第4話 強力な殺意の果て

 寒い朝の金曜日。明日は休みという最高の日だが、康介は違った。


 今日も明日は晴馬の恐怖に耐えなければならない日が来たからだった。


 重々しくベットから降り、リビングに向かった。


「お父さんおはよー」


 冬真はいつものように笑顔で康介に抱き着いた。


「あぁ、おはよう、百合もおはよう」

「えぇ、おはよう。今日はお弁当はいる?」

「もちろん、今日はいるよ」


 康介は言いながら冬真を椅子に座らせ、リモコンでテレビを付けた。画面には昨日起こった出来事がでていた。ニュースキャスターは真剣な眼差して、事件の内容を説明している。


「直美さん、体調丈夫かしら? この事件があってから絶対満足に寝ていないでしょ」

「きっとそうかもしれないな」


 朝食などを終え、康介はカバンなどを支度してから百合と冬真に「いってきます」と言って家を出た。


 会社に付き、デスクにカバンを置いて中身を出し、パソコンの電源を入れると同時に電話が鳴った。


 また直美かと思っていながら電話に出た。


「もしもし」

「やぁ康介。元気にしてる?」


 晴馬の声にドキッとしたが、変な目で見られないよにしなて声を潜めた。


「ねぇ、君は今何しているんだい?」

「……ただ仕事をやろうとしていただけだ」 


 そう言うと、晴馬は「ふぅん」と言った。


「それじゃあ、そろそろだね」

「は?」


 訳が分からないでいながらでいると、晴馬は電話を切った。すると直美からの電話が来た。


 直美だと何かありそうなため、康介は個室のトイレにした。今だと人は

少ないため、少しの大きい声を出しても大丈夫と思って行った。


 個室に入ると、康介は電話に出た。


「もしもし」

「あぁ、康介。少し」


 直美は以前とは違い、息が荒いのが伝わる。


「なんだよ。どうした?」

「二人が死んだ」

「は?」

「碧斗と、大輔が死んだんだ!」


 直美は大きい声で二人の死を告げた。あまりのことに康介はその場に崩れそうになった。


「今朝、早めに二人は違う場所で発見された。それも、あいつらよりも更に」


 言いきれないのか、息を吸い込んで吐いた音が聞こえた。


「とにかく、今より警戒心を強めて来い! 周りを気にしてな!」
 


 直美はそう言うと電話を切った。


 康介は直美に言われたことに理解が追いつかず、ただ自分の息が荒いのがわかるだけだった。


(まさか、晴馬が言っていたそろそろって、このことなのか)


 康介はそう考えながらもすぐにトイレから出ると真っ直ぐに自分の仕事場に行き、部長に今日のことを話すとすぐに行くように言われたが、部長は少しだけ冷めた目を康介に向けた。


 康介がカバンの中に必要なものを詰めていると、周りからの視線がなぜか痛い。


 それはそうだ。なんせこのようにまた身内が殺され、自分は警察に何回も呼ばればそれなりの視線はするはずだ。


 康介は一目を気にしながら会社を出た。

 


 警察署に着くと、直美がいつもとは違って外で待っていてくれた。


「早く来い」


 直美は康介にそう言うと、建物内に入って行った。


 付いていくと、あの時の捜査一課の部屋にあるもう一つの部屋に案内された。中に入ると真斗が会った時よりもさらに顔を蒼くしながら待っていた


 直美は康介を席に座らせると、窓を閉め、目の前の椅子に座った。


「なぁ、マジで二人は死んだのか?」


 康介の問いかけに直美は神妙な顔をしながら頷いた。


「そんな、なんで二人同時に」

「……まず、最初の話をするわ」


 そう言うと、直美は康介の顔を見ながら話し始めた。


「まず最初に発見されたのは碧斗だ。あいつはプールで見つかった。学校内にいた見回りをしていた人が眠らされてな。睡眠ガスで眠らされていた。目覚めたら手には晴馬の手書きとされる紙が二枚握られていた」


 直美は机の上に、一つずつの袋に入れられた紙を置いた。見てみると、紙には「プールを見ろ」と書かれており、二枚目は「学校の近くの廃工場に行け」と書かれていた。


「これを見て、先生が最初にプールに行くと、辺り一面血に化していたんだ」


 直美の言葉に、康介の頭には血塗られたプールが想像出来た。


「近づいて見ますと、何か泳いでいるのがちらりちらりと見え、網ですくい上げて見たら、それがピラニアで、調べて見たところ結構、数十匹ぐらい」

「数十匹のピラニアって、まさか碧斗は」


 康介の次の言葉に、真斗は頷いた。


「あぁ、ピラニアでに食い殺されたんだ。それも生きたままな」


 直美の言葉に、強い吐き気が込み上げてきた。


「うっ!」


 吐きそうになり、康介は口を押さえた。直美は持っていた水のペットボトルをあげた。


「ありがとう」


 康介は受け取ると、吐きそうになったのをのどに流し込むかのように水を飲んだ。


 飲むと、康介は疑問に思ったことを直美に言った。


「でも、なんで分かったんだ? 普通ならこんな早くに分かるはずないだろ」


 息を整えながら言うと、直美は更に暗い顔をして言った。


「……撮られていたんだ。動画に」

「えっ、動画って」

「飛び込みの近くにあったカメラが置かれていたんだ。そこに、晴馬と碧斗の記録がバッチリ残っていたんだ。他にも、大輔の姿もな」


 直美は息を吐くと、もう一本のペットボトルの蓋を開けて水を一口飲んだ。


「そして大輔は碧斗と同じく、こいつも酷い状態だった。手作りの棺桶の中にいたんだが、中には沢山の蜘蛛とアリ、どちらとも毒のある虫が大輔と一緒に死んでいた。カメラは同じので撮られていたんだが、そのカメラには碧斗も写っていた」

