第75話 暴走

「はぁ……はぁ……」


『ご主人様もっと♡』


「もう流石にもたない」


『嫌だ。もっと欲しいの♡』


「これで最後だぞ」


『ああああああああん♡』


 シズカの声が玄関で響いている。正確に言えば艶やかな声が香里奈のスマホから流れている。


 決してエッチな動画を流しているわけではない。生の声なのだ。思春期の男子達には興奮するであろう。


「ねぇ、お兄ちゃん達さっきから何やってるの?」


 その後も僕達はシズカと合成を繰り返していた。違う意味で僕も興奮している。


 何度やっても合成は失敗ばかりで、お金もあと少しで無くなってしまう。


 それでもシズカは合成を可愛く強請ってくるのだ。それだけ強くなりたいのだろう。


 普通に聞いていたら"グギャ"としか聞こえないが、香里奈のスマホは有能なのは確かだ。


「たぶんそれって素材同士を合成させてから、合成すると効率良くなるんじゃない?」


「へっ?」

「グギャ?」


 僕達は香里奈の言っている意味がわからなかった。いや、言っている内容はわかる。ただ今頃それを言うのかと思ってしまう。


「ゲームとかも合成効率上げるために、合成素材を一度合成させた方が良いって聞くし……」


「はぁー」

「グギャー」


 僕とシズカはその場で崩れるように座り込む。そんな方法があるとは僕も知らなかった。試していないため、成功する可能性が異なるかもしれない。


 僕は左右の手にゴブリンの耳を持ち、合成を発動させた。直接シズカに合成するわけでもないため、1回5000円と少し値引き価額だった。


 5000円だと安く感じてしまうのも、このスキルの恐ろしさだ。


「やっぱりゴブリンの耳+1って表記されているよ」


 香里奈はスマホで鑑定すると、名前の表記に新しく+1が追加されているらしい。きっと素材同士を重ねて合成していくと数値が大きくなっていく仕組みだろう。


「今度こそ成功するぞ」


『はい! ご主人様!』


 僕は新しく手に入れたゴブリンの耳を右手に持ち、シズカに触れる。見つめ合う僕達は小さく頷く。シズカに合成を発動させた。


『あああああん♡』


 いい加減その声はどうにかならないのかと思うが、声が勝手に出てしまうのは仕方ない。今まではお互いに光っていただけだが、ゴブリンの耳が光の粒子になるとシズカに吸収されていく。


【合成に成功しました。HP体力+2、MP魔力+2上昇します】


 デジタル音声から合成成功だと告げられた。初めてシズカへの合成が成功したのだ。


「うっしゃああー!」

「グキャアアアア!」


 僕達は抱き合って喜んでいると、香里奈はどこか冷めた目でこっちを見ていた。そんなに強くなるとは思わなかったが、香里奈だけは喜んでいなかった。


「お兄ちゃん? ちょっといいかな?」


「ん?」


「シズカのステータスを少しあげるだけで10万円も使ったこと忘れてない?」


 僕は急いで下駄箱に置いてあった現金を確認すると、そこには一万円札が数枚だけ置いてあった。


 シズカの小屋の拡大に使う予定で貯めていたお金だ。


「この間私にお金を貯めてシズカの家を大きくするって言ってなかったけ?」


 以前シズカがどこに住んでいるのかという話になった時に、裏にある小屋について説明していた。香里奈もそこにシズカが住んでいたとは知らなかった。


「はぁー、お兄ちゃんがこんなに金銭管理できない人とは思わなかったよ。これからは私がお兄ちゃんのお金を管理するからね!」


 鏡の世界に来ると暴走してしまう僕にとっては良いストッパーになるだろう。僕はしばらく合成を封印することにした。


 そして、面倒ごとが増えたはずの香里奈はどこか嬉しそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る