには、島が見える。小さな島だ。全長はわからないけど、人口わずか400人程度の島で、日に5本ばかりのフェリーでこっちと繋がっていた。
ちょうど今も定期便がこっちに向かってきていた。
氷にビールを継ぎ足しながらちびちびと飲み、釣りに没頭する。
釣りなんて今までした事がなかったけど、いろいろな方に教わり、今では釣った魚を捌けるようにまでなっていた。
環境が変われば、チャレンジしない事自体がそもそも出来ないんだなと気づいて笑ったっけ。
都会でたまの休みに得るような、贅沢なひと時。それも慣れてしまえば日常となるかと思いきや、まだまだここは知らないことや場所、面白い話ばかりあって、退屈はしない。
退屈するとすれば眠りにつく数刻か。
今も空に白い月が浮かんでいたけど、海面には映らない。
また後悔の波に攫われようとした時、不意に前田さんが「そうそう」なんて言いながら話してきた。
「婚活パーティー、ですか?」
「ああ、こういった田舎はさ。お嫁さん来なくてね。市とか役場が会社の上に掛け合ってたまに開くんだよ」
そう言って前田さんは苦笑いする。
「本格的に忙しいのは七月からだろ? だからその前の春時期にね」
「……」
「ま、有馬さんは訳ありっぽいし、今まで声は掛けなかったんだけど、そろそろいいんじゃないかって。だから僕が誘ってみた」
どうやら田舎暮らしに憧れて、なんて嘘はとうに見抜かれていたらしい。
田舎の人は案外するどい。
「…いや、僕は…」
「と言うと思ってさ。ちゃんと断っておいたよ」
そう言って前田さんはくすりと笑った。この人は、本当に距離感が上手い。
「…ありがとうございます」
「ははは。でさ、ここからが本題。有馬さんってWebとかネットとか詳しいでしょ? ちょっと別件頼まれてくれない?」
「構いませんよ」
会社のホームページは一応あったけど、静的な上に更新などほとんどしていないからあまり意味のないサイトだった。それを動的に変更し、写真をアップするだけでサイトが更新されるように僕がした。
こっちの人は、まだホームページの方がわかりやすいし、そこまでの爆発力は想像も出来ないし求めてもいない。少し詳しいくらいの素人でも重宝される。
「ほらあの島、冷泉の温泉。あそこのホームページ作ってあげて欲しいんだよ」
「簡単なものなら大丈夫ですけど…」
「いいよいいよ。全然いい。やっと観光客が巡り出したし、あいつにせっつかれてさ」
「ああ、幼馴染の…」
前田さんの幼馴染。彼女が都会から帰ってきたのは、結構なニュースだったようだ。
近所に住む婆様や爺様も嬉しそうにしていた。小さな頃の話なんかも教えてくれた。
蛇を振り回したり、蛙を破裂させたり。ミミズにおしっこしたり。
本当か嘘かわからないけど、結構なガキ大将っぷりを発揮していたらしく、そんな話をみんな嬉しそうに話していた。
おそらく子供はこの集落の宝だったのだろう。いや、もちろん何処でもある常識だろうけど、もっとこう身近な…家族というか。
「そうなんだよね。会社のサイト見たらしくてさ。どこに頼んだか聞かれてさ。あははは…」
でも、前田さんはこのことになると、途端に落ち込んでしまう。だから何があったのかは聞かない。前田さんもどこか触れて欲しく無さそうだ。
◆
それより前田さんはどうなんだろう。彼も結婚してないけど、良い人はいないのだろうか。
「俺かい? 俺はほらあの吉武さんとこの娘さん狙いだから。上手の」
この集落では山側を上手、海側を下手と呼ぶ。僕は上手側で、彼と同じだ。下手にも吉武さんはいるけど、彼の言う娘さんとは、帰ってきた幼馴染の人ではない。
「あの子、まだ高校生じゃ…」
「ははは。おしめだって変えたことあるよ。ははは」
「……」
そう言って彼はいやらしく笑った。
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