「えっ。なんで」


 康介は聞き出そうとすると、直美は生唾を飲んだ。


「おっ、俺が話しましょうか?」


 真斗が直美に言った。


「いいのか。あれ、お前だって動画の内容を見て目を背けたくなるほどだったぞ」

「いっ、いいえいいえ! 少しでもお役に立たなければ刑事としての根性が成り立ちません!」


 真斗はそう言っていたが顔色はずっと青くしたままだった。


「そうか。じゃあ、頼む」


 そう言って、真斗は水を一杯だけ飲んで説明をした。


「実はですね、大輔さんを殺すところを碧斗さんに見せていたんですよ。毒のある虫を大量に入れられて悶え苦しむ姿を。目を逸らしたら殺すとまで脅して」


 真斗の説明に康介は直美と同じく生唾を飲んだ。


「次々と棺桶の中に入っていく虫なんてトラウマ満載ですよ! 顔なんか、集合体恐怖症になりそなぐらい」

「それほど、酷かったのか?」


 康介がそう言うと、真斗は必死に頷いた。


「それで、その後は虫と共に強力な毒ガスで殺害をされ、その後の撮影が途切れました。それから棺桶にこれが貼られていたんです」


 真斗は袋に入れられた紙を目の前に置いた。


「きっとこのまま出したら自分まで死んでしまうかもしれないと思ったのかもしれません。それと毒のある虫達はそう簡単には手に入れないものばかりです。今は、捜査中です」


 真斗は説明し終えると大きく息を吐いた。


 康介は二人の死に方が脳裏に焼き付いて、恐怖と吐き気が込み上げていた。


「それとなんだが康介」

「なんだ」

「昨日、晴馬が働いていたバイト先に行ったんだ。どれも皆は真面目で働いていた。休みなど一つも取らないでいた真面目な奴って言うのが多かったが、一つだけちょっと怪しいのが浮かび上がった」

「えっ、怪しいこと?」


 康介が口にすると、直美は頷いた。


「あるBARなんだが、そこのBARは時々反社会の一員とかがよく通うところでな、店長が言うにはヤクザの一人によく話しかけていたらしい。そのヤクザは最初は嫌々だったが、なぜだが堂々とそいつと話す様になっていたんだ。それで、そいつから何かと聞き出した後は更衣室に行って、メモをとっていたんだとさ」


 直美は言い終えると息を吐いた。


 ヤクザに怪しい話し、きっとピラニアやアリと毒ガスはそのヤクザから受け取ったか、それともおすすめの闇売買から買う方法を教えて貰ったに違いない。


「でも、疑問もある」

「えっ、疑問?」

「あぁ、実は渋谷区にある飲食店の店長の話しだと、時々電話で誰かと話しているということをきいたんだ」

「それって、まさか仲が良かった軍隊の」

「いや、前言っただろ。その友人は晴馬が卒業して以来会っていないって」

「でも、携帯番号とか」

「それは交換しなかったらしい。だから、連絡するなんてできないはずだ」


 直美の言葉に晴馬も疑問に思えた。それなら一体全体誰が晴馬と電話でやり取りをしているのだろうか。


「だが康介、お前が最後だ」


 直美の言葉に康介は理解し、なぜだが恐怖が沸いた。虐めた奴が仕返しに来るのは当然なのに、体からは恐怖が沸いた。


「お前の罪は子猫を半殺し、半殺しでもあいつにとっては唯一の友達をお前は殺そうとしたんだからな」


 直美の言葉に康介は頷くしなかった。


「でもこれ以上はヤバいから、護衛を付けていたほうが良いと課長は考えているんだ。私も良い考えだと思うんだけど、お前はどうする」


 直美はそう言うと再び水を一口飲んだ。目の下には薄っすらと隈が浮かんでいるのが見える。


「あぁ、お願いする」

「わかった。じゃあ、私から課長に言っとくわね」


 会社に行こうと立ち上がろうとすると「もう一つ質問いいか?」と声を掛けた。


「なんだ?」

「お前、子猫がその後どうなったことは噂とかで色々聞かなかったか?」

「いや、聞いたことはないが、なんで」


 康介は少し不安も持ちながら直美に言った。


「いや、私の想像の中だが。もし、その子猫が死んだとなると、あいつは結構頭がイカれてしまっていると思う。もしかしたら、お前の家族にも危害をかけるかもしれん」


 直美の推測に、晴馬との電話を思い出して体が熱くなった。


 会社に戻り、仕事場に行くと部長に謝罪の言葉を言いながら頭を下げた。


「部長、ここの所事件のせいで会社を抜け出してしまい、申し訳ありません」

「あぁ、いいよ。それぐらいヤバいことなんだからね。それとさ、康介君」

「はい、何でしょうか」

「先ほどね、社長と話してきたんだよ。君のことでね」


 部長の言葉に康介は、不安を抱いた。


「結構、この事件が長く続くようだったら、君は一旦自宅に待機をしてもらいたい。ここの所会社の皆が君に対しての目がちょっとね。だから、もし長引くようならそのような話しだから」


 部長はそう言うと、足早にその場を去って行った。


(待機、か)


