第5章

 イギリス系アフリカ人。

 よわい9歳の彼は黒色人種の少年。


 物心がついた頃から母はおらず、共に暮らしていた父は周辺地域を牛耳ぎゅうじっているマフィア傘下の犯罪組織に拉致され、殺された。


 同様に捕まっていたべネップは少年兵として売り飛ばされ、銃の扱いを数日教えられた後に利用。

 同年代の仲間達は過酷な労働環境から自死する者、地雷や凶弾によって命を落とす者など様々。


 このままでは自分も五体不満足の廃人となるか、額に穴が開いて死ぬと判断した少年兵は、その機を図って逃亡。 


 身よりもない孤児となった彼は結果として、父の古くからの友人である"アベナ"という老婆に引き取られ、育てられる事となった。


 貧しい環境とは真逆に育まれた精神。

 鋼の"意志"と無垢なる"慈愛"を持った少年。


 "べネップ・バロン・ウィリアムズ"


 夢の世界を旅する少年の冒険譚。

 そしてこのお話は、彼が旅立つ前の出来事。

 その物語の一部始終─────。



「べネ坊や、またお客さんが来とるよ」


 白髪しらがとシワシワの肌、木で作られた片手杖で自身の体重を支えてコチラに歩いてくる老婆。


 その老婆の後ろには、顔や首から下の皮膚がグズグズのデキ物だらけの女や、左足の下半分が無くなって移動するのもフラフラな男がいた。


「ありがとう婆ちゃん、後ろの人達もどうぞ座って」

 

