第2話 常識の範囲

目の前に浮かぶ、手の平に乗りそうなサイズの羽の生えた女の子。

見た目は完全に御伽噺などに出て来る妖精である。

彼女は自分の事をQ&A――キュアと名乗った。


「……えーっと、君が今交換したQ&Aってアイテムで間違いない?」


「キュアとお呼び下さい!もしくはキューちゃんで!!」


妖精の少女は、目をキラキラさせながらそう言って来る。

そのテンションの無駄な高さに、俺は思わず圧倒されてしまう。


「……わ、わかった。キュア」


キューちゃん呼びは某たらこ唇のお化けと被るので、キュアと呼ぶ事にする。


「それで?君は一体何が出来るんだ?神様からのお勧めだったみたいだけど」


「よくぞ聞いてくださいました。私はなんと……」


キュアが体を丸めて、まるで力を溜めるかの様なポーズをとる。

そして縮めた全身を勢いよく広げながら叫んだ。


「質疑応答が出来ます!」


と。


「名前そのまんまな訳か……」


「イエース!なんでも聞いてください!世界の常識と、セイギさんの知識の範囲でお答えします!」


キュアがドヤ顔ピースサインする。

本当にテンションの高い子だ。


「ん?常識と……俺の知識の範囲?」


「ザッツライト!常識外の、正義さんの知りえない情報なんかからの回答は……んんんんんんん!出来ません!!」


キュアは力強くそう言い切る。

出来ない事を自信満々に答える、そのメンタルが謎だ。


「……ごめん。それって質疑応答の意味薄いよな?」


知らない事を聞くからQ&Aに意味はある。

自分の知ってる答えだけ貰えても、意味があるとは思えない。


もちろん奴隷生まれの俺は常識が欠如しているので、その辺りの情報は有難いが……


初回限定の超お得品の能力と考えると、少々微妙感が否めない。


「ちっちっち。分かってませんねぇ」


キュアが右手の指を立て、斜に構えつつ、自分の顔の前でそれを横に振る。


「私の扱う常識はなんと……そう!なんと!世界全体の物なのです!『何々さんの旦那が浮気してる』的な小さな主婦の集まりの常識から、貴族や王族の常識まで何でもござれ!超!ワールドワイド!!」


「それは……まあ凄いな」


世界のありとあらゆる常識を全て網羅しているのなら、それは凄い情報量だろうと思う。


でもやっぱり、心からスゲーとはならない。

何故なら、鉱山奴隷の今の俺にはたいして意味がないからだ。

主婦とか、王族の常識なんかは。


「……およ、反応が今一ですね」


「まあ今の状況では、あんまり役に立ちそうにないからな」


「そうとは限りませんよ?」


「どういう事だ?」


「セイギさんの目標は、奴隷の身分から抜け出す事ですよね?そしてゆくゆくはお母さんと妹さんを見つけて、三人で一緒に暮らす。違いますか?」


「どうしてそれを!?」


記憶が戻った俺は、12歳の俺とはもう別人と言っていいだろう。

だが、だからと言ってこの世界で生きて来た12年が消える訳ではない。

連れ去られた家族への強い思いが、ハッキリとこの胸には残っている。


二人に会いたい。

そして奴隷ではなく普通に生活できる身分を手に入れ、連れ去られた母と妹と再び一緒に暮らしたい。

今の俺にとって、それが最も大きな目的と言っていいだろう。


それをキュアにズバリ言い当てられた事で、俺はドキリとする。

彼女はひょっとして、俺の心でも読めるのだろうか?


「セイギさんの情報はこの頭にバッチリ入ってますんで、そこからの簡単な推測ですよ。まあ誰だって奴隷なんか嫌ですし、連れ去られた家族を取り戻したいと思うのは当然ですからね」


「そうか……まあそうだよな。今の俺の状況、凄く分かりやすいもんな」


どうやら心が読めるわけではない様だ。

ちょっと安心する。

妖精とは言え、誰かに心を覗き込まれるのは気持ちのいい物ではないからな。


「で……私なら、貴方の目的の手助けを十分果たせると思うんですよ」


「常識や、今の俺の知識で?」


「いいですか?今のセイギさんに最も必要なのは……ずばり力です。この世界は平和な日本と違って、権力や暴力が幅を利かせる世界ですから。血の代償で便利なアイテムが手に入れられるとは言え、それもある程度限界があります。何せ、結構な量の血を必要としますからね。だから、自分自身で何とかできる力は絶対に必要です」


「それは……まあそうだな」


――この世界で平和に生きていくには力が必要不可欠。


この世界には奴隷制度がある。

その時点で、平和と程遠い事は俺にも分かる事だ。


だから俺も、神様から貰ったチートに力を期待してる訳だし。


「そして私なら……どのようにすれば効率よく強くなれるかをお答えする事が可能なのです!」


「そうなのか?でも俺、強くなる方法なんて知らないぞ?」


俺がパッと思いつくのは、筋トレやランニング位の物である。

助言の内容がそれなら、全く意味はない。


「さっき言ったじゃないですか!私の常識の範囲は広いって!」


キュアが俺の目の前で、得意げな顔して空中で一回転する。

その行動に何か意味でもあるのだろうか?


「騎士や傭兵なんかの間で普遍的に広がってる訓練方法や、魔導士の魔法習得方法。そういった一部の集団コミュニティが常識として抱えている知識も、私は常識として引き出せるんです!そう!主婦の噂話張りに!!」


「成程。専門職の人間が当たり前の様にやってる知識は、その界隈の人間にとって常識になるって事か……」


「その通りです!まあ奥義とか、秘伝魔法みたいなのは流石に教えて上げれませんけど。ですが一般的なスキルや魔法系の習得方法は、私にかかればイチコロです!」


キュアが腕を曲げ、力こぶを作るポーズをする。

まあまったく筋肉が付いてないので、1ミリも膨らんではいないが。


……にしてもこの子、逐一オーバーアクションだな。


まあ別にいいけど。

少々ウザいだけ害はないし。


「しかもここは訓練に特化したチート空間!!もはやセイギさんは強くなったも同然ですよ!!!」


そう力強くキュアは宣言し、ピースサインを作った手を俺に向かって突き付けた。

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