お姫様の古本屋-読書しない俺が書店で働いた話-

海豹あざらし

0.プロローグ

 誰にでも一つくらいはあるだろう


 子供の頃に読んだ本の

 忘れられない言葉、心に残る情景


 それは母に読んでもらった絵本の中に、父に勧められた小説の中に、友人と回し読みしたマンガの中に、授業中に枕にした教科書の中に


 彼女の場合、それは特別だった


 世界に一つしかない本の、世界に一つだけの詩


 それは彼女だけの思い出で、彼女だけの大切な言葉だった



――はずなのに



「俺……その続き知ってるような気がします」


 冗談だと思ったのだろう。彼女は笑った

 しかし、それが本当だと分かっていくにつれ、彼女の目は涙で潤んだ


「どうして?どこで?」


 俺は彼女の疑問に……期待に応えることができなかった



――彼女と彼女のお母さんだけの詩。それを俺も知っていた



 理由は分からない。ただの偶然だろうか、それとも必然か


「調べてみます。なんで知っていたのか、どこで知ったのか。あなたがお母さんと再会できるまで、なんでもやりますから!」


 泣きながら笑った彼女は美しく、神々しい


「ありがとう」


 きっとこれは神様的なやつが与えてくれた奇跡で、こうなるのは運命だったに違いない



――そして、もしもこれが運命だというのであれば



 始まりはあの電車の中だと思う


 それは生涯忘れることのできない情景だった

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