 康介は心の中呟いたが、それだけはどうしても避けたい。給料が入らないと家庭を支えられないし、学費や家賃のローンまでも払えやしない。


 重くため息をし、デスクに行くと資料が山の様にあった。


「先輩、それ今日中らしいです」


 聡は仕事をしながら康介に言った。


 康介も仕事をし始めていると、後ろからボソボソと声が聞こえてくる。うんざりしながらも、陰口を聞こえないように必死にキーボードを叩いて仕事を続けた。


 どのくらい経ったのか、先ほどまで山の様にあった資料は半分に減っている。時間を見ると夕方の一時だった。


(あっ、昼飯食ってねぇわ)


 康介が時間を見て、思っていると後輩の聡が肩を叩いた。


「先輩、ご飯食べましたか? 先ほどから声を掛けても無視されたのでがっっかりしましたよ」

「ごめん、集中していて気が付かなかった。それから、食べていない」


 康介はため息を漏らしてから言うと、聡は少し顔を歪ませた。


「ちょっと先輩大丈夫ですか? 顔が前より青くなってますよ」


 聡はそう言うと、自分のデスクに戻った。


 最近は晴馬の事件で疲労が増加している。胃も痛いし、頭もクラクラする。百合がせっかく作ってくれた弁当がカバンの中に入っている。


 一言謝罪のメールでも入れるか、と考えたが家に帰って食べればいなと思った。


 この思い辛さは、高校時代に虐めてきた晴馬と同じだ。あいつは、いつも俺達に虐められてこのような辛さを味わっていたのかと思うと、罪悪感が沸き上がってくる。


(そもそも、なんで虐めたんだ?)


 その理由さえ、忘れてしまった。このことを百合や冬真、そして両親に会社。すべて知らされてしまったら絶縁、クビが言い渡されるに違いない。何かしらの事件や殺しなどが公にされればどちらとも黙ってはいないだろう。


 再び大きくため息をし、仕事を再開しようとすると斜め横から同じ職場の女性が仕事をしながら隣の同僚に話しかけている。


「ねぇ、さっきさ。食堂室の帰りにテレビあるじゃん。今日またあの残酷な事件の被害者同時に二名出たらしいよ」

「えっ、二名も? やばくないそれ」

「いやいや、ヤバいどころじゃないよ。これで四名だよ」

「うわっ、両親絶対大ショックを受けているでしょうね」


 そう口にすると、後ろから「ねぇねぇ」と女性の声がその2人に話しかける声がした。


「今の話し、あの残虐事件のこと?」

「えぇ、そうよ。それがどうかしたの?」

「私の知り合いの記者がいるんだけど、その死んだ人達の両親が自分の子の姿を見た時、ショックを通り過ぎて、2人の母の方が精神がおかしくなったらしいわよ」

「うわっ。ヤバいじゃんそれ。あっ、ねぇまさか」

「ちょっと、止めなさいって」


 同僚の女性はきっと康介が警察に呼ばれることにきっとそうだろうと思って目を向けた。康介は心臓をバクバクと早く鳴らしていたが、それを振り切るように仕事を始めた。


 カタカタとキーボードを叩いていると、聡が声を掛けた。


「先輩。少し休んだらどうすですか? 休まないと体が保ちませんよ」

「でも、まだ仕事が残って」

「いやいや、先輩根詰め過ぎて結構やっていますよ。さぁ、早く。休憩場所で愛しい奥さんの手作り弁当食べてくださいって」


 聡は強引に勧めるため、康介は完敗をし、お礼を言うとお弁当を持っていき、缶コーヒーを買うとあの時の休憩場所に行き、百合が作ってくれた弁当を食べた。


 出来るだけ早めにご飯を食べ終えようと急ぎながら食べ始めた。


「うまいなやっぱり」


 そう言い、再び食べようとするとスマホが鳴った。画面を見るのも嫌になり、康介はそのまま電話に出た。


「はい」

「やぁ康介」


 スマホから晴馬の明るい声が聞こえてきた。


「ッ。晴馬、お前」


「直美から聞いたでしょ。あいつらに最高で最悪の仕返しをしたんだよ。どう、君も恐怖が沸き上がってきたでしょ」


 子供のようにはしゃぐ声が聞こえ、頭がおかしくなりそうだった。


「なんだ、次は俺か」


 康介が息を荒くして言うと、電話が切れる音がした。


(なんだよあいつ)


 せっかくの休憩が無駄になり、電話に出るのも嫌になったので電源を落とし、コーヒーを飲み干してゴミ箱に入れて仕事場に戻った。


 

「よし、終わった」


 康介は全ての仕事を終わらせ、時計を見てみると六時になっていた。


「……帰るか」


 康介は荷物をまとめ、まだいる同僚に挨拶を交わしながら会社を出た。


 家を速足りで向かいながらも、周りを気にして家に向かっていった。


 秋なために周りは真っ暗で、電灯と家の光がチラチラ見えているだけだった。自宅待機されたことをなんと説明すればいいだろうかと思いながら家に向かった。


 家に着き、康介は息を吸って吐くと家の中に入って行った。


「ただいまー」


 声を掛けながら家の中に入ると、百合が顔を青くしながら駆け足で康介に近づいた。


「あなた! なんで電話に出なかったの!」

「えっ、あぁ、ちょっと注意されちゃって止めていたんだ」


 康介は誤魔化しながら言うと、驚愕する言葉を言った。


「冬真が! 冬真が誰かに連れ去られたの!」


「えっ!」


 どういうことかと康介は問いただすと、百合は焦りながらも必死に説明した。


「4時なっても全然帰ってこないから友達の家に向かったのかと思って全員に電話したのよ。そしたら、その友達が帰ろうとした時に車に乗ったボサボサ髪をした男に私が事故にあったていうのを聞いて、それで、冬真もその話を聞いてまともにならなくて、そのままその男の車に乗り込んじゃったみたいなのよ!」


