第三十六話 若流が愛した女たち
こういった人通りの中を若流が通り過ぎていく。
若流がこういった人の視線に心地よさを感じつつ、すれ
この男は本当に
先ほど副長官室のドアの
若流は先日副長官に呼び出されたことを思い出した。
その時もドアをノックして最初に顔を見せたのはあの秘書であった。若流を部屋に招き入れた秘書は、その長いまつ毛から差し
「副長官は
これを聞いた
手短にだって? 呼ばれたのは
しかし、若流も白い歯が見えるように、さわやかな笑顔を
「副長官。お
副長官は机の
「
副長官は
「承知いたしました。副長官にはあまり時間がございませんので手短に申し上げますが、
「この件につきましては、長官へ直接ご報告申し上げることになっております。それに何か問題がございますか?」
秘書は歩いて副長官と若流の間にわざわざ割って入り、子どもを
「失礼ですが、我々は長官だけでなく副長官にもご報告願いたいと申し上げているのです。応じられるかどうか、イエスかノーかでお答えください。
若流は目の前に立った秘書を無視して副長官にいった。
「ですから、長官へ報告することになんの不足があるのでしょう?」
「あなたの発言は私が承ります。私は副長官にもご報告願いたいと申し上げているのですよ。不足があるかどうかなど、あなたの判断することではありません」
「…………」
若流は
「副長官。ご理解いただきたいのですが、私は直接長官へ報告をするよう命じられております。これはすなわち、長官から副長官へ情報共有があるという認識でございます」
「我々は、それでは不十分だという認識なのです」
「長官が情報共有をしないとでも?」
「そういうことを申し上げているのではありません。我々は直接あなたから報告を聞きたいのです。別にそれほど難しいことではありませんよね? 五分十分お時間
「長官から情報共有があって当然という認識です」
「
「承知いたしました。それでは若流さん、あまり大きな声では申し上げにくいことなのですが、あの長官にはいささか
「長官が? 何があったのです?」
「極めて
「なんですって?」
若流が
「あなたのお気持ちはわかります。せっかく司法取引に応じて、犯した罪を帳消しにできるはずだったのですから」
「いや、そんなことは……、でも、しかし」
この美しい秘書はうれしそうに目を細めた。
「あなたが心配するのも無理はありません。今、あなたの司法取引は実質長官との取引になっているのですから。ともなれば、長官の取引に応じたあなたも無実ではいられますまい。しかし、副長官とも取引をしていればですね、話が
「な、なんですって……?」
若流は考えた。あの取り調べの時もそうだったが、この件はわからないことが多すぎる。あの時の取調官は具体的なことは何も知らされずに、ただ強引に司法取引を
取引に応じてみれば、結局のところサンズマッスルに
サンズマッスル自体はクソみたいなただのNPOだとして、その裏にかくれているメロンズとかいう男と宮内先生には何かがありそうなのでる。それが何なのかまったく説明がないのだ。
メロンズをサンズマッスルに
宮内先生はサンズマッスルに殺されたと思っていたが、これまでの情報をつなぎ合わせてみれば、メロンズという男に殺害されたと考えた方が自然だとも思える。
このメロンズというヤツは相当ヤバいヤツらしい。絶対に深入りしてはならないとのことでもあった。おそらくだが、この外国人はサンズマッスルを通して光合成法案の成立に
少なくとも理事長は次に殺されるのは自分だと考えている。
サンズマッスルで
このメロンズという男は何者なんだ?
この男とその背後にいる何かは相当ヤバそうだ。おそらく宮内先生も無関係な人間ではなかったのである。宮内先生だってよく考えてみるとおかしいじゃないか。メロンズとサンズマッスルをつないだってことは、もともとメロンズと知り合いだったってことだよな? サンズマッスルとだってどんな関係があったっていうんだよ? よく考えてみろ。
ひょっとすると、長官はすでに知りすぎていて、身の危険にさらされているのかもしれない。それで
こんな人をおとしいれて目を細める人間など
この副長官と秘書を見てみろ。こんな者どもを誰が信用できよう?
「なるほど……、しかし、にわかには信じられません。あの長官に……、本当なのですか?」
「あなたが混乱してしまうのも無理もありません。私どもも長官のことは残念でならないのです。何もこの場で結論を出さなくとも結構でございます。本日のところはここまでとして、ゆっくりとお考えいただくのはいかがでしょうか? ただ、あなたが思っているほど時間はないかもしれません。急がれた方があなたの身のためだということも、親切心から申し
「承知いたしました……」
この場は副長官を敵にまわすことは得策ではないと判断し、
これがつい先日のことだった。本当は今日、長官に報告したかったのだが。
さて、駅に向かって歩いていた若流は、駅前にある並木沿いのオープンカフェに入っていった。そこである女と待ち合わせをしていたのである。
待ち合わせをしている女というのは、
この女は海外の名門大学を卒業した後、外務省に入省したという経歴の持ち主で、
なぜ若流が明智大臣の秘書に近づいたのかというと、この案件が光合成法案に
そういった次第で
若流は再三説明している通り大変な色男である。背も高くスタイルもよいので女性から
若流の女の
ルックスに自信のない、いや、むしろコンプレックスを
若流はこれにたまらぬほど興奮する!
美しくなくとも社会人としての立ち
極めて高キャリアである
しかし、待ち合わせ時間をとうに過ぎているというのに、待てど暮らせど
仕方なく家路についた若流は、
エレベーターに乗り、
玄関ドアの
「やあ、
男はグラスを片手に
「君、なかなか酒の
「
「ふん」
男は鼻で笑って立ち上がると、マントの中からピストルを出して若流に向けた。
「まったく。余計なことに首を
男がそういい終わらぬうちに、若流は
「ぐほ!」
「テメェ! 何者だ! なんでここにいる!」
「ゲホ! ゴホゴホン! 待て! 何でも話す! だから待ってくれ!」
「どうやって入ってきたんだ!」
若流がマントの
「痛えなこの
男が何かいったが、若流には次第に聞き取れなくなっていく。
「何だ? 何がどうしちまったんだ? 真っ暗で何も見えねえ!」
若流が所構わず手探りをすると、何かに手が当たって
ミキちゃんとは、若流が高校時代に付き合っていた女の子である。
「ミキちゃん……。な、なんで?」
ミキちゃんは当時と何もかわらぬ若い姿のままで、浴衣を着ており、結い上げた
背後にも誰かの気配がして、
さらに視界の
それだけではない。すぐ
「みんな? いったい何? どうしちまったんだよ? なんでこんなところにいるんだ?」
若流がそう問いかけると、彼女たちは一人、また一人と後ろを
「どうしたんだ? みんなどこへ行くの?」
若流が後を追おうとすると、どういうわけか思ったように足が動かない。そんな若流をよそに女たちはどんどん
夜空で重油のように黒くなった川の流れは、今も昔もかわらぬように流れている。
そんなふうに不思議に思いつつも、
川のあちら側は生者の世界なのだ。対岸の黒いヨシ原の向側、色とりどりに照らされた世界にはたくさんの男女がいて、喜びや悲しみ、出会いや別れが星の数ほど
それに対してこちら側は真っ
それはたとえようもないほどの
「いいな、みんな。楽しそうで……」
若流は対岸へ行きたかった。
「ねえ、みんな。
次第に祭りの明かりが消えていき、辺りは完全な真っ暗闇になってしまった。
「ねえ、みんな! ねえったら! みんな! みんな! みんな!」
体中に
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