第三十七話 国産のさくらんぼ

 お姉さま。残念なおしらせがございます。諸般しょはんの事情があってこの通信が使えないことになりました。別の方法を検討しておりますので、今後の連絡れんらく方法につきましては、決まり次第、人をつかわすなどしてご案内いたします。

 引き続き、お姉さまと実りあるお話ができることを願っております。


 女はVPNで接続したシステムにメッセージを送り終えると、テーブルにあるティーカップから紅茶を一口飲んで、アフタヌーンティー用のケーキスタンドからサクランボを一粒ひとつぶつまんだ。

「サクランボもきてきたわ。明日は別のものにしてちょうだい」

 部屋のすみひかえていた女がこれに応じた。

「サクランボのしゅんはもうじき終わります。別のものにいたしましょう。出入りの者によいものを見繕みつくろうよう伝えておきます」

「ありがとう。それとね、もう一つお願いがあって、セッカを今すぐ呼んでちょうだい」


 セッカという男は、小学校のバックネットに突如とつじょとして姿を現し、さらに、光成がボイパ男とたたかった時に桜並木にもいた、無尽蔵むじんぞうにプラズマをはき出したあのネバーウェアのことである。

 この男はサンズマッスルのシニアプレイヤーの一人であったが、実はある投資ファンドの社員でもあって、CFO直属の特別主任という肩書かたがきも持っていた。

 ちなみにCFOとは、Chief Financial Officerの頭文字を取った略語で、日本語では最高財務責任者と訳される。つまり、会社が使うお金の元締もとじめといえる存在だ。

 セッカはサンズマッスルでシニアプレイヤーを務めていたが、形態としては委託契約いたくけいやくであった。しかし、投資ファンドでは委託ではなく雇用こようされていたのである。意外かもしれないが、有給休暇ゆうきゅうきゅうかも支給されていたし、納税もしている上、社会保険にも加入していた。おかげでつい先日、何本かなくなっていた歯も治療ちりょうすることができて、今では欠けた歯など一本もない。

 とはいえ、セッカが雇用されたのはつい一年ほど前のことで、比較的ひかくてき最近のことだった。それまでは、あの桜並木で一緒いっしょにいたボイパ男とユニットを組んで、ボイパとダンスのコラボ動画を配信するなどして小銭をかせいでいたのだ。二人は光合成人間であることをふせて配信していたのだが、セッカのATP能力がどこからどうつながったのかCFOの情報網じょうほうもうに引っかかって、その能力を買われて投資ファンドの特別主任として雇用されたのである。つまり、セッカはCFOに拾われたのだった。

 セッカがサンズマッスルのシニアプレイヤーになったのは投資ファンドに雇用こようされた後のことだった。これはつまり、サンズマッスルへの潜入せんにゅうを目的とした、CFO直々の特命任務だったのである。


 セッカは投資ファンドのビルに到着とうちゃくすると、受付の女に要件を伝えた。少々お待ちくださいといわれてしばらくすると、耳にイヤホンをした黒いスーツの男が出てきてこういった。

「CFOがお前に用事があるそうだ。今から接続を確立するから少し待て」

 そして、イヤホンのマイクに何かを小さな声でささやくと、少し間があってからこう続けた。

「四十二階の第十三個室に行け」

 そういってセッカにセキュリティカードを手わたした。

 セッカはエレベーターに乗って四十二階へたどり着く。そこはまるで高級ホテルのようなフロアだった。赤い絨毯じゅうたん感触かんしょくを確かめながら第十三個室の前に立つと、ノックもせず中に入った。というのも、セッカは中にだれもいないことを知っていたのである。

 そこは人が二人対面で話すためのせまい個室で、ソファとテーブルが置いてあり、おくかべにテレビモニターが設置してあって、入って右手側の壁には、軍人なのか、胸にたくさんの勲章くんしょうをつけた男性の肖像画しょうぞうがかざられていた。

 この肖像画の男は、胸にいくつもの勲章があることからどこかの軍の高官なのだろう。顔には幾多いくたの困難を乗りえるたびにできたであろう深いシワがきざみこまれており、そのするどい眼差しには、相手が萎縮いしゅくしてしまうほどの威厳いげんがこめられていた。

