第47話 異世界のヒロイン

 後ろに立っていた"シズカ"ことホブゴブリンは少しずつ僕に近づいてきた。テイムというわけのわからない状態異常の付与に僕の困惑はさらに増していく。


「グギギ!」


「おっ……おい、それ以上近づいてくるなよ?」


「グギ?」


 シズカは首を横に倒しながら一歩一歩ゆっくりと歩いてくる。その姿はどこかホラー映画に出てくる幽霊のようだ。


「シズカ、あそこに焼き芋があるぞ!」


「グギ!?」


 僕の知っているあのキャラクターと同じなら、シズカも焼き芋が好きなはずだ。たまに隠れてあのヒロインが焼き芋を食べている描写を僕は知っている。


 やはりシズカは好物に反応した。後ろを振り返ると辺りをキョロキョロとしている。


 今がチャンスだと思った僕は、体の向きを変えて全力で走る。スキル:逃走の発動だ。


「グギィ? ギィアアアアアアア!」


 それに気づいたシズカは全速力で僕を追いかけてきた。オーガの金棒を持っているはずなのに、全く走る速度が遅くならないのだ。


「ちょ、お前なんでそんなに早いんだよ!」


「グギギギギ!」


 声を上げているのか、笑っているのかもわからないその姿がまた不気味だ。


 目の前にホーンラビットやゴブリンが出てきても、僕は隙間を見つけて逃げていく。スキル発動の対象がシズカになっているため、そのままスピードが落ちていかないのだ。


 もしかしたら、これも一種の戦い方になるのかもしれない。ゲームにある疾風〇〇って技を再現できそうだ。


 スキル:急所突きと組み合わせて、疾風急所突きとかかっこいい。


 僕はそう思いながらもシズカから逃げ続ける。僕が避けた魔物達をシズカはオーガの金棒で薙ぎ払う。一撃で魔物達は飛んでいくか、潰れて血だらけになっている。


 きっと適任者が使うとオーガの金棒ってめちゃくちゃ強い武器なんだろう。ただ、今は段々と迫り来るシズカが恐怖にしか感じない。


 走っても、走っても未だにデイリークエストで討伐対象となっているホブゴブリンが見つけられない。


「シズカがホブゴブリンってことは少し大きいゴブリンってことなんだよな?」


 名付けをするようにアナウンスされた時に、シズカのことをホブゴブリンと言っていた。シズカは他のゴブリンよりも一回り程度大きくて、筋肉もゴリマッチョ級だ。


 そんなやつにあったら倒せるかわからないが、まずは見つけないと話にならない。


 疲れにくくなった体で僕はずっと走り続ける。


【デイリークエストをクリアしました】


「へっ?」


 突然脳内に流れてきたデジタル音に僕は立ち止まる。まだ、ホブゴブリンにも遭遇していないのに、デイリークエストをクリアしたとアナウンスされたのだ。


 ゆっくりと振り返ると後ろにはやつがいた。


「グギギ!」


「ヒィ!?」


 顔面血だらけでニヤリと笑うシズカ。驚いて息を呑みこむ。足を止めるべきではなかったのだ。


 ただ、気になるのはシズカの後ろに倒れている魔物達。その中に少し大きな体をしたゴブリンもいた。


 シズカはニヤリと笑ったまま、特に攻撃することもなく立っている。


 僕は距離を取りながらも倒れているゴブリンの方へ向かう。その後ろを付いてくるように歩くシズカ。どことなく某ゲームのパーティーシステムに感じてしまう。


 僕が死んだらシズカは教会まで連れてってくれるのだろうか。

 

 倒れているゴブリンに近づくと、見た目はシズカと変わらなかった。きっとこいつがホブゴブリンで間違いないはずだ。


「おい、お前……ヒィ!?」


 再び振り返るとシズカの顔が目の前にあった。あと数cmでキスをするところだ。


 ヒロインとのラッキーハプニングはこうやって起きるのだろう。今回はギリギリ回避することができた。


 ニヤリと笑うシズカ。だが、油断していたのがいけなかった。


 シズカはオーガの金棒を大きく振り上げた。僕はその時、この世界に来た時の記憶を走馬灯のように思い出す。


 ああ、まだ生きていたかったな。


 そう思っていたが、一向にシズカは攻撃をする様子がない。閉じていた目をゆっくり開けるとシズカはオーガの金棒を持った右手を前に出していた。


「ん? なんだ?」


 僕の言葉に反応して手を動かすシズカ。どこかその行動に違和感を感じた。


「ひょっとして返してくれるのか?」


 彼女はゆっくりと頷く。どうやら今まで追いかけてきたり、玄関の前で立って待っていたのはオーガの金棒を返そうとしていたのだ。


 ひょっとしたら出会った当初から攻撃してくる素振りはなく、追いかけてきたのも遊んでいると勘違いしていたのかもしれない。


 そう思ってしまうのもヒロイン効果なんだろうか。


 ただ、力がないため僕に渡されてもオーガの金棒を振り回すことができない。


「その金棒いるか?」


「グギィ!」


 大きく頷くシズカにオーガの金棒をあげることにした。襲ってこなければ意外にいいやつなのかもしれない。


「おい、どこにいくんだ?」


 シズカはオーガの金棒を持って喜びながらどこかへ走っていく。すると現れた魔物達全てを薙ぎ倒していく。


「グァー!」


 魔物達の死体の中に一際目立つオーガの金棒を持ったシズカ。やはり僕は選択を間違えたのかもしれないとその時思った。


 後にオーガの金棒を持ったシズカは鏡の異世界でのヒロインになるのだった。




















「いや、ならねーよ!」

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