 ボロボロの家の玄関で老婆が連れて来た二人に対応する少年。


「君がべネップ君……?」

「本当にこんな小さい子が神の御業みわざを?」


 少年に通されて玄関に設置された座椅子に腰掛けた二人は、再度目的であった少年を確認して驚きや疑心を隠せずに言葉を放つ。


「そんな大したものではないですが……うーん、少しでも僕の力が役に立つのなら是非」


 突然訪れた大人達に対して特に動じることなく、いつものようにニコッと笑顔で接する少年。


 そんな少年の様子を見て二人は改めて、お願いを伝える。


「この足を戻して欲しい」

「この病気を治して欲しい」


 そして続けて、金は出せるだけ出す、出来ることならなんでもする。だから自分達を助けて欲しい。もうココしか頼れる場所はない、と悲痛な表情とか細い声で訴えかける。


 そんな二人の願いを聞いて、少年は再度笑顔で答える。

「大丈夫ですよ。もう、治しましたから」


 男には健康な足が、女には綺麗な皮膚が、文字通り『元』へと戻る。


「……!」

「────ッ!!」


 現実的ではない超常的現象に一瞬驚きながらも、男はすぐに家から飛び出し飛び跳ね走り出す。

 女は老婆に渡された鏡を見て、涙を流して俯き黙る。

「えーっと代金は700ランド……、来月まではお待ちしますので必ずお願いします」

 700ランド≒5000円前後


「もちろん! 来月と言わずとも今払うさ!」

「本当にありがとう……でもごめんなさい。手持ちが少ないから先に半分、残りも必ず払わせて貰うからちょっと待っててね」


 男は少年に全額払い、「ひゃっほー」と叫びながら颯爽と遠くに走っていく。女性の方は少し申し訳なさそうに、感謝を伝えながらゆっくりと玄関から離れていく。


「お兄さーん走りすぎて転ばないようにねー! ころんでも僕は傷見ないからね!! お姉さんも生活があるだろうから無理せず相談してねー!!」


と家から離れていく二人に手を降って見送る少年。


 そして二人が去って、少しの間を置いて少年はグデーと大の字になって体を休める。


「ふー……、これで今日は6人かぁ。最近増えたな」

 少年は古びた木と藁で出来た天井を眺めながら、ボーと考える。


 撤去されずに残った地雷源を踏み抜いてしまい、良くて欠損、悪くて命を落とす人。

 汚い水や不衛生な環境によって免疫力が下がり、ろくな医療施設が無いがために、病に侵される人。

 治安や法的な問題、経済的貧困。それらによって増える犯罪・集団による犯行。


「……まあ僕がそんなことを考えても仕方ない、出来ることをしよう」


 幼いながらも物事に悩み、現状を受け入れ、出来ることをする。したいと思ったことをする、ただそれだけ。それだけが少年の心に存在する"意思"。


「アベナ婆ちゃん、僕畑の様子を見てくるね」

「はいよ。ついでに他の人達の水も、面倒見てあげな」

「ん、分かった。じゃあ行ってくるねー!」


 べネップは家から離れ、田畑の様子を見に歩く。

 数十分ほど歩いた先にある畑。

 元々ココでは碌な食べ物は育たない無用の地面として放置されていた。


 しかし荒れ果てた土壌も、べネップが触れたなら豊かな大地へと変貌する。


 今では野菜や果物・穀物など様々な農作物が取れ、周辺住民の仕事先として機能するにまで至っており、べネップはその権利の半分を保有している。


 土着宗教が根ざすこの地域では、信仰対象もまた様々。べネップの暮らす村では村全体の管理や宗教の仕切りを一任された村長がおり、その村長が権利や宗教事で揉めた時にそれを収める。


 べネップが持つ田畑も同じ。


 元々は誰のものでもない村の共有管理場所ではあったものの、少年がただの土クズ同然であった地面を豊かにしたのもまた、事実。


 べネップが持つ不思議な力は"神"から与えられし御業。つまり、べネップが行う"善行"もまた、神の思し召し。


 そう考えた村長はべネップに対して然るべき報酬を払うことは、"神"に対する供物や返礼にあたると判断。


 しかし実際の所、それは建前としての理由。


 本当の理由はべネップに対して報酬を払わないことによって、流通している仕事や物の価値が下がるから。


 べネップが生み出す農作物や土壌をタダで貰えるようになれば他の農作物は相対的に売れなくなる。


 べネップになんでも傷や病気を無償で治させたら医療に関わる物品の価値が下がり、その上危険な行動をする者が増える。


 とべネップの育て親である老婆・アベナに村長は諭され、それに納得。

 

 結果────。


「おーいべネップ、コッチの畑はどうするよ?」


「お、べネップ、いい所に来たな。そろそろアベナばあに教わった輪作りんさくをするから土壌見てくれ」

 

 べネップは朝起きて日が沈むまでずっと働く。


「なぁべネップ、後でうちの母ちゃん見てくれねぇか? やっぱり飲み水が良くねぇのかも……」

「分かった、後で行くよ」


 場合によっては日が沈んだ後も働く。


「おーっありがとな! お前のおかげで母ちゃん元気になったわ。これ少ないかもだけど色付けとくから、ホントありがと!」


「ん、またなんかあったら言ってね。じゃあ」


 農作物の管理。怪我人病人の治療。水の浄水。

 酷いときには壊れた家の修理まで。


 クタクタの体をどうにか家まで、夜道をトボトボ歩いて帰る帰り道。べネップは考えた。


 僕はみんなのために、あと何が出来るのだろう?


 『みんな』、それは『村の人達』

 『みんな』、それは『生きる全ての人々』


 みんなが笑顔で楽しく暮らせたらいいのに。


 と、そんなことを考えながら歩いていたべネップの後ろで、ココでは珍しく一台の車が走っていた。


 その車には大きな体に顔が布や覆面で隠されている男が3人。舗装されていない道にも関わらず、かなりの速さで走る車。


「ん? なんだろう……後ろから音が……」


 その走行音に気がついたべネップは、バッと振り向くも、後ろから照らされた眩い光に目が眩む。


 車はそんな小さな少年に当たる手前で急停止。


 まるで訓練でもされているような手際の良さで、運転手以外の二人の男はべネップを捕まえる。


「え!? なんですか!!? 離してくだ──」


 自身が何かヤバいことに巻き込まれていることに気がついたべネップは、藻搔もがきながら大声を出そうとするも、その意識は突然フッと消え失せる。


「よし、ガキは捕まえた。さっさと車を出せ」 

 

 鉄は少年を乗せて村から彼方へと進む。

 その姿は暗闇に覆われ何処かへ消えていく。


 少年べネップ・バロン・ウィリアムズは、

 ────攫われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る