第005章

「私はバレリーナになりたいの」


 天蓋てんがいのついたクイーンサイズのベッドの上で、クッションに上半身を預けながら話をする少女。


 本来であればバレエの本場であり、母親の故郷であるロシアへ留学する予定だったが、自身の病気と諸外国の情勢問題から計画は頓挫。


 元々ロシア留学に反対意見であった父はコレを良しとし、病気の治療のためと私をこの隔離部屋に閉じ込めた。


「病気もそうだけど……、私は早くお父様から離れたいの」

「なるほど。……えーと、名前は?」

「あっ、ごめん! 私は"シャーレ"」

 シャーレ・キープホワイト。と名乗る少女。

 背丈にして150中盤、年齢は10代前半ぐらいか。


 べネップは色々と聞きたいことがあったものの、その質問を投げかける間もなく少女の口が開く。

「それで話を戻すけど、貴方に『助けてほしい』って言ったのには2つあってね……」


「アナタ結構自由ですね」

 シャーレはべネップの皮肉を気にも留めず、話を続ける。

「私の病気を治すこと。それともう一つ……お父様から私を救ってほしいの」


「…………」


 べネップは黙って考える。


 自分に対しておこなったあの男の仕打ち。そして少女の言動。あらかたの予想は出来る。


 愛情故か、はたまた別の理由があってかは分からないが、シャーレ本人が『そうしたい』と言うのであればべネップの答えは決まっていた。


「分かった、僕と一緒に『外』に行きましょう。これは『誓いの儀式』です」

「!、……よろしくねべネップ!!」

 二人は厚い握手を交わし、約束した。


 そしてシャーレは事の詳細を伝え始める。

 

「まず私の病気、これは恐らく誰かの『能力』だと思うわ」

「『能力』?」

「そう、私達と同じね」

 シャーレはこの世界に存在する"力"について説明をしだした。


 "この世界"。べネップやシャーレの今生きているこの世界では、様々な能力を持った者がいる。


 シャーレの父はシャーレの"病気"。もとい感染した"ウイルス"を対処出来る者を探したが、現代医療のどれもが意味を成さなかった。


 シャーレの感染したウイルスには『誰かを食べたい』・『食べられたい』という欲求を感染者に持たせる特性があり、感染者を媒介としてその"ウイルス"を更に別の者へと伝染させる。


 シャーレの世話係を含めた近くにいた者達はその病原体に犯され、共食いを喜びながら行って死んだ。その事件以降、感染症の増加や組織の瓦解を防ぐため、シャーレはこの部屋に隔離された。


「まあ、この病気にかかる前から今と変わらない生活だったけど……」

 少し悲しそうな、どこか悲しそうな顔と共に説明は続いた。


「それでお父様はべネップみたいな能力者を探すことにしたって訳」

「なるほど、続けてください」


 べネップが来る前から、数名の能力者がシャーレのウイルスに挑んだが無駄に終わった。

 それどころか対処のため近寄った能力者達も"ウイルス"に侵され、カニバリズムを至上とする異常者に変貌したため射殺処分された。


 能力者に何人か会って気がついた事として、能力者の持つ『能力』は、それぞれの願望に沿った力が発現している。 


 何者かに成りたい者は『変身』する力。

 死を恐れる者には『不死』。

 そして誰かを助けたい、救いたいと思った貴方に『なおす』力が発現した。とシャーレはべネップの目を見つめながら話す。


「それが本当だとして、シャーレはなんで『ウイルス』に犯されてないんです?」

「言ったでしょ? この力は『と同じ』って」


「シャーレも……『能力者』?」

 シャーレは頷きながらベッドの横に置いてある机に備え付けられた、冷めたコーヒーカップを自分の頭に掛ける。

 

「えッ!? 何してッ、意味が───」

 意味が分からない。と言おうとしたべネップの口は途中で止まった。


「これが私の──"能力"」


 シャーレとシャーレの服、その周りのベッドシートにかかったハズの『黒い液体』は何故か『透明な水』のように透き通って見えた。


「私の夢はバレリーナになること」


 バレリーナは常に正しい動き、常に美しい所作で、自然と共に優雅に生きる白鳥のような存在として生きるべき。

 そう心から思ったシャーレには『潔白な存在』であり続けるという『力』が発現した。


「コレは『心の状態』であると同時に私の肉体や、その周りの物に対しても効果があるの」

 そのためシャーレにかかったコーヒーはその力によって『潔白』な色に変化した。らしい。


「それならシャーレ、君の力で"ウイルス"は消せないのですか?」

「それは無理。私の力はそこまで便利じゃない。それに、この『ウイルス』は相当強い力」


 現状シャーレは自我を保っているが、ウイルスの侵食が進行すればどうなるか分からない。


「だから……治してくれる?」

 気丈に振る舞っていても、不安そうな表情が隠しきれていない。能力があろうとまだ若い少女の体は、病魔によって弱っている。


 そんな自分よりも少し年上のシャーレを見て、フッと笑いながらべネップは大丈夫、と諭す。


「心配せずとも、もう『治し』ました」

 

 ハッとした表情で驚くシャーレは胸に手を当て、そしてベッドから飛び出しべネップに抱きついた。


「ちょっ、ちょっと! シャーレ!? 何!?」

「本当だ……。食欲が湧かない」

「ヘッ?」


「すごい、すごいわべネップ! 本当に治ってる!!」

 ヤッター!とべネップに抱きついたまま笑顔でピョンピョン跳ねるシャーレ。

 グワングワンと体を思いっきり揺らされたべネップの顔色は次第に青くなっていく。


「あ、ごめんごめん! つい嬉しくって……本当に治せるとは思ってなかったから」

 べネップの苦しそうな表情に気がついたシャーレは、謝りながら絡めた腕を解いて距離を取る。


「うッ、それは良かった……。手応えはあったんですが、教えるまでノーリアクションだったので効いてないのかと思ってましたよ」 

「ノーリアクション!? あれは演技よ演技。本当は気がついてましたー、ニヒヒ」 


「『潔白』はどこいったんです?」

 

「嘘じゃないでーす」

 二人っきりの部屋の中、驚きと喜びを隠せないシャーレは、バレエの基本であるアラベスクからレヴェランスまでの踊りを舞う。

 

 それはとても丁寧で美しい踊り。

 べネップはその舞いに見惚れ、一瞬気が緩んだ。 

 

 そしてその気の緩みが隙を生む。


「おー、すごいすごい。シャーレちゃんの踊りもべネップくんの『能力』も大したもんだね!」

 

「「────!?」」

 二人いないハズの部屋に、知らない女の声が響き渡る。


 その状況を瞬時に察したシャーレは、ピタッと踊りを止めべネップの後ろに隠れる。

 べネップはシャーレを庇うように覆い立ち、目の前に現れた女に対し警戒を強めながら、オズオズと質問した。


「お姉さん……アナタはいったい誰?」

「ん? ボクかい?」


 べネップの質問に対して女はうーんと自身の顎を少し触り考え、そして思いついたように答えた。そうだね、さしずめボクは────


「キミにとっての『管理人めがみさま』……かな♪」

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