第六

 旅行から帰ってきて一週間ほど経った。仕事はそつなく熟していたが、いろいろとする事が多く、時間が取れなかったからみゆきには会えていない。


 だからか、ここ一週間はもんもんとしていた。


 気を紛らわせる為か、縋る為かわからなかったけど、その間、中西の姿も見に行ってみた。


 深夜に差し掛かる時間帯にも関わらず、お店には灯りがついており、何やらマネキンの頭にハサミを入れていた。どうやら夜遅くまでレッスンしているようだ。


 確認した彼はお洒落で華奢な男だった。


 美容師という職業の人は若く見えるのか、年上とはあまり感じなかった。


 そしてその帰り道には後輩達に技術的なアドバイスを真剣にしていて、まるで好青年といった様子だった。



「これも嘘か…」



 一番初めにそれを見ていたらどうだったかわからないけど、僕はスマホの中の荒々しい彼を知っている。だから最初はメッセと下半身から推測したイメージと上手く繋がらなかった。



「いや、この姿が本当なのか…」



 だけどここ最近は遊びではなく、本当にみゆきに惹かれていると知っている。スマホ内の口調も今アドバイスしているような姿と重なる。


 僕は少しドキドキした。





 漸く会えることになった平日の夜、いつものようにみゆきの家に行き、旅行の話で盛り上がるが、僕は心ここにあらずだった。


 それを感じ取ったのか、みゆきは普段言わないような事を言ってきた。



「…熱いお茶はどうかな? ほら写真の。旅先で買ったやつ」


「あーうん、僕がいれるよ。座ってて」


「いいよ〜それくらいさせてよ」


「…珍しいね」


「…なんだか正邦が消えちゃいそうなくらい疲れてるからさー…無理して旅行連れてってくれたしさー…なんとか元気付けたいなと思いまして……というかわたし出来るからね! 普通に!」



 どうやら疲れていると勘違いしているようだ。



「はいはい」


「もぉ! 正邦がいっつも先に用意するから仕方なくなんだから! ちょっと待っててね」


「……ちっ」


「んー? なんか言ったぁ?」


「いや、ありがとう。お願い」


「ふふっ、はーい」



 随分とイライラしていたことに自分でも驚いた。


 舌打ちなんて、初めてだ。





 少し時間が掛かったけど、トイレに行ってる間に混入させることが出来た。すぐにみゆきはベッドの縁にもたれて眠った。


 漸く旅行の裏話を覗くことができる。



『アレ彼氏にバレてないの?』

『バレないですよ。鈍感なんでw』



 鈍感か。こんな使い方をされたのは初めてだけど、それは間違っている。ただの眠剤だ。



『いや流石に引くわ』

『絶対起きてると思ってビビった』


『アレだけ寝てたら起きないですよw』


『騙すなんて』

『みゆは酷いな』


『真一には』

『言われたくないです』



 どうやら僕の側で致していたみたいだ。いや、それより真一と言っている。漸くだ。漸くエンディングが見えてきた。



『ごめんって』

『最後のデートに』

『悪かったな』


『みゆの方こそ』

『ごめんなさい』


『いいよ。次が楽しみだ』

『わたしも』



 

「…またか…」



 みゆきと中西のやり取りに良くあったことだけど、メッセの内容が飛ぶというか繋がらない時があった。


 みゆきが抗ってる時は具体的なやり取りがあったのに、ここ一月はそうじゃない。


 多分、会った時に話した内容からのやり取りだと思うし、そこは前後の話から推測したり、流したりしていた。


 言ってしまえばみゆきと彼の関係が進んだ証とも言えるし、それが気になっていた原因でもあるけど、今回は特によくわからない。


 宿には連れ込んでいたらしいけど、この感じは未遂だったのか。あの眺めの良いホテルでは会ってたみたいだけど、その日のメッセは待ち合わせしかわからなかった。


 もしかして生理だったのだろうか。そういえば妊娠したらどう言い訳するんだろうか。托卵でも考えていたのだろうか。



「…どうでもいいか……あっ…」




『好きです』

『俺もみゆが好きだ』


『旅行楽しみです』

『酷いなw』



 スクロールして遡っていたら、好きという単語をみゆきも中西も使っていた。これは旅行前日か。


 つまりあの時点で叶っていたのか。



「………」



 どうやら予想通り、そこで僕のドキドキは終わったみたいだ。


 これ以降のメッセに何にもドキドキしないのだ。それ以前のものも、自撮りも、見返しても同様だった。



「……っはぁ…」



 ああ、力が抜ける。


 これを見届けれたことに安堵したのだろうか。おそらくそうだろう。みゆきの部屋の天井をぼんやりと見上げながらそう思った。



「七年か……いや十三年か…」



 彼女との思い出や記憶や記録は、頭の中にもスマホにもこの部屋の中にも確かにあるのに、思い返そうとしても、思い浮かべようとしても、上手くいかない。


 瞳で部屋のあちこちを追っても同様だった。


 みゆき本人を見ても同じだった。


 たくさんの思い出が、折り重なっていき、一つに絞っては出てこない。


 その思い出のシーンが、何百、何千とレイヤー層のように重なってるみたいで、どれとは特定できない。


 それはまるで黒に近い墨黒みたいに塗り潰されているかのようで、もはやみゆきとの幸せが抽出できない。


 その時ふと、みゆきが寝言を呟いた。



「き…だよ……んね…」



 この前まではこんなイレギュラーにもドキドキしていたのに、それもどうやらなくなったみたいだ。



「…中西との夢か……」



 好きだよ、かな。


 ごめんね、かな。


 それでおそらく間違いないだろう。


 その寝言を聞いて、漸くこの関係を終わらせることに、僕は納得した。


 これは、みゆきと彼の悲恋の物語だ。

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