 それが突然とつぜん、肖像画の両目が見開かれたと思うと、そこから本物の目がのぞきこんできて、女の声でしゃべり出したのだ。

音村おとむらの取り調べが終わった」

 挨拶あいさつなどなく、いきなり要件から始まった。音村というのは、あのボイパ男の本名である。

「弁護士とはすでに話がついている。控訴こうそはしない。有罪が確定するだろう。これでお前が捜査線そうさせん上にかぶことはなくなった。そこのモニターを見ろ」

 個室にあるテレビモニターが自動的について、だれかのSNSが写し出された。そこには高級スポーツカーの前に得意げに立つ音村の姿があった。

「これは音村の裏アカだ。ヤツはお前から工面してもらった金で、こんな豪勢ごうせいな生活をしていたのだよ。つまり、ヤツが金に困っていたというのはウソで、お前はだまされていたのだ」

 音村が金に困っているからといって、しつこく無心してくるので、セッカは金も貸していたし、やむを得ず窃盗せっとう事件の片棒をかつぐこともあった。

「くっそ、マジか……、あの野郎やろう刑務所けいむしょから出てきたら、マジでぶっ殺してやる」

 肖像画しょうぞうがの眼球がギロリとセッカをにらむ。

「それについては我々も協力しよう。無用な折衝せっしょうをさせられたからな。ヤツが刑務所から出てくれば速やかに情報の提供を約束する。好きにするがいい。さて、お前のつまらん友情が引き起こしたトラブルはこれで解決した。やっと本筋にもどれる。すぐに行動に移りたい。そこのモニターを見ろ」

 テレビモニターに映されていた映像が、スーパーカーの前でポーズを決めるボイパ男の写真から、どこかの建物の図面に切りわった。

「この図面は例の小学校の図面だ。以前、お前が潜入せんにゅうしてきた時の情報を元に作り直したものだ。その後の分析ぶんせき結果によると、我々が探しているデータがあるのはここ以外に考えられない」

 テレビモニターにポインターが現れて、校長室を丸く囲った。

「ここは数年前に改築され、お前が報告した通り、図面とちがった間取りになっていた。この部屋は校長室からしか入れず、しかも、セキュリティをけるには生体認証が必要だ。次に校長が出勤する日に合わせれば、校長がセキュリティを解除するだろう。そこをお前が強行突破きょうこうとっぱする。簡単だな?」

「ああ」

「よし。しかしだな、お前からの報告によれば、このかくされた秘密の部屋には理事長と一緒いっしょ比留守ひるすが侵入し、データを丸ごとぬすみ出すことに成功したそうだったな? それが本当ならばデータは比留守も持っている可能性が高い。ヤツも始末しろ」

 肖像画しょうぞうがの女は目をセッカからはなさずにいった。

「それとスザクという女がいるだろう。あの女は他の国家権力に買収されたスパイだった。ヤツの目的も我々と似たようなものだ。先をされぬようすぐに行動を始めよ。以上だ」

 テレビモニターが消えて画面が真っ黒になると、肖像画の目も閉じられた。目だけが生身の人間だった異様な芸術作品は、普通の絵画にもどったのだった。


 ちょうどそのころ、二人のネバーウェアがとあるスーパーマーケットに白昼堂々と商品の強奪ごうだつに入るという事件が起きていた。

 このネバーウェアは、はじめ服を着て入店していた。二人とも高級ブランドのロゴが入ったTシャツ姿に、大きなリュックサックを背負っており、スーパーに入るやいなや、ショッピングカートに買い物カゴを二つずつ乗せ、次々と食品をカゴに入れていくのだった。この様子を見ていた店長が不審ふしんに思って後をつけてみると、フルーツ売り場についたヤツらは、値段を見ながら何やら興奮し始めたのである。

