第9話 提案
「にわかには信じ難い話じゃが……だがその特殊な空間というのが事実でも無ければ、坊主の急成長は説明がつかんか。しかし、色々便利な道具とは流石にな……」
トム爺さんは、俺の成長から特殊空間は信憑性があると判断してくれた様だが、ブラッドによるアイテム交換については懐疑的だった。
まあ血が色々便利なアイテムに変わるなんて言われて、それを何の証拠も無しに信じられる訳もないからしょうがない。
「アイテムの方も証拠を見せられるよ」
「——っ!?」
俺は毎日溜めているブラッドを使い、解呪ポーションを交換する。
突如手の中に青い液体の入った蓋つきのビーカーが現れ、それを目にしたトム爺さんが目を見開いた。
「これは解呪ポーションです。飲めば、この奴隷の隷属印を消せるんですが……今飲むのはちょっと」
解呪しても別に術者に気付かれる訳ではない。
だが、飲めば左胸の印が消えてしまう。
そしてその状態で万一他人に左胸を見られてしまえば、一発で解呪がバレてしまう。
脱出までまだ二か月以上ある事を考えると、今これを口にするのは余りにもリスキーだ。
「因みに、自由に出し入れも可能です」
「消えた……」
ブラッドで交換した物品類は、専用のインベントリに収納する事が出来た。
他の物も入れられたら便利なのだろうが、残念ながら出し入れ出来るのは交換品に限られている。
「手品の類ではない、か。効果は見ておらぬが、どうやら信じても良さそうじゃな。分かった……これで安心して残りの余勢を送れる。夜眠い中、時間を取らせて悪かったな」
納得してくれた様だ。
「気にしないでください。特殊空間に入れば眠気も全部回復するんで」
どちらにせよ、夜中に起きて訓練空間に入る予定だったので、トム爺さんに起こされても特に問題はない。
これが仕事で疲れ切っている他の奴隷だったらお冠だったろうが。
「そうか。では、ワシももうひと眠りすると――」
『セイギさん。提案があります。お爺さんを引きとめて貰ってもいいですか?』
トム爺さんが立ち上がろうとすると、キュアが俺にそう言って来た。
提案とは何だろうか?
そう思いつつ、爺さんを呼び止める。
「あ、トム爺さんちょっと待って。まだちょっと……」
「ん?なんじゃ?」
俺に呼び止められ、トム爺さんが再び胡坐を組んでその場に座る。
「ああいや、ちょっと待ってもらっていい?」
「構わんが?一体どうしたんじゃ?」
呼び止めたはいいが、まずはキュアからどういった提案か聞き出さないと用件を話しようがないのでちょっと待って貰う。
『それで?提案ってのは?』
『提案というのは、この方に協力して貰おうって話です』
『協力?』
言っている意味が分からず、俺は首を捻った。
トム爺さんの協力を引き出す方法だけなら、俺も気づいてはいる。
あれを渡せば、きっと爺さんは色々と俺に便宜を図ってくれる事だろう。
だが、問題は何を協力してもらうのかという話だ。
少なくとも、何を対価に得ようと言うのかが分からない。
此方のリスクを考えると、余程の物でないと……
『セイギさんも気づいてはいると思いますが、ブラッドでの交換品にトム爺さんの寿命を延ばす物があります』
『ああ』
アイテムの名は、そのままズバリ延命ポーション。
飲むと寿命が丸々三年延びるという物だ。
病気や毒なんかで虫の息だったとしても、これを飲めばそこから3年は延命する事が可能となっている。
まあ異常な状態を快癒させる訳ではなく三年後に延長するだけなので、期間が過ぎると再発してころりと言ってしまう事になるが。
そんなアイテムがあるなら、それを飲めば永遠に生き続けられるのでは?
そう思うかもしれないが、残念ながらそうはならない。
このポーションは一度飲むと次から効果が落ちる仕様だからだ。
二度目は二年の延長。
そして三度目は一年になり、四度目以降は効果が完全に失われる。
そのため、延長できるのは最大で六年となっていた。
『爺さんにそれを用意してってのは俺にも分かる。けど……』
交換レートは30ブラッド。
つまり、それを得るためにはひと月かかる訳だ。
俺自身、時間的制約が全くなければ交換条件所か、トム爺さんに無償で提供してやりたいとすら思っている。
家族の為に死ねないというその境遇に、思う所がない訳がないのだから。
だが――俺には母と妹がいる。
二人が今どこでどうやっているのか、今の俺には全く分からない状態だ。
平穏に暮らしているのなら気にする必要はないが、無理やり連れ去られた奴隷身分の二人が安穏に暮らせている筈もない。
下手をしたら、俺以上の苦しみを受けている可能性だってある。
更に言うなら……二人がいつまでも生きていられる保証もないのだ(既に死んでいるとは思いたくないので、それは考えない)。
この鉱山で追加のひと月を過ごせば、それはそれだけ母さんと妹を救うのが遅れると言う事になる。
トム爺さんに同情しているとはいえ、家族を天秤にかけたリスクを進んで冒す気など俺には更々なかった。
『ご家族を早く取り戻したい。そう思ってらっしゃるんですね。その気持ちは分かります』
キュアが語るまでも無く俺の心情を読む。
『ですが現在の状況ですと、足りない物が多すぎてご家族を見つけ出して救い、さらに安全な生活圏の構築はかなり難しいと言わざる得ません。ご家族を発見したとして、透明化、偽の死体、奴隷印の解除をアイテムを用意して実行したとして……無事に連れ出せるとお思いですか?』
『……』
キュアの言葉に俺は返答を返せず黙り込む。
彼女は、この鉱山の警備はザルと言っていた。
それは奴隷印の絶対性があるからだ。
――その慢心があるからこそ、死体を用意し、奴隷印を消して透明化する程度で脱出が出来る。
だが他がそうとは限らない。
金持ちや貴族の屋敷で下働きさせられていた場合、侵入の難易度は一気に跳ね上がる事になる。
彼らは絶対に防犯対策をしているからだ。
ましてや、隠遁術すら身に着けていない二人を連れて脱出するとなると……
『まあ勿論時間を長くかければ救出は可能になるとは思いますが、同じ時間をかけるのならば、効率的に動いた方がいいはず。そのためにトム爺さんの協力を仰ぐ事を私は提案します』
『急がば回れって言いたいのは分かる。けど、トム爺さんに何を手伝って貰うんだ?』
一緒に脱走するのなら、トム爺さんはさぞや頼もしいボディーガードになってくれる事だろう。
家族救出の際にも、その強さはきっと役に立って来るはずだ。
だが爺さんはここから出られない。
そしてそれはアイテムで寿命を延ばしても同じ事である。
外について来れないトム爺さんに、いったい何を期待すると言うのか?
『簡単な事です。お爺さんにセイギさんを鍛えて貰います』
鍛える?
爺さんが俺を?
この鉱山内で?
キュアの言っている言葉の意味が分からず、俺は首を傾げた。
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