 ボサボサ髪の男、晴馬のことだということが一瞬にしてわかって血の気が引いていたが、百合は泣きながら説明し続けた。


「そんな不謹慎な嘘をつく人なんていないはずでしょ。それで、昼間に直美さんから電話で護衛がって連絡を来ていたからすぐに連絡をしたのよ。それで、それで」


 百合はそう言うとその場で泣き崩れてしまった。


 康介はなぜ晴馬が無関係な冬真を連れ去ったのか考えながらも、不安と恐怖が混ざって頭が回らない。


「ともかく、俺も探しに」


 そう言いかけると、固定電話が鳴り出した。


 康介は駆け足で固定電話に行き、電話に出た。


「もしもし!」


「もし、って康介! 私あなたに何回電話をしたと思っているのよ! 全然出なかったからイライラしていたのよ!」


 直美の怒号に耳が痛くなったが今は関係ない。


「すまない。それで、冬真は、冬真は見つかったのか?」


 そう言うと、直美は落ち着いた言葉で言った。


「あ? あぁそれを伝える為に電話したんだ。けど」

「けど?」

「……今は言えない。言えるとしても病院だ」


 病院と言う言葉に康介の不安が高鳴った。


「病院って、まさか」

「ともかく、百合さんを連れて私がいう病院に来い。場所は、Y市立病院だ。場所は言ったから早く来い」


 直美はそう言うと、電話を切った。


 康介は冬真が病院にいることに酷い不安が高鳴り、すぐに百合に駆け寄り、直美が言ったことを説明すると案の定直美は顔を青くした。


「まさか、何か」

「ともかく、一刻も早く病院に行こう」


 そう言うと、百合の体を支えながら車に向かった。助手席に座らせ、康介は運転席に座るとすぐに鍵を鍵穴に差し込んで回し、エンジンを掛けて病院に向かった。


 運転中、百合と康介は一切会話などはせずにただ自分の息子が無事なのかを祈るばかりだった。病院の自動車置き場に着くと、すぐに康介はエンジンを切って百合と駆け足で病院内に入って行った。


 中に入り、康介は受付の看護婦に声を掛けた。


「あの」

「はい、なんでしょう」

「こちらに渡辺冬真という子が」


 康介が言いかけると、看護婦は察したのかすぐに案内をしてくれた。


 エレベーターに乗り、患者などをすれ違いながら白い廊下を歩いていると、直美が壁に背もたれをして待っていた。


「直美!」

「直美さん」と百合


 二人が声を掛けると、直美は暗い顔を二人に向けた。


「あっ、ここからは私が」


 直美はそう言うと、案内してくれた看護婦は三人に頭を下げて、その場を去った。


「おい、冬真は」

「案内するから待ってろ」


 直美はそう言うと、二人を連れて歩き出した。


 歩き続けていると、集中治療室と書かれた扉の中に入って行った。


「集中って、直美さん。冬真は、冬真は無事なんですよね」


 百合は扉の名前を見て焦り出し、直美に必死に問いかけたが直美はただ目の前を見つめるばかりだった。歩き続けていると、真斗が一つの個室の前に立っていた。そこに止まると、直美は顔を康介と百合に向けた。


「いいか、あまり騒がないでくださいよ」


 直美は二人に言うと、百合と康介は同時に頷いた。


 直美はゆっくりと扉を開けた。開けると、一人の医者と看護婦が付いていた。両親の顔を見るなや、見えやすいように位置をずらすと康介と百合は目の前の光景に息を飲んだ。


 口に酸素マスクをし、顔全体に痣を作りながら何個かのホースに繋がれている変わり果てた冬真の姿だった。


「ッ! 冬真!」


 百合は変わり果てた冬真に涙声で駆け寄った。


「そんな、なんで、何でこんなことに」


 百合は泣きながら変わり果てた息子の体に張り付いた。


 康介は目の前の光景が夢であって欲しいと願うばかりだが、頭の痛みに夢じゃないと確信をした。


 直美と真斗は目の前の光景に、顔を逸らした。


 康介は耐え切れなくなり、病室を出て目の前の席に座った。


 直美の予想が当たってしまった。てことはやはり、あの子猫は死んでしまったんだということがわかった。


 直美は看護婦と医者に百合と一緒にいるように伝え、扉を閉めて康介に近づき、 うなだれている康介に、直美は話しかけた。


「康介、大ショックを受けているが、お前はどこで息子さんが見つかったのか知りたいか?」


 直美の言葉に、康介は頷いた。


「よし、まず、冬真君が見つかったのは幽霊が出ると言われている廃墟のマンションでな、またそこで肝試しに向かった若者3人が行ったとき、3階に向かっている途中で叫び声が聞こえたんだよ。生きている人の声だったから、音を立てずにこっそり行ったんだ。最初は聞こえなかったが、近づくにつれてそれは叫びじゃなくて言葉だったんだよ」

「言葉?」

「あぁ、とても酷い、それよりも最初は見つかったときの状況だ。叫びながらも、何かをとても強く叩きつけていたんだ。金属の棒と自分の足で蹴り上げてね。それで、何を蹴っていたのかを見ると」