「うわっ、これ見ろよ、スゲェ高え」

「こういうの一度食ってみたかったんだよ」

 などといいだすと、まだ会計をしていないというのにラッピングをはがし、なんと、その高額なサクランボを食べ始めるではないか。

「うわっ、うま!」

「マジかよ! くっそうめえ!」

 これを見た店長は、部下に110番を指示した。そんなこともつゆ知らず、調子にのった一人が、その場でプッと種を口からき飛ばすと、両手を使って一粒ひとつぶ一粒を高速にパクパクと食べ始めた。

「ちょ、お前、バカかよ! 食いすぎだって!」

「うほほほほっ! ウマすぎ! マジうめえ!」

 これを見て店長は絶対に許すまじと二人組に声をかけた。

「お客様。失礼ですが、まだお会計されてないですよね?」

「ああ?」

「だからなんだよ?」

 店長はこの返事を聞いて話の通じないヤツだと判断し、毅然きぜんとした態度をとった。

「会計されていない商品を食べられては困ります」

「別にいいだろ? 後で金払かねはらえば」

「いいえ。会計前の商品ですので」

「ああ?」

 男たちが店員の胸元を見るとその名札には「店長」と書いてあるではないか。

「店長? お前、店長なのか?」

 男はプッと種をき飛ばして、それが店長の胸の辺りに当たった。

「なあ、店長さんよう? お前これ食ったことあんのかあ? こんな高えサクランボをさあ? よくこんな値段で売ろうと思ったよなあ? だれが買えんだよ? こんなくっそ高えサクランボをさあ? 普通ふつう買えねえだろ? こんな値段で? ああ? オメェは食ったことあんのかって聞いてんだよ?」

 男はチュルンとサクランボを口に入れ、きたならしく音をたてながら食べて見せた。

「マジでくっそウメェぜ?」

 この挑発的ちょうはつてきな態度に店長はカチンときてしまった。

「お客様の行為こういは犯罪です」

「ああ? 何いってんだ! 金払かねはらうっつってんだろ!」

「こんなくそ高え値段で売ってる方が犯罪だろうが!」

 ここにガードマンがけつけて、二人を制止しようとした。

「お客様、やめてください」

「なにすんだこの野郎やろう!」

 男が手でり払うと、ガードマンが吹き飛ばされて商品棚しょうひんだな激突げきとつした!

「な、なんだ? このパワーは! コイツら光合成人間だ!」

「おまわりさん! こっちです! ほら! あの二人です!」

「お前たち! 何をやってるんだ!」

 そこに警察が二名到着とうちゃくした。

「お巡りさん! 大変です! コイツら光合成人間です!」

「な、なんだって?」

 到着した警官はあわてて応援おうえんを呼び始めた!

「警察なんか来たってビビっかよ! 笑わせるんじゃねえ! あっははははははは!」

 警官を見て男が笑い出す!

 ドスゥン!

 突然とつぜん、男を中心に重力が強くなって、警官と店長はゆかすようにたおれた!

「警察くれえでおれをどうにかできるとでも思ってんのかあ! 俺を止められるヤツなんて、この世界にだれもいやしねえ! この俺はあのサザレさんをぶっ殺して最強になったんだからなあ!」

「なに? ということは、コイツはモールで大暴れしたネバーウェアだったのか! これはヤバいぞ!」

 警官はすぐにこの事実を無線で伝え、必死に応援おうえん要請ようせいをした!

 青柱正磨せいちゅうせいま超撥水ちょうはっすい男は、ショッピングモールの事件の後、様々な場所で強奪ごうだつ事件を起こしていたのだ。かれらが着ている高級ブランドのTシャツも強奪したものだった。これは全国放送のテレビでも大々的に報道され、インターネットでも大変な話題になった。これを受けて警察は全国に指名手配したのだが、この二人組が姿を現したところで、そのATP能力の前になすすべがなく、逮捕たいほもできず、みすみす取りのがすほかなかったのだ!

