第四

 中西真一はみゆきが通っていた美容室で働く年上の男だった。話には聞いたことがあったけど、名前は知らなかった。


 動画はその中西が撮ったせいか顔はわからなかったけど、隠すべきところしか知らないことに少しシュールさを感じていた。


 



 あの日から一か月経った。


 嘘だらけのみゆきは、後ろめたさなど微塵も感じさせない態度で接してきていた。むしろ甘え方がエスカレートしていた。


 部屋ではずっとくっついてくるのだ。


 もうすぐセックスレスになって三か月ほど経つ。レスについては三か月前の行き違いを境に、何も言ってこなくなっていた。


 あの時、裏であんなことがあれば、言えないとは思うし、そこから中西との関係を進めてしまったのはメッセで知っている。


 最近ではどうやらすぐに寝てしまうから申し訳なく思っているのも一応はあるようだ。


 それは僕が盛っているせいだし、一応依存には気をつけて容量は守っているけど、それは後ろめたい気持ちで申し訳なかった。



「…正邦さー最近忙し過ぎじゃない?」


「そうかな?」


「そーだよー…仕方ないけどさー…もしかして仕事押し付けられてるんじゃない? いっつも目元疲れてるし」


「部署移動があってさ。引き継ぎやらで忙しいんだよ」



 仕事以外にも忙しくしてるのが本当だけど、それにしても浮気は疑わないのか。疑わないか。


 いや、疑えないのか。それくらいの理性はあるんだろう。



「…お詫びってわけじゃないけど、時間出来たし、今度旅行でも行くか」


「ほんと!? やったー! 絶対だよ!」



 久しぶりに二泊三日の旅行を組もうと思っていた。彼女とは年に数回は行っていたが、ここ最近は行ってなかった。


 正直なところ旅行に興味はないが、全力で嬉しがる彼女の、次の日の中西とのやり取りが早く読みたかったから企画していた。


 ちなみに前の確認日はこんな感じだった。


 そこに誘ってこない理由があった。



『最近彼氏と時間が合わなくて』


『誘えてないのかw』


『真一さんが止めたんでしょ』


『同じ穴使うのは嫌だからなw』


『最低w』



 そして旅行を決めた翌る日のみゆきは必死だった。



『日課はお休みです』

『旅行なので』

『あれ、拗ねました?』

『やっぱり送ります』

『許してください』



 それなのに今目の前の彼女は浮き浮きとパンフレットを眺めてる。足なんかパタパタさせているけど、本当に嬉しい時のその仕草が胸に刺さる。


 これも嘘だったんだな。


 いや器用なのか。


 いや、元々器用だったのだ。


 そんな風に思ってなかったからこそ、ここ一か月は新しい発見ばかりが目につく。


 七年で彼女のことをわかった気になっていたけど、それは自惚れだったようだ。


 彼女はここ最近特に明るくなっていた。三か月前のゴタゴタを乗り越えた風にも見えるし、バレないようにと過度に振る舞っているようにも見える。


 でもそれは裏事情を知っているからであって、普段なら気づきもしなかったと思う。


 彼女はおそらく心と身体の満たし方を覚えたのかも知れない。


 いずれそれも置き換わると思うけど、その瞬間を僕は何も手を下さずに知りたい。



「ここ! ここ行きたーい! どうかな?」


「ああ、温泉か。いいの?」


「うん! 正邦好きでしょ? あ〜楽しみだなぁ。昭和レトロって言うの? 楽しみ〜」



 確かにそこはそんな雰囲気だし、僕が好きなのも確かだ。


 でもおそらく違う目的だと思う。


 そして次の日のメッセには、やはり中西が後追いしに来ることが書かれていた。



『やっぱ俺も行くわ』

『いいだろ』

『休み取るの大変なんだぜ』


『言うと思ってました』

『バレないようにしてくださいよ』

『ちゃんと言いつけは守ってください』

『知りませんからね』


『わかったよ』

『みゆには敵わないな』



 もうみゆきは拒否しなかった。中西も最初の頃の荒い口調は鳴りを顰め、しっとりとした会話になっていた。


 そろそろかもしれない。


 みゆきには、浮気を問い詰めたり、距離を置いて離れたり、セックスを強要したりと、こちらからのアクションは極力したくなかった。


 二人が燃え上がる燃料にされても困るし、気持ちが冷めてこちらに向くのも困るし、何より僕が見たいものじゃない。


 だけど、そろそろ僕が聞きたいセリフを吐いてくれるのかもしれない。


 そう思って僕はみゆきと旅行に出かけた。


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