「それが、冬真だった」


 康介の言葉に、直美は頷いた。


「冬真を見たからすぐに止めたんだ。晴馬は若者の言葉に殴るのをやめたら、あいつは3階から飛び降りて、逃げたらしい。なんとも言えない身体能力だよ」


 直美は半笑いで言うと、髪を掻き上げた。


「それで、すぐに若者は病院に電話してくれたってわけだ。でもよかったよ。もし遅れていたら今頃は手遅れさ。お前が見た通り、冬真君の体には何十ヶ所に痣がある。右腕を骨折しているし、頭からも血が出ていた。かなりの重傷で、もう一歩手前で死んだかもしれなかったからな」

「あぁ、あとででそいつら教えてくれ。礼を言いたいから、それよりも直美」

「ん?」

「晴馬は、息子、冬真になんて言っていたんだ」


 康介は先ほど言った言葉に質問をすると、直美は顔を歪ませてから口を開いた。


「死ね、消えろ、あのクソ息子さっさとあの世に行け。まだ幼い子供に言ってはいけない言葉を吐き続けていたよ。聞いていて胸糞悪かったわ」


 直美はため息を漏らした。


「えぇ、何も知らない冬真くんはあなたのせいで犯人に危うく殺されるところだったんですよ。それも、一年生のまだ幼い子が」


 真斗は涙を浮かべながら唇を噛み締めた。


 康介は直美の話を聞くたびに胸が痛んだ。何も知らない冬真は晴馬に酷く殴られた挙句に酷い言葉を浴びせられた。


「俺のせいだ……」


 康介は思わず言葉を漏らした。


「えぇ。過去のいじめのせいでね」

 

 直美はそう言うと、康介は違うと言った。真斗はどうゆうことですかと質問した。


 康介は、晴馬から連絡が来ていたことを言うと右頬から激しい痛みと共にその場に激しく倒れた。何をされたかは目の前の光景や痛みなどですぐにわかった。


 真斗は怒りの顔に満ちている直美を羽交締めをしながら、


「直美さん! 落ち着いてください! ここは病院ですよ!」


 と、抑えていたが直美は暴れながら「離せ!」と真斗に言った。


「お前、なんでそんな重要の話を黙っていた! その話をもっと早くにしていれば護衛はもっと早く着くようになったんだぞ! それなのに、なぜそんなことを黙っていた!」


 直美は半泣きのまま怒り叫ぶと、康介はその場に入れられなくなり、駆け足でその場を去った。


「おい! 康介」


 直美は去って行った


「くそっ! 早くあいつを探さねぇと襲われる可能性もある」

「はい。でも、どこにあいつがいるかが全く見当が」


 すると、百合が目を真っ赤にさせたまま病室を出た。


「百合さん、冬真君の」

「お前のせいってなんですか。直美さん」


 百合はさっきよりとは違い、険しい目つきで見つめてきた。直美はさっきの叫びが聞こえてしまったのだろう。


(もぉ、いいか。あいつには呆れた)


 直美は真斗に顔を向けた。


 真斗も直美が何を考えているのかを察知すると、頷いた。


 百合に今までのことを話した。



 康介はいつの間にか無我夢中で走り続けたお陰で人気がない公園に辿り着いた。あるのは公園にある遊具と電灯一台しかなかった。目の前にあるベンチに座り、頭を抱えた。


 康介が犯した罪は子猫半殺し、自分に来るはずがまさか冬真に来るなんて思いもしなかった。


 自分ならまだしも、冬真をもう少しで殺す所まで殴るとは。このことなら電話のことをもっと早めに話しとけばよかったと心の奥から後悔が湧き上がってきた。


「すまない……すまない。冬真」


 涙を流しながら康介はこの場にいない冬真に謝罪の言葉を口にした。すると、電話からメロディーが鳴り響いた。


 すぐに確認すると非通知、晴馬だと確信して電話に出た。


「晴馬!」

「おっ。すぐに当てるなんて凄いねぇ」


 呑気に話す晴馬に怒りが増し、人が以内とは言えその場で怒号をした。


「おい! どういうことだ! ターゲットは俺だろ。なんで冬真なんだよ。子猫を死なせたのは俺の責任だ! やるなら俺をやれよ!」


 情けない声で叫ぶと、晴馬は「ほぉ」と言った。


「よくわかったね。そうだよ。てめぇらが半殺ししたと思ったあの子は、俺が病院に駆け足で向かっているさいに息を引き取ったんだよ! お前の、おまえのせいで、ハハ、ハハハハハハハハハハ」


 晴馬は怒号の後に甲高い声で笑い狂った。その声に康介は精神が正常じゃないのにしか見えなかった。


「お前が高校生時代にしたように、罵声をめっちゃ浴びせたよ。いい鳴き声だったよ。まるでお前を虐めているみたいで気分がよかった。それにね、冬真君必死に助けを求めながら謝ったんだよ。「ごめんなさい、許してください助けてください」って傷だらけでね! 本来子供がいなかったら百合、妻にしようかと思ったんだ。一生トラウマを植え付けられるような感じにね」