「ネバーウェアだあ? 上から目線でおれを下に見たようなこといってんじゃねえ! テメェら国家権力でも俺をおさえることなんてできねえんだぞ! まだわからねえのか! テメェらの貧弱な装備で何ができんだ! テメェのこしについてるその貧相な拳銃けんじゅうを何発もとうが、俺には一発も当たらねえんだよ! 俺は無敵だ! 最強だ! くぅぁっはははははははあああ!」

 青柱は警官を前にドン引きするほど哄笑こうしょうした!

至急応援しきゅうおうえんたのむ! 早くしてくれ! たのむ!」

無駄むだだよ、無駄無駄! お前らなんかに俺を逮捕たいほできるわけなんてねえ! 絶対にな! 俺ははるか彼方かなたの高みまで到達とうたつしちまったんだからなあ! だれも到達できない! 誰もいない! 無敵の高みまでだ! 孤独こどくだ! わかるか? 下界を見下ろすような孤独だ! 圧倒的あっとうてきすぎて孤独なんだよ! けどなあ、この孤独は最高に心地良いじゃないか! なんて見晴らしのいい孤独なんだ! うぁっはははははははは!」

 青柱せいちゅうゆかした警官と店長を見下ろして高らかに笑った!

「いい景色だぜ! おれの力の前に人がひれす景色ってのはよう! つくづく思うよなあ! 貴様らが地べたに突っ伏した姿を高いところから見下ろすのは、ホントにいい景色だってなあ!」

 すると、何やら入り口の方がさわがしくなる。

「おまわりさん! こっちです! はやく! はやく!」

「ありがとうございます! 承知いたしました!」

「あそこだ! 行け! 行け!」

 そこへ、対光合成兵器である赤いボンベとたてを装備した警官隊たちが突入とつにゅうしてきたのだ! かれらは即座そくざに赤いスライムを発射する!

「あはははははははは!」

 青柱と超撥水ちょうはっすい男は笑いながら服をぎ始めた! そうしてすっかり全裸ぜんらになってしまった!

 超撥水男はきれいにスライムをはじいてしまってまったく効かない! 青柱はどうかというと、ヤツに向かって噴射ふんしゃされたスライムは、風がいているかのように青柱をけてしまって、一滴いってきも浴びせることができない! 青柱は反発する力、あのサザレさんが攻撃こうげきを当てられなかった力、引力の反対の、斥力せきりょくを出したのだ!

「効かねえ! まったく効かねえなあ! なんなんだそれは! テメェら死にてえのか! おれは何人も人を殺してきたんだ! 今さらテメェらを殺すのに何も感じやしねえ! 俺は朝飯を食うようにお前らを殺せる! あくびをするように何も考えずお前らを殺すことだってできる! 当たり前のようになあ! 俺の心にかぶものはすべて、お前らにとって災厄なんだ! 俺が思いついたことはなんだってできる! 逆にテメェらには何もできねえ! 俺は圧倒的なんだ! 無敵なんだ! 最強なんだ!」


 なんということであろう! この二人組にどれだけスライムを浴びせかけたところでまったく効かない! それどころか、かれらはやかましいほどの哄笑こうしょうを上げ、次々と警官隊を蹴散けちらすのだ! 傍若無人ぼうじゃくぶじんうこの男たちを、もはや止めるすべはないのか! 我が国の治安は完全に崩壊ほうかいしてしまったのか! まさに国会で古地ふるち議員が指摘してきした通りの事態ではないか! 全裸ぜんらの男が市井しせいを自由に闊歩かっぽできるようになってしまったのだ!

 青柱正磨せいちゅうせいまはもはやモンスターだ! この世にある不公平や差別、持つ者と持たざる者、しいたげられ、未来に希望を持てぬその絶望やいかり、悲しみ、そういった出口のない泥沼どろぬま呪物じゅぶつのようなものが、この怪物かいぶつを生み出してしまったのだ! サザレさんや太門さんがいない今となっては、だれにこの男を止められよう! 誰かいないのか? なんとかできる者、この男たちを止められる者は!

 あるいは明智光成あけちみつなり、お前だったらなんとかできるだろうか? 以前ヤツとたたかった時と同じように、私はどんなサポートだってするだろう! 光成、お前だったらどうだ? 光合成仮面のお前だったら! (続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る