結局花柄

藤花スイ

第1話

 あるところにそれはそれは美しい男がいたもんで、さぞかし女にモテるんだってことで、時たま取り巻きの男たちを連れて飲みに行って、女の取り扱いの講釈を垂れるなんてことをしていたわけでございます。


 色男は様々な立ち振る舞いを代わる代わる話してゆきますが、取り巻きの男たちは本気にしてはおりません。気障な振る舞いも、ちょっと擦れた行いも、色男がやるから女の胸に響くわけでして、その辺にいる有象無象たち、ましてや日陰者の男達が真似をしても却って野暮ったく、「身の程を弁えろ」と外からもこころの内からも声が聞こえてきてしまいます。


 ある日のことです。その日も取り巻きたちはお零れに預かるつもりで色男の後をついて歩き回り、仲の良い振る舞いをしながらも、何処かへりくだる空気を持って接しています。

 夜街に繰り出す前にここいらで一杯引っ掛けようと酒処に入って一息ついた頃、またいつものように素っ頓狂な持論を口にし始めます。


「なぁ、お前ら。俺はな、最近思うんだが、女っていうのは結局花柄なんだよ」

 さて、今日はどんな話が始まったのかと、周りの男たちは形だけでも耳を傾けます。


「俺は今まで散々、女に贈り物を送ってきたが、女は結局花柄のものを喜ぶんだ」

 ほぅほぅと、いつもは話半分の取り巻きたちも、今日は有益な話を聞けるかもしれないと、息を吐いて話に集中し始めます。


「この前なんかな、あの牡丹通りの菓子屋の娘が、頼んでもないのに毎日毎日俺に大福を渡してくるもんだから、これは脈があるなと確信して、花柄の下着を送ってやったのさ。そしたらあの女、『すぐ着けます』なんて言って、その晩の褥に誘ってきやがった。事の後に枕元で聞いてみたら『あの花柄の下着が心に響きました』なんて可愛いことを言ってくれちゃってな。俺は思ったね。やっぱり女は結局花柄なんだってさ。お前らも、贈り物に困ったら花柄のものを選んだら良い。高嶺の花だって、貞潔な娘だって、靡かない遊女だって、花柄のものを送ったらイチコロだね。もし、確実を期したいのなら相手がいま欲しいものを何食わぬ顔で聞いて、渡してやればいいのさ、花柄にしてな。女は結局花柄なんだよ」


 さてさて、周りの男たちも途中までは力を入れて話を聞いていましたが、最後には拍子抜けの心持ちでもって、結局美男だからだなぁと心の中で呟いておりました。


 取り巻きの男たちは、こんな風に彼の容姿の力とお茶目な思い込みが母性本能をくすぐると知っており、誰にも真似なんかできないことを腹の底から理解しているわけですが、呑み屋でたまたま話を聞いていた男は思い上がりも甚だしく間に受けてしまったのです。


 酔った頭の中に心地よく響いてきたのは「結局花柄」という標語でございます。色男たちが店を出て行ってからも、酒を飲んでいる間中、頭の中で繰り返し駆け回り、音がこびりついて離れません。

「結局花柄。結局花柄。結局花柄」


「ああ、きっとこれが真実なのだ」と腑に落とした男が、その後、遊女や町娘に花柄の髪飾りや下着はもちろんのこと、花柄の枕、机、靴、上着、時計とあらゆる花柄のものを送りまして、『花柄おじさん』として名を馳せ、名声を活かしてお大尽になったというお話でございます。

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