 晴馬は楽し気で冬真を殴っている時の様子を語った。その話しに康介は浮かんだ。


 冬真は必死に身を守りながらも自分に助けを求めている姿が想像出来る。その姿に酷く心が痛んでしょうがない。


「……お前っ」

「恨むんだったら過去の自分だよ。それから俺はあんなのでは足りない。むしろ僕を呼び出して殺してもいいし、探しても良いよ。選択肢はお前で決めろ」


 晴馬は低い声で康介に言った。


 康介は深く考えた。もし、晴馬が捕まってしまったら過去のことが会社や百合にもバレてしまうし、おまけに皆に白い目で見られてしまう。


 けれど、春樹は気になるところがある。


 なぜ晴馬は康介たちの会社を知っているのか。そして、いつどこで冬真の学校を突き止めたのかも知りたかった。探偵をここ数年使うには沢山のお金が必要なはず。


 そんなお金をバイトだけでは足らないはずだ。それをどうやって聞き出したかも疑問だらけだ。それならいっそのことそれを聞き出したほうが良いだろう。


「……じゃあ、今会おう。何処が良い?」

「ふぅん。結構強気だね。えっとね、お前の会社の屋上」

「は?」

「良いから、そこで待ち合わせね」


 晴馬はそう言うと電話を切った。


 康介は少し戸惑ったものの、このままだと百合も危険にさらされてしまうために駆け足で車の中に潜り込み、車のキーを回した。


 車を走らせ、途中コンビニに寄ってカッターを買おうと思い、すぐ目の前にあったコンビニに寄り、大きめのカッターを買ってポケットにしまった。例え抵抗したって正当防衛になるはずだ。なにせ相手は殺人者、警察は康介を信じるに違いない。


 再び車の中に乗り込んで走らせた。


 会社に付き、車を駐車場に止めて会社の非常口から入り込み、屋上に向かった。長い階段を上がるの一苦労し、ポケットに入っているカッターを掴み、息を荒くしながら扉を開けた。


 開けると、空は完全に夜と化していた。寒い風が頬を触り、寒気を感じた。


 警戒をし、周りを見ながら歩き出した。聞こえるのは自分の足跡と冷たい風の音しか聞こえてこない。


 真ん中辺りまで行くと、後ろから凄まじい殺気を感じた。


「やぁ、康介」


 その声を聞いた瞬間、康介は振り返りながら持っていたカッターを構えた。そこには平然して立っている晴馬がいた。


 晴馬は康介のその姿にニヤリと笑った。


「生で見ると本当に変わってないね康介は」


 普通の口調で話す晴馬に恐怖を感じたが、康介はカッターを構えながら体を震わせて話しかけた。


「ひっ、久し振りだな晴馬。俺は、お前に心底会いたくなかったよ」

「ハハハ、そうかぁ。俺はとっっっっっても会いたかったよ。だって、昔虐めた奴に復讐出来るんだもん」


 死んだ目で言い、晴馬は一歩ずつ康介に近づいてきた。


「近づくな! 近づいたら」


 康介は後ずさりをしながらカッターを向けたが、晴馬はニコニコと微笑んで距離を縮ませてくる。


「やだなぁ、そんなんじゃ人なんか殺せないよ。それよりも、ここなんかよりも他の場所で話そうよ」


 そう言うと、晴馬は目にもとまらぬ速さでカッターを奪い取ると、隠し持っていたスタンガンを康介の首元に強く当てた。


 スタンガンの電流の強さに、康介はその場に倒れた。体を痙攣させながらも、上からスタンガンの電流の音が聞こえてくる。


 見上げると、晴馬はスタンガンを持ちながら康介を見下ろしてニヤリと笑った。


「じゃあ、行こうか」


 そう言うと、ポケットから何かが入っている瓶をハンカチに染み込ませてそれを康介の口に押し当てた。匂いを嗅いだ康介はその場に倒れた。


 晴馬は背負うと駆け足で階段を降り、康介のスペアキーを押して車の音が聞こえた場所に近づき、周りを警戒しながらバックドアを開け、康介を入れると乱暴に閉めた。

 

 あの屋上からどのくらいたったのだろうか。康介はゆっくりと目を開けた。


 開けると、腕と足、胸に違和感があったため見てみると何十にもガムテープで巻かれていた。動いてみたが、身動きが取れない。


 周りを見わたしてみると、何処か分からないがコンクリートの壁と床に散らかった椅子とゴミ、けれどその中には手術で使いそうな土台の上には大きい刃物と細い針、正方形の小さい箱が置かれていた。


(なんだよこれ)


 困難していると、後ろから足音が聞こえてきた。出来る限り首を後ろに向かせると、晴馬は透明なケースには二匹のピラニアが入った水槽を抱えていた。


「あっ、やぁ康介。やっと目覚めたね」


 晴馬は水槽を抱えながら言うと、土台の横にその水槽を置いた。


「さて」


 晴馬は土台の横に置いてあった椅子の背もたれを康介に向け、跨って座ると話しかけてきた。


「なにから話そうか」


 晴馬は康介の目を見ながら言った。


 康介は疑問になっていたことを質問しようと思い、口を開いた。


「……なぁ、晴馬」

「何?」

「質問がある」

「どんな?」


 晴馬は何かをポケットから取り出すとそれを口の中に入れて、噛み砕いた。きっとラムネか何かの薬かもしれない。


「お前はなんで俺達の居場所が分かったんだ?」

「なんでその質問」

「探すんだったら探偵を雇ったりするのがいいが、俺達の居場所を探るのにはきっと大いに額があるはずだ。直美からお前は調べられている。自衛隊にアルバイト、けれどアルバイトの金じゃあ意味がないはずだ。なのになんで調べられた」


