僕は隕石で死にたい
香月 詠凪
1章 あと7日間で世界が終わるなら、救われる人はきっといる
第1話 醒めた夢
太陽を遮った部屋から漏れる微かな光と音。
テレビの液晶に映し出された人間の見本の様な男が言う。
「来週の月曜日、地球に隕石が衝突します」
至って冷静にそう言い放った男だったが、次第にその指が震え始める。
「ま、まだ1週間の猶予があります。皆さんそれぞれ大切な家族、恋人、友人…」
最後まで言い終わらないうちに男は泣き出した。
40を過ぎた大男が過呼吸になりながら泣き叫ぶ。
そのカオスな状況は残念ながら数十秒で終わりを迎え、別の映像に切り替わる。
次に映し出された映像は赤ん坊がハイハイをしてこちらに向かってくるホームビデオだった。
その映像を見て僕は違和感を覚える。
画面の向こうに居るのは赤ん坊の頃の僕だった。
あぁ、と理解する。
これは夢か。
そして僕は夢から醒めた。
本当にさっきのは夢だったのかと思うほど変わらない風景が広がっている。
ベッドの周りには飲みかけのペットボトルが散乱し、コンビニの袋で閉じられた弁当のゴミが山になっていた。
家具は書類で埋もれ、既に冷蔵庫は開くことが出来ない。
家電で唯一生き残っているテレビにはスーツ姿の男が映っていた。
夢で見たあの言葉を期待する。
「来週の月曜日、いよいよクリスマスがやって来ます」
テレビの男はウキウキとした様子で話す。
「まだ1週間の猶予がありますので、家族、恋人、友人と予定を立ててみるのはどうでしょうか?」
夢で見たあの絶望した表情とは正反対の幸せそうな笑顔だった。
「夢が現実だったら良かった」
溜息をつき布団を被る。
目を瞑り、再び眠りに落ちようと試みるが失敗した。
仕方がないと身体を起こす。
腹は空いているが家には何もない。
買い出しに行くしかないのだがやる気が出ない。
近くのコンビニまで歩いて5分もかからないが、家から出る事が面倒くさかった。
何かと言い訳をつけてベッドから出ないでいると、目覚めてから1時間が経っていた。
そろそろ空腹の限界が来て、仕方なく重い身体をコントロールして玄関へ向かう。
もはや玄関と呼ぶ事さえ憚られる空間で靴を探す。
裸足でスニーカーを履きドアを開ける。
久々の外は、肌を刺すような空気が冬を感じさせた。
請求書で溢れたポストを見ないようにしながらアパートを出る。
早く支払わないとインフラが止まってしまう事は分かってはいるが、処理するのが面倒だ。
とにかく今の僕は全てが面倒くさかった。
コンビニで無事食料を確保しベッドに戻る。
栄養を無視したカロリーの塊を胃に流し込む。
そろそろ貯金も底を尽きそうで不安だ。
仕事を辞めてから3ヶ月が経とうとしていた。
本来なら失業後手当が貰えるのだが、僕は手続きをする気力もなく何もしなかった。
そんなこんなで今、僕は無職の無収入だった。
仕事を辞める前はあんなに無かった自分の時間が、今は溺れそうなくらいある。
ただ人間は上手く出来ているようで、暇な時間が多いと生きる意味だったり自分の価値探しに時間を割くようになる。
それが極限まで行くと僕のように生きている意味なんて無いんじゃないか?といった地獄みたいな思考に陥ってしまう。
ポテトを食べながら生きている意味を考える。
何も生み出さないで消費するだけの僕に何の価値があるのだろう。
ポテトで乾いた喉を水で潤す。
昔は何か目標を立ててそれに向かって生きていた。
じゃあ、今の僕は何処へ向かいたい?
そう自分に問いかける。
「僕はぼくをやめたい」
思っていた事を口に出すと少しずつ世界が色付いていく。
「僕はぼくをやめたい」
「僕はぼくをやめたい」
「僕はぼくをやめたい」
「僕はぼくをやめたい!!」
残った空気を全て吐き出し叫んでいた。
そうだ、1週間後隕石が落ちるんだ。
その事を知っているのは僕だけだ。
心臓の音が五月蝿い。
頭に血が巡っている事が分かる。
何もかも面倒くさいと思い、重かった身体が嘘のように軽い。
他の人間は自分の死ぬ日だって、死に方だって知らない。
でも僕は知っている。
自分の死ぬ日も死に方も。
1週間後、隕石は落ちない。100パーセント、とは言わないがあれは僕の夢だ。
だから、僕は自分の決めた方法で誰にも迷惑をかけないで消える準備を1週間でしなければならない。
生きる目標が死ぬ為とはなんとも言えないけれど。それでも僕にはこれが正解だった。
僕はやっと生きる意味を見つけた。
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