■26『プレゼント』

「師匠が死んだ……?」


 手に持っていた仮面ガスマスクを落とし、驚愕を隠そうともしない。そして直ぐ様、女は懐疑的な表情を浮かべる。


「それは嘘。あの人がられる訳がナイ」

「相手が坂口ボスでも?」


「……………」

 可能性は十分有り得る。戦闘向きではない能力を持った師匠が何故、あの組織に飼われていたのか?


それは、放置するよりも手元に置いておく方が安全だから。そしてそれが失敗したと分かったのなら、早めに手を打つべきだ。


「なぜワタシに?」

「話が通じそうだったからです」


 凛風アイツは話自体は聞いてくれるが通用しない。本来であれば欄玲も同様だが、文が死んだとなれば別。依存していた相手を横取りされた女なら、使える。


「それでここに引き寄せたアルか?」

「言わずもがな」


欄玲は少しだけ、ほんの少しだけ思考を巡らせた。

それは話の真偽ではなく文との思い出・その記憶。



「ガスマスク?」

是的しぇー、任務達成の記念品ヨ」


 初めての任務は国の重鎮、その屋敷に侵入しての現物資産の強盗。雨具レインコートに身を包み、フードで頭を隠す。

 侵入から数分で任務成功。そして戦利品を組織へ持ち帰る少し前、を文から渡された。


 黒漆くろうるしに塗られた防毒マスク。

 探せばどこにでもあるような構造デザイン

 女性に渡す贈り物としては無骨。


「師匠のセンスは最悪アル」

「あいやー、手厳しいネ」

「毒使いがガスマスクは皮肉シュール過ぎるヨ」


 憎まれ口を叩きながら、その仮面をかぶって表情を隠す。フードで隠された耳は赤く、仮面で隠された口角は大きく緩む。


「バーカ」

「弟子とは思えない罵倒に感謝」

「いいから帰りマスよ」


夜に光が閉ざされて、雨に音がかき消される。

高速で移動する二人の間に会話は無い。

先頭を走る欄玲は仮面で塞がった視界に目を細め、もった声で小さく呟く。


「……ウォ喜欢シーホァン



 地面に落ちた仮面を踏むように片足を置き、少年と話を続ける殺し屋。


「ワタシの役目は?」

「囮役です」


 坂口ボスは間違いなく最強。唯一文だけが対抗出来る潜在能力ポテンシャルを持っていた。鍛錬を積み欄玲も大幅に成長したが、それでも勝てないだろう。


「僕の能力で姿を変えます」

「死ぬのが任務ってことアルか?」

「……そうです」


 自己犠牲に一切の躊躇が無いべネップには、他人の命を天秤に掛ける経験があまりに少ない。

 相手は犯罪者であったしても、死刑に等しい宣告は少年の心に苦痛を孕む。


「望む所」

しかしそれは杞憂。女の胸中は喜びの感情のみが支配していたからだ。


 弔い合戦は望む所。何より死ねばまた会える。

 死が二人をわかつとも、地獄でまた会える。


「新しい記念品プレゼントを貰いに逝くヨ、師匠」


 秘めた思いはあの世で告げる。誓いと共に仮面マスクはひび割れ──砕けていた。

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