 康介は息を荒くして言うと、晴馬は立ち上がって台の上に乗せられている小さいナイフを取るといきなり康介にむかって投げた。


 投げたナイフが頬をかすれ、血が流れてきた。


「そんなの言う必要なくない。どーせ死ぬんだしさ。それで、あと何か質問ある?」

「わかった。お前、百合の後を追ったのか?」

「えっ。うん。そうだよ。単に怯えさせただけ。どんな表情かなぁって思ってね。結構良い怖がり方していたんだ。これで質問は終わり?」

「いや、まだある」

「じゃあとっとと話して」

「お前はなんで、冬真の部屋に入り込んだ? あのことをするために忍び込んだのか?」


 康介は少し睨みつけて言うと、晴馬は「そうだよ」と言った。


「一体どんな風な顔立ちをしているのかなぁと思ってさ。見た時本当に吐き気がしたよ。何だってお前に似ていたしさ。あの場でやっちゃうのもアリだったけど、それだとお前が来るからさ。我慢をしたんだ」


 だから怖い顔をして冬真を見つめていたのかと康介は考えた。


「あっ、そうそう。この頬の傷」


 晴馬はマスクを取って古傷を見せた。


「これ、康介が昔やった傷だよ。覚えてるでしょ、僕のことを樹と大輔に押さえつけさせて、カッターで頬の傷を付けさせたの」


 古傷を人差し指で指しながら言った。


 晴馬は康介の髪を鷲掴みにした。



「言っとくけど、俺のことを狂ってるって言っても、カッターで人の頬をきるやつのほうが狂ってるんだと思うんだけど、違う?」
 


 晴馬はそういうと、頭を離した。


「まっ、いーや。よし、これで質問おしまいね。さぁてと、最後に君にみせたい物があるんだよ」


 晴馬はそう言うと、クーラーボックスを持ってきた。


「な、なんだよ。それ」


 康介は怯えながらクーラーボックスを見つめた。晴馬はニヤニヤしながら蓋を開けて、何かを取り出した。


「最初はー、これ」


 目の前に出されたのは、血生臭い人間の眼玉だった。


「うっ!」

「あぁ、吐くなよ。掃除するのが面倒だからさ。あとこれ、誰の眼玉だと思う?」


 晴馬は眼玉を人差し指と親指でフニフニ摘まみながら言った。


「いっ、樹だろ」


 康介は息を整えながら言うと、晴馬は正解と笑顔で答え、再びクーラーボックスの中にしまい込んだ。


「じゃあ、次。はい。これは誰だ」


 出てきたのは細かく刻まれたような肉の塊に、康介はすぐにわかった。


「陽」

「フフ、凄いね。これだけで分かるなんて」

「当たり前だろ。あいつの死に方、直美から聞いたんだからさ」

「へぇ。じゃあ最後」


 晴馬はそう言うと、ボロボロになった腕を取り出した。


「だーれだ?」

「……碧斗」


 答えると、晴馬は手を叩いて歓喜の声をあげた。


「正解正解! いやぁ凄いね。これが友情の証って言うやつか? 流石だなぁ。あっ、一人は流石に虫の中だったからちょっと取れなかったんだよね。ごめんねー」


 晴馬は馬鹿にするかのようにしながら手を叩いて謝った。


「なぁ、もぉ良いだろ。早く殺せよ」


 康介は吐き捨てるかのように言うと、晴馬は手を叩くのを止めてハンマーを持ち、勢いよく康介の足の平に叩き込んだ。


「あぁぁぁ!」


 あまりの痛みと衝撃に声をあげた康介は身を縮めた。割れる音も少しだけ聞こえたため、きっと今頃はヒビが入っているかもしれない。


「うるさい。口答えをするな。俺なりに復讐を済んだからさ」


 晴馬はボロボロの腕をクーラーボックスの中にしまい、康介を壁の方に置いた。


「何を……するんだ」

「えっ。簡単なこと。普通に拷問をするだけ。簡単な拷問とかは面白く無いから俺が面白い拷問をいまからするだけだから」


 晴馬はそう言うと、真ん中にアナが空いている長方形型の木の板を持ってきた。


(何をするきなんだ?)


 康介は眺めながら心の中で思った。
 木の板の上に康介の右足を乗せ、紐を穴に通してきつく締め付けた。その下に桶を置いた。


「よし。これで完璧」

「おっ、おい。一体何をするんだよ」

「だーかーらー、拷問だよ。何度も言わせんなよ。めんどくさいな」


 晴馬はナイフを取り出し、刃をなぞった。


「はい、じゃあ目を隠しますねー」


 晴馬は康介の目に布を巻きつけて、周りを見えなくした。


 一体全体何をするのかと思うと、足に刃物の感触がした。


「いくよ」


 そう言うと、スッと足を切る痛みが走った。


「いたっ!」


 切られたところから血が流れる感触がする。きっと血が流れているのだろう。


「今血が出てるからねぇ」


 晴馬は明るい声で言った。


 言われなくても足の平から血が出て流れてくるのがわかる。床にぽたぽたと音が聞こえてくる。


 あぁ、これで大量出血をさせて死なせるのかと思いながらでいた。



「おぉ、桶の中にお前の汚い血が溜まって行くよ。徐々に、少しずつ」


 晴馬は囁くかのようにしながら康介の足を見つめていた。


 康介は痛いことされなくて済むことに少しだけホッとしてしまった。焦らずに深呼吸をして整いながらでいた。

 


 あれからどれくらいたったのだろうか。長いことに時間が過ぎているのが感じられている。指から流れている血だって桶の中に溜まっているはずだ。


「おい、晴馬」

「何ー」

「桶の中にどれくらいの、血が」

「あー、今のところ三分の三を切ったところかな」


 もぉそれぐらいか。康介はそんなことを感じながらでいた。


 このまま全身の血を抜かれて何処かに売られてしまうのかと感じられた。きっとこいつが話していた闇売買に売るのかもしれない。


「なぁ、お前。死ぬのが怖くないの?」

「えっ」


 唐突の言葉に康介はどう答えれいいのか分からなかった。


「お前はこのまま安楽死する。けど。よく考えてみろ。死ねば、俺が惨殺した奴らに会える。意味が分かるか?」

「わからない」

「お前は安楽死するんだ。あいつらのことをよく考えてみろ。ピラニアに生きたままくわれ、拷問まがいなことをされて死んでいった奴らはきっと地獄の底で康介を殴るだろうな
。だってそうじゃないか。あいつらは無残に殺され、お前は苦しむどころか眠るように死んでいくんだからさ」


 晴馬の言葉に康介は死んだ後のことを考えた。


 あの世で待っている4人は、安楽死した俺を恨むだろうか。最初に虐めを点案したのは康介。もし今ここで死んでしまったら地獄の底でも嫌な目に会うかもしれない。


 そんなことを考えると体の底から恐怖が沸いてきた。


「なっ、なぁ」

「ん? 何?」

「た、助けてくれ」


 震える声で助けを求める康介に、晴馬は大声で笑い出した。


「ハハハハハハハハハハッ! 何をいまさら。死ぬのが怖くなったのか? それはそうだろうな。死んだら死んだで、地獄の底でも酷い目に会うんだからな。おっと、死ぬことを考えたら中に入っている血の量が多くなってきたからかな? それに、お前震えているじゃん」


 気付けば全身が震えている。康介は逃げ出そうと思い体を左右に揺らした。


「おいおい。そんなに動くと出てくる血の量がさっきより出てくるぞー」

「やっ、やだ。止めてくれ。死にたくない、死にたくない死にたくないーーー」


 暴れながら叫ぶ康介の言葉に、晴馬は大きく笑みを浮かばせた。


「やっとか、やっと本当に思っていることを吐き出したか。そうだよな、お前は本当は謝るんじゃなくて、死にたくなくて嘘の謝罪を言ってるだけだもんな。そうだったら尚更」


 晴馬は声をあげると、康介の足首を強くつかんだ。


「おっ、おい! そんなことしたら血がもっと出てくるだろ!」


 康介は叫んだが、晴馬は「知ったことじゃない」と言った。


「お前見たいなゴミが一人減れば世の中は幸せになるからなぁ。おぉ、足首を掴むごとに出る血がさっきより大量に出てくるなぁ。そろそろで三分の二を切るころだろう。次は三分の一に」


 晴馬が言いかけると、扉を蹴破れる音が聞こえた。


「おい! 無駄な抵抗を止めて武器を捨てなさい」


 康介は直美の声を知ると、安堵して気を失ってしまった。



 扉を蹴破る音に晴馬は振り返ると、複数人の刑事の真ん中には銃口を向けた直美と真斗がいた。


「持っている武器を捨てなさい!」


 真斗は体を震わせながら晴馬に向かって叫んで言った。


「晴馬! もぉこんなことを止めて大人しく自首しなさい!」


 その言葉に晴馬は笑みを浮かべて言った。


「ねぇ、あの時言ったよね。邪魔をしたら、直美でも殺すって。あの忠告じゃあだめだった?」

「例えあんなことをされても私はそう簡単にくじけないわよ。こうしてきたのは、貴方をこれ以上手を汚さな」

「俺の手は汚れていても、心の方が中学生時代の時にこいつらの言葉や暴力のお陰で汚されたんだぞ! そこんところ分かってんのか? 俺はここ十数年間こいつらの復讐ばかり考えていた。この、ゴミクズを殺すことばかり。お前は虐められた事がないだけで俺のことなんて何も知らないんだ! そうだろ!」


 晴馬は唾を飛ばしながら目の前にいる直美に言いかけた。


「あぁ、知らない。けど、殺すことによってお前の心と同じぐらいに汚れる。それでもいいのか? 心の痛みと同じぐらいのな」


 直美は言いかけるように晴馬に言った。


 その言葉に効いたのか、晴馬は軽く笑った。


「ハハッ、偽善者みたいな言葉をよくそう簡単に言えるね。まぁ、いいよ。やめる」


 そのことに安堵をすると、晴馬は桶を窓に投げつけた。その行動に逃げるのかと思い駆け寄ろうとすると。


「来るな!」


 晴馬の怒号に、皆はその場に止まった。


 その場を眺めると、直美に顔を向けた。


「直美、これだけは言っておく。この世界は虐めや様々な形で恨みや復讐に満ち溢れている。世界中な!」


 晴馬はそう言いかけると、窓から飛び降りた。


 直美はすぐに窓に通って下を見た。そこには血まみれの晴馬が倒れている姿だった。


「おい! 早く救急車を!」

「はっ、はい!」


 一人の警察官は返事をすると、すぐにその場に去りながら胸に付いている無線機に話しかけた。


 直美は気絶をしている康介に駆け寄って頬を叩いた。


「康介! おい!」


 直美は首を触った。まだ息はある。


「こいつも早く病院に送ってくれ」

「はい!」


 直美の言葉に警察官は返事をし、縛り付けている縄などを外していった。


 直美は思わず窓の下にいる晴馬に目をやった。

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