第七章 そして時は走り出す

第31話 元クラスメイトの提案

 《都立鵬翔高校とりつほうしょうこうこう》入学式──

 僕、竜宮たつみや 聖希いぶきと、ジュンキ──田野上たのかみ 純樹じゅんきは出席番号が隣で、入学式の席も隣同士だった。

 その後の教室では、前後の席となり、いろいろと会話をする機会があったのだが、その中で、互いに同じ趣味──マンガやアニメ、ゲームなどを持っていることが、早々に判明し、あっさりと意気投合したのだった。


「なー、《ステップ》の今週号もう読んだ?」

「うん、休み時間のうちに読んじゃった。なんなら、読む?」

「あー助かる。来月にイベント控えてるから、少しでも節約しときたいんだよね」

「……って、ジュンキ、あのチケット取れたの!?」

「うん、ご用意されてたよー」

「運良すぎ、僕もコウタも落とされてたわー」

「すまんな、でも、代わりに物販買ってくるよ」


 一年B組の教室、他愛たあいのない会話。

 そんな、遠い昔のように思われる光景を脳裏に浮かべつつ、僕はジュンキ──革命軍の《三十九勇士》がひとり、コジット・アミコーラを城館じょうかん内の会議室へと案内した。


「──テオ、あ、コウタのことね。彼も一緒に来たがってたんだけど、立場が立場だけに、ちょっと無理だった」

「テオ……テオ将軍か。《革命軍》の総司令官。あのコウタが出世したもんだよね」


 そう応える僕の言葉に複雑な感情が混じりあう。

 僕は、コジットに大テーブルの対面の席を指し示した。

 敵意を剥き出しにしつつコジットの椅子をひくエクウスに、苦笑する黒髪の少年。


「まぁ、歓迎されるとははなから思ってはいなかったけど」


 コジットは素直に座って、僕──いや、僕の後ろに立つ十一人の子供たちに視線を向ける。

 プリーシア、フラーシャ、フラン、マースベル、ディグリス、パークァル、レイファス、ドラックァ、サーミィ、オーヴィ、シーミャ──そして、コジットの後ろに立つエクウス。

 僕を含めた十三人の子供たち──《プテラーム城砦じょうさい》をとした今、《王国の忘れ形見の十三人》とも呼ばれはじめている。


「……最初に言っておくけど、ぼくはドランクブルム殿やきみたちに謝りにきたワケじゃない」


 その言葉に色めき立つエクウスたちを、僕は手で制した。


「みんな落ち着いて。丸腰で、しかも単身乗り込んできた相手に危害を加えると、こっちが悪役になっちゃう。僕たちは残虐無比ざんぎゃくむひな《革命軍》とは違う、そうだろ?」

「ヒドい言われようだね、ま、しかたないけど」


 肩をすくめてコジットが苦笑する。

 僕は両肘をテーブルについて、アゴの下で手を組んだ。


「それで、アミコーラ殿は、何の目的でここにきたの?」

「懐かしい友達に会うため──じゃ、ダメ?」

「ダメ」

「……ふぅ、取りつく島もないって、こういうことか」


 天を仰ぐようにため息をついてから、コジットは僕に向き直る。


「ドランクブルム殿──貴殿きでんが率いる《セネリアル州》勢力と取引したい」

「取引──?」

「この《プテラーム城砦じょうさい》以東の《セネリアル州》の統治を認める。その代わり、互いの不可侵協約ふかしんきょうやくを締結したい」

「はぁ? 何をバカな──」


 そう口を開き駆けた僕を、コジットが制する。


「もちろん、無期限というワケではないよ。期間は二年間、その後は更新するのか破棄するのか、その時に判断してくれればいい」


 「そんなバカな話」ともう一度言いかけた僕だったが、無意識のうちに考え込んでしまっていた。

 正直、この《プテラーム城砦じょうさい》を確保したはいいが、ここから先へ進軍するには地力じりきが足りない。

 ここからしばらくは、戦力や財力を整えるためにも《セネリアル州》の内政に専念したいところではあった。

 だが、上手い話には何かしら裏があるはずだ。

 僕はコジットに対して、わざと鼻で笑ってみせる。


「そんな話には乗らないよ。だって、《革命軍》は父上──冷血宰相れいけつさいしょう閣下と全面戦争中なんだ。そこへ、僕が背後を突けば、《革命軍》は一気に崩壊。勝負あった、ってことになると思うんだけど」

「まあ、そのとおりなんだけどね」


 しかし、コジットは冷静だった。


「ぼくはどっちでも構わないんだけど、もし、ドランクブルム殿がこの申し出を拒否したら、ぼくら《革命軍》は全軍をもって、この《プテラーム城砦》、そして《セネリアル州》へと攻め込んで、きみの首を挙げるまで戦火を広げるだろうね」

「なにをバカな──っ!?」

「そう、本当にバカな話。でも、それだけみんなはきみのことを怖がってるんだよ? 自分たちのやったことは棚上げにしてね」


 他人事ひとごとのように淡々と語るコジット。


「ただ、この作戦も上中下の中策ではあるんだよね。たしかに北方へ兵力を集中させたら南方の冷血宰相れいけつさいしょう軍に対して不利になるかもしれない。でも、全軍で一気に叩けば、今のドランクブルム殿たちの軍勢では冷静に見て太刀打ちできない。なので、一時は冷血宰相れいけつさいしょうに勝たせてあげたとしても、きみたちを撃破してから、あらためて取り返せばいいんだから」


 まあ、その分、王国の大地は戦火に覆い尽くされるだろうけどね、と、コジットはため息をついた。

 僕は頭を振る。


「来るなら来い返り討ちにしてやる……って、言いたいところだけど、そんなの半分脅迫だろ──」


 コジットの言いなりになるのは不愉快だ。

 だが、拒否できる内容でもない。

 僕は感情を抑え込もうと、大きく息を吐き出した。


「……わかった。期限は二年間で良いんだな」

「うん、それともう一点、条件があるんだ。正直言いづらいんだけど──」


 そう前置きしたコジットは、言い淀むように視線を僕から逸らす。


「条約を結ぶにあたって、人質──《王国の忘れ形見》の中から一人王都に預けて欲しい」

「はぁっ!?」


 僕は思わず身を乗り出してしまった。


「バッカじゃないの? マジで言ってんの!? そんな条件飲めるわけないだろ、常識で考えて!」

「いや、ぼくもそう思うんだけど、というか、イブキ──じゃない、ドランクブルム殿も想像通りのリアクションで、少し安心したかも」


 それでも、コジットは他の《三十九勇士》たちを納得させるために必要なんだと説得してくる。

 しかし、僕は絶対に譲るつもりはなかった。僕を含めた十三人の子供たちは、革命軍に対抗する存在──いわば、象徴なのだから。

 だから、コジットの後ろに立っていた少年の発言に、僕は愕然としてしまう。


「──ノクト様、僕が行きます」

「え? エクウス? なにを……」


 困惑したように顔を上げる僕に、金髪の少年──エクウスは静かに笑ってみせた。


「僕が人質になります。今、時間が必要だと言うことはぼくにもわかります。この貴重な時間を有効に使ってください。そして、僕が帰る場所を守ってください」

「